オキタがロストした。

 蜂の巣をつついたような未来人たちの騒ぎを、ドラキュラのブレスが吹き飛ばす。

 ブレスは神聖樹の根本まで一直線に走り、構造物へ到達したところで「超常的な防壁」によってかき消された。

 

「まだ無理か。あれが神の座ならば、きゃつはあの中にいるはず。」

 

 最大火力までチャージされたブレスの軌跡には、下級神は愚か、燃えカスすらも残らない。どこからか湧いてくる増援によってすぐ陣形を立て直されてしまうが、ブレスでの一掃を繰り返しながら、三次元の挟撃を警戒しつつ、人類はじりじりと前線を押し上げてきた。戦力を分散させるために配置した未来人部隊が弱すぎて意味を成さないことと、一掃できる火力のブレスを連発できないことが、優勢ながらも長期化を招いている。ドラキュラの力は有限。消耗戦になれば、いずれ逆転されるだろう。

 また1歩、神聖樹に近づいた人類だが、ドラキュラは右翼を広げ、全軍を停止させた。ブレスによって拓かれた前方。その先に浮かぶ、米の籾に似た物体。

 

「出てきたか。」

 

 竜が嬉々として口角を上げた。最高神との再邂逅は当然ながら、防壁の限界が近い証、とも考えられるからだ。ドラキュラの数え間違いでなければ、かき消されたのは先ほどのブレスで19回目。さすがにあと1回とは言わずも、残り半分の段階まで来ているだろう。

 相手の先制攻撃と来たる激突に備え、ドラキュラは部隊へ小編成切り替えと散開を指示した。

 

「ルキフェル…ひさしいな…」

 

 少し開いた籾の隙間から覗く、山吹色の瞳が言った。外見の印象より男性的な、よく通る声だった。

 早くも隻腕の第二形態に変化し、やる気満々のドラキュラだったが、最高神が翼を閉じたままなのを見るや、鼻ほじりを始める。

 

「ルキフェル?」

「出自を忘れるとは哀れ…」

「実は我も神(かなり上位のやつ)でした!とか、そういうの要らないから。」
 

 取れた灼熱の鼻くそを、興味なさげにピンと指で弾いた。かなり離れているのだが、隕石のごとき勢いで放たれた鼻くそは見事命中。籾色の翼をジリジリと焦がす。

 

「我は、妻子と友を愛する地球人。

 これ以上の語らいは不要。さっさと雌雄を決しようぞ。」

「貴様が愛を語るとは笑止。貴様の能力…」

「しつこい!

 我の力は『愛』を代償にする。知らぬはずがなかろう!」

 

 果たしてドラキュラが神族かはさておき、幾度となく神の再臨を退けてきたドラキュラは、彼の言う通り「愛の犠牲」を代償に力を発揮する。犠牲への愛が深くなれば、比例して巫女の加護も効果を増す。

 ここ10年のドラキュラは、過去に例を見ないほど強い。犠牲を必要とする能力を使わずとも、ただ殴るだけでこれまでの「最高」を上回る。神の光に対処した際も、使ったのは通常のブレスだった。

 

「片腕と能力なしで予に勝てると?

 やはり貴様は『傲慢』。…滅してくれる!」

 

 最高神が籾色の翼を勢いよく広げた。同時に、翼の動きによって発生した煌めく衝撃波が前方の広範囲を薙ぐ。

 衝撃波に巻き込まれた下級神たちは、断末の叫びを上げる間もなく、塵となって消え、対峙する人類もまた…いや、間一髪。同行する未来人たちの機転により亜空間へ退避を成功させていた。

 忽然と消えた人類を、最高神は怪訝もなく一笑に付した。

 

「おもしろい。逃げるのだけは一流。さすが貴様の兵だ。」

「神は『おしゃべり』だった。皆にはそう伝えよう。口だけの…」

 

 言葉を待たず、刹那に神が迫る。まさに瞬間移動。それ以外に例えようがない。

 やや左から突き刺すような一撃。辛うじて躱すも完全ではなく、頭部の角1本が消し飛んだ。

 ドラキュラ最強の一因「攻撃予知」が、致命傷となりうる初手を予知できなかったのは初めてのこと。予知に限界などない。相手の動きや攻撃意思を認知すれば発動する。

 発動しなかった原因は、最高神が殺戮を呼吸同様のごく自然な行為と考えているか、単純に自分自身が「弱い」か。その両方もあり得る。

 

「この期に及んで手加減か?」

 

 返しの右拳は捌かれ、苦し紛れに放ったブレスも片手で防がれた。

 明らかに精彩を描く。むしろ巫女の加護を得た覚醒後としては過去最低の状態。加護がまるでないに等しい。

 当然だった。秘めた力を引き出す西の巫女コレオスは、アルファ2を道連れに散ってしまった。南の巫女レメディオスの「予知能力」は依然として得られているものの、予知範囲はドラキュラ自身の強さに強く影響される。現在の戦闘力を神族と比すれば、上級神の平均、といったところだろう。なお神族は、等級が1つ上がると倍から数倍強くなると言われる。

 銀河最強は、巫女の加護が揃ってこその称号。全ての加護なくしてドラキュラが神の軍勢を超えることはない。

 

「この程度で大口を叩いていたとは…。余興にもならん。」

 

 再びの瞬間移動。突如真上に現れた眩い光球から何万という光の矢がドラキュラに向け放たれる。

 光球の正体は無数の光る刃の集合体。最高神の掲げる右手から無尽蔵に湧き出ては、次々と光速で放たれてゆく。刃の1つ1つは極めて小さいが、この技は神聖樹へ飛来する数々の小惑星を消滅させてきた。もしも対象が人ならば、技の認知は絶命と同時。光線による攻撃とはそういうもの。並の生物に回避できるはずがない。

 

「予の攻撃で消滅せぬか…。

 堕ちても我が弟…、頑丈さだけは褒めてやろう。」

 

 ヴァンパイアコアの停止を確認した最高神は踵を返す。

 文字通り蜂の巣にされたドラキュラは、自分がいつ死んだのかさえ気づかなかっただろう。

 有史以来、神殺しを期待されてきた銀河最強は、最高神の前にあっけなく敗れた。

 神にとって最大の不安要素を早々に排除できたのは嬉しい誤算。残る不安要素は地球生まれの半神娘のみ。つまりはララのことだが、排除できれば10年前の屈辱を晴らせると同時に神の世は盤石となる。

 その娘は忽然と姿を消した。近くに潜伏し機が熟すのを待っているのだろう。側近の1人は最初の攻撃で滅したと言った。可能性はある。しかし、ただの人ですら大勢が逃げ遂せたのだから、神により近い娘が滅したとは考えにくい。何よりも娘の母であるブリュンヒルドは未だ健在。娘が滅したならば…

 

「そうか…、ブリュンヒルドを使えば…」

 

 飛び立とうと広げた翼の1枚が、あらぬ方向へ飛んだ。回転しながら離れてゆく翼は、しばらく飛んだところで朽ち果て、消滅した。3対ある翼のうち、一番小さい右翼か。

 振り返る最高神の視界に光の筋が伸びる。右目すれすれで躱すも、光の筋は鞭のごとく、ぐにゃりと形状を変えた。絡みとるように右腕を切り落とし、大きく唸る動きで戻りつつ、胴体と残る手脚を、続けて翼を切断した。頭部とのつながりを断たれた部位は輝きを失い、たちまち朽ち果てる。

 

「まさか後ろから卑怯なんて言わねぇよな?

 こっちは本気を出すわけにいかねえんだ。大目に見ろ…」

「ッ!!…その光…!」

「ご名答だ、クソやろう!

 気持ちよく寝てたのに起きちまったじゃねえか…」

 

 光の鞭を手に、ゆらりと立つドラキュラ。身体に開いた無数の穴から神秘的な輝きが漏れる。

 

「憎たらしい、てめえのせいでなぁぁあ!!!」

 

 叫びと共に内側から溢れた光が、ドラキュラの身体を殻の如く吹き飛ばした。

 中から現れたのは「輝く人」、その姿は最高神と瓜二つだった。違いは髪と翼の色が逆になったことと、着衣くらいだろう。最高神が銀髪に籾色の翼、つまり金色の翼を持つのに対し、ドラキュラ改めルキフェルは、金髪に銀色の翼を持つ。着衣も最高神は岩石を固めたような鎧を着るのに、ルキフェルはドラキュラの妻子がプリントされた寸足らずのTシャツ1枚。

 最高神の失った部位から、光る粒子がじんわりと拡散する。一方のルキフェルは、隻腕のドラキュラから出てきたのに左腕が健在である。

 

「追放ぶりだな、クソ兄貴。

 相変わらずご健勝のようで何より。」

 

 凝り固まった身体をほぐす仕草をしながら、ルキフェルが興味なさげに言った。

 遥か昔、傲慢であるがゆえ神々の怒りに触れたルキフェルは、罰として卑しい姿になるまで焼かれ、神聖樹を追放された。コアまで赤く爛れたルキフェルを見た神々は「もう二度と光は戻るまい」と蔑んだという。

 

「…コアは無事だったか。」

 

 身体の多くを失っても、最高神に苦しみや痛みと言った表情は見られないが、放つ輝きは先ほどまでと比べて段違いに弱まった。

 

「おかげさまで。」

「なぜ今になって目覚めた…」

「ふざけてんのか?

 今の宿主が『俺たち』に追いついたからに決まってんだろ。」

「追いつかれたのは貴様だ。」

「その『貴様』にバラバラにされたくせして、言うねぇ〜。」

 

 コレオスの力は「秘めた力」を引き出す。秘めた力とは、潜在能力や宿主に生来備わっている素質を意味するが、各代のドラキュラだけは宿主由来とは考えにくい、尋常ならざる力を秘めて生まれる。

 母親が一度目の消滅を迎えてから幾千年が過ぎた頃、コレオスは新しくできた「焼けた大地」の奥底で見覚えのない赤いコアを見つける。持ち帰るなり、強大な「何か」が封印されているようだ、と妹たちに語った。

 赤いコアに適合する宿主の血脈が地球の守護者になると確信したコレオスは、長い年月をかけてコアの依代となる宿主と、自分や妹たちに近い人類、巫女の血統を生み出す。コレオス自身が力の解放を行った場合、コアの封印を解いてしまう可能性があったからだ。

 巫女たちは自分たちの力を制御するための鍵。途中の世代でケルラの持つ素粒子を読む力の半分が巫女の1人に渡ってしまうアクシデントはあったが、計画は概ね成功したと言える。

 鍵の要は現在の「東の巫女」。最も人に近い東の巫女を経由することで、宿主の人格を残したまま、器が許容できる分だけの力を引き出すことが可能となった。

 

「ったく、食えねえ女だぜ。地球生まれとは言え、腐っても『あいつ』の娘ってことか。」

「変わらんな。

 昔から貴様はブリュンヒルドの話ばかりだ。あの時もきっかけはそうだった…」

「意味わかんねえんだよ!

 同じ兄妹なのに、なんであいつだけ!創った目的が違う?

 んなもの、本人が決めることだろ!」

「父上のお考えは違う。」

「親父の犬が…!」

 

 ルキフェルがギリギリと奥歯を噛んだ。

 怒りに任せ、最高神の喉元へ光を突き刺したルキフェルに対し、最高神は静かに微笑む。

 喉元は最高神の急所。コアに致命的な損傷を受けたことはもはや疑いようもなく、引き抜けば消滅する。

 

「これが最後の兄弟喧嘩だ。

 戦績は俺の1勝999分な!」

「999敗だ…たわけが…」

「認めなければ負けじゃねえ。」

「ふふ…傲慢か…」

「なあ…そのクソだせえ鎧…まだ着てたんだな…」

「これはお前たち弟妹が創ってくれたもの。捨てるはずなかろう…」

「…いまさら兄貴面しても助けねぇぞ?」

「好きにしろ…」

 

 話すたび喉の傷口から滲み出る輝きの雫。一方で最高神の身体は少しずつ暗くなる。突き刺した直後に比べ周囲が暗いのは、身体の輝きが失われつつあるせいだろう。

 

「滅する前に言え、他の弟妹と親父はどこだ?」

「他は知らぬ…いずこかの星か、はたまた別の銀河か…。

 …父上は、変わらず神の座におられる。」

「そうかよ。

 親父は俺が代わりに滅してやる。安心しろ。」

「…生意気な次男坊だ。

 貴様が何をする気か、察しはついておる。」

「うるせえ。」

「こうして弟に見送られるのも悪くない…」

「…またな…兄貴…」

 

 ルキフェルが光を引き抜いた。傷口を押し開いて溢れ出した輝きは、渦巻き、伸々と広がって、ルキフェルを包み込む。

 眩い輝きの中、ルキフェルは左腹から肋を1本引き抜き、ヒトガタを創った。10本の怒れる角を生やした赤い人。

 ずいぶん小さいが、それは追放された「卑しい自分の姿」に似る。

 

「ほら、返すぜ。

 前より小さいが我慢してくれ。ふっ飛ばして悪かったな。」

 

 ルキフェルは自分の喉からコアを取り出し、ヒトガタの胸へ押し当てた。

 ヒトガタの胸部へ、音もなく飲み込まれてゆくコア。入り込んだ部分から、白いコアが真紅に染まる。やがてコアは、胸の中で完全な球体から歪な形状へと変化し、脈動を始めた…。

 

 輝きが終息したとき、コアを失ったルキフェルの身体は朽ち果て、宇宙の塵と化していた。

 そのことを知ってか知らずか、蘇ったドラキュラは頬を伝う一雫の涙を左手で拭い、猛烈な咆哮で銀河を震わした。

 

 

 

つづく…

 

 

ーーー

あれれー?おかしいぞー?

最初に考えてた展開と違うぞー?

 

たぶん年内最後の更新だと思うなりけり。

 

よいお年を