アメリカ。旧ロサンゼルス市街。
必死の戦いは地上も例外ではない。
純白に輝くコレオスの羽根が煙ったい空に舞い上がる。紙一重で致命傷を免れているものの、傷は大小合わせて無数におよぶ。天空を象徴するかのような明るい輝きが精彩を欠くのは、身体のあちこちに開いた穴のせいだろう。さすがのコレオスも呼吸が荒い。
人類で5指に入る実力の彼女をここまで追い詰めたのは、最新の女性型6M級飛行機動兵「アルファ2」と12体の飛行機動兵連隊。
小型戦闘機を駆るコレオスの仲間たちも善戦したが、市街地戦の利は相手方に明白であり、通常の飛行機動兵を墜とすのがやっとだった。20機編成でアメリカへ乗り込んだ陽動チームの飛行部隊は、もはやコレオスと数機を残すのみ。生き残った者たちへはすでに退却を命じた。
アルファ2はララとの戦闘データを元に大幅アップデートされた個体。最高出力値はどれもコレオス以上をマークする。集団交戦中にアルファ2と一合交えたコレオスは、この1体が自分以上だと即座に理解した。自慢のスピードに活路を見出したいところだが、手負いではさしたるアドバンテージになるまい。
「さては、これまでかえ…」
せめてケルラと共闘できたなら…。珍しく弱気になったコレオスのすぐ脇で、摩天楼が轟音と共に崩れ落ちた。立ち昇る土煙の中へ、思わず浮かんだ「都合のいい希望」を投げ捨てる。
「あいたたた…。あいつ、見かけによらず速いだね…」
摩天楼だった瓦礫を八方へ吹き飛ばし、腰をさすりさすり現れたのは、艶々とした漆黒の大女。コレオスの実妹、ケルラである。彼女もまた男性型5M級重装甲機動兵「イージス」の最新アップデート版と交戦中だ。
最新版イージスはアルファ2の攻撃に耐えられるよう再設定された個体で、その名が示す通り防御力に抜きん出るのはもちろんの事こと、スピードとパワーに関しても大幅なアップデートがなされた。瞬間最高速はケルラを凌駕し、格下の5M級ながら、陸上に限定すればアルファ2並みの戦闘力を誇る。
深海を象徴するかのようなケルラの深い輝きこそ健在だが、抉られたような全身の傷跡から察するに優勢とは言い難い。それでもケルラは、一撃で「足りる」と考える。ようやく懐に入り込んだところで喰らったカウンターが、全てを語っていた。打撃は自身の強度範囲内で繰り出されるのが基本であり、打撃の強さから相手の基本防御力を推測することは難しくない。事実、イージスだろうとアルファ2だろうと、ケルラなら一撃で消し去ることが可能だ。当たりさえすれば…。
至近距離の攻防でケルラにカウンターを決める格闘技術もさることながら、イージスがパルスガンを使用することが、ケルラにとって最大の障害と言える。ケルラのパルス耐性は並より劣る。パルス耐性の高いララやコレオス用にチューンされた6M級と異なり、4M、5M級はミュータントの強力個体排除を目的としているから、パルス使用は当然だった。ケルラが姉妹レベルの耐性を有していないのは不運としか言いようがなく、お互いにマッチアップしたのが逆だったならば、ほんの数合で決着する邂逅だったかも知れない。
「落ち着け…考えろ…だよ。モンならどうする?だね…」
先の聖戦から今に至るまで、ただの人ながら天命を超えてなお前線で戦う夫にあやかろうと深呼吸を1つ。切迫した状況に至って、役立ちそうなフレーズは全く浮かばないくせに、楽しい思い出だけは無数に湧いてくるから不思議なものである。
夫から贈られたペンダントヘッドをつまみ、ふふと笑みをこぼすケルラ。変身前後で体格が激変する彼女を、知るからこその「結婚指輪」である。
「…何がおかしい。劣勢に狂れたか?」
パルスマシンガンを構えたまま対峙するイージスは、状況にそぐわない相手の不適切な言動に警戒を強めた。スコープサイト越しに睨みつけるが、大女はずっと笑ったまま。
ケルラはずっと気になっていた。なぜペンダントだけが変身後もそのまま表面に残るのか。着衣や装飾品の類は変身で身体拡張する際、内部に取り込まれるはず。なのに、ペンダントはいつも胸元で輝く。摩訶不思議現象を「愛の力」などと綺麗事で飾り立てても良いが、全ての現象には理由がある。取り込まれないのは窮地において使うべき強力な武器だからなのだと、数百年ぶりに傷ついたケルラは確信する。
白金のチェーンにぶら下がる、いびつなお椀を2つ繋ぎ合わせただけの無骨なハート型のペンダントヘッド。老眼と戦いながら、決して器用とは言えない夫が手作りしたのだろう。よくよく見れば、コーティングの下にガタガタの繋ぎ目を削った跡。少し力を入れたならば…。
ふふふと、再び小さな笑みがこぼれた。
「やはり狂ったか…。
まあいい。これからキミを排除する。」
スコープサイト越しの死刑宣告。これまでの攻防で大女の性能は把握済み。特筆すべき飛び道具はなく、比較的攻撃範囲の広い「水蛇」は近から中距離向け。周囲の瓦礫により回避経路も限られる。イージスにとって、万が一にも撃ち漏らす要素のない状況だ。
ただ1つ、傷ついたケルラの嗅覚を刺激する「甘美な香り」を除いて。
「命令だ、悪く思うな。」
イージスがトリガーを弾くより僅かに早く、ケルラが右拳で地面を打つ。激震を物ともせず、冷静に放たれた照準補正済みのパルスは、半拍遅れて浮き上がった「迫る瓦礫」に阻まれた。
しかし全てはイージスの想定範囲内。
次に大女は瓦礫の波に紛れて距離を詰めてくる。そして中距離から水蛇を放ち、直接打撃の機を作るつもりだ。分かっていれば対処は容易。大女本体の攻撃は威力こそバグレベルだが、どれも直線的だった。バーニアを使ってやや上空へ避難し、多角攻撃を仕掛けてくる厄介な水蛇と飛来瓦礫の脅威を無効化すれば良い。大女は拳が届く位置まで瓦礫の前に出るつもりはないだろうから、迎撃面でも上空はベストポジションと言える。
静寂かつ迅速に上昇し、瓦礫と砂塵の中にひそむ、文字通り「丸裸」の哀れな大女を探す。スコープサイトを覗き込む視界の片隅で、背後の摩天楼と銃身が太陽をキラキラと、メタリックに反射した。
繰り返す明滅にイージスはハッと我に返る。
交戦により市街地の空気はかなり煙たい。一瞬ならまだしも、何度も太陽を反射することなどあり得ない。太陽と比して同等の光とはすなわち…。
振り返ったイージスが見たのは、やや右上方から直前に迫る巨大な黒い拳。
まるで蚊を叩いたような「軽い音」が鳴った。スプレー噴射の如く粉微塵となり左前方へ吹き飛ぶイージスの頭部。制御を失った身体は、首から血飛沫を吹き上げたまま、あらぬ方向への掃射を繰り返し、ドサリと派手な土煙をたてて落ちた。やがて掃射は不規則に止んだ。
「悪く思うな、だね。」
ペンダントヘッドの中には、無重力空間で結晶化したモントリーヴォと息子レイの血液の細胞成分、すなわち赤血球が収められていた。負傷により血を嗅ぎ取ったケルラは、地面を打つのと同時にペンダントヘッドを破り、数粒の結晶を口へ放り込んだ。
始祖直系のヴァンパイアにとって、血は「超能力の源」。傷を癒し、力を滾らせ、継承の礎となる。しかし10年前に起こった命の鎖の消失により牙を失い、血液の摂取ができなくなった。これにより継承の機会も失われたわけだが、ケルラは継承を成功させた。継承後の吸血は必須。
真実は単純である。ケルラが継承に成功したのは、2人の化学反応に満ちたモントリーヴォの血液を吸血したから。ケルラだけが血液摂取可能な特殊個体というわけではなく、要は摂取する血液の問題だった。
人類の書き残した古い伝承に「亜人は血縁を糧に生きる種族」とある。亜人とは、すなわちヴァンパイアをさし、糧とは「そのまま」の意味である。ヴァンパイアは元来、ごく近い血縁関係にある人間の血しか摂取しない、否、できない生物だった。一夜限りの体液交換でも効果はあるらしいが、細胞成分内に起こる化学反応が不十分なため、あくまでも一時凌ぎといったところだろう。
進化により「牙」を手に入れたことで、全ては変わる。Vマイクロムが直接変異、出現した牙は、能力向上率と引き換えに誰の血液でも摂取を可能にした。高度に相互作用するVマイクロムは、ある1体が獲得した優位進化を他の個体も次世代に反映する。牙の登場でヴァンパイアの生存機会が増えたのは言うまでもない。
数万年前までは伝承にならい、継承の際に家族の血液を用いていたが、近年はすっかり忘れさられてしまった。コレオスすら「なんとなくそんなことをしていた気がする」程度にしか覚えていない。
つまり牙を失ったヴァンパイアが血を摂取するには、吸血者と被吸血者、お互いの「想い合い」が必須条件となる。
話をケルラに戻そう。
愛する2人の結晶化血液を摂取したケルラの傷はたちまちに癒え、一時的ながらも飛躍的な強化を果たした。全盛期を遥かに凌ぐ力。イージスがスコープサイトを覗いていたことも幸いした。跳び上がったケルラを捕捉することができず、結果はご存知の通り…。
しかし急激な変化は得てしてエネルギーの消耗を伴うもの。イージスの血溜まりに着地してまもなく、ケルラは幼女の姿に戻ってしまった。変身が解けた直後のVマイクロムは休眠状態。すなわち誰が相手でも瞬殺される「ただの幼女」である。
姉の危機をモントリーヴォに伝えなければ、と通信機を手に駆け出したものの血溜まりに足をとられ顔面から突っ伏した。パルス特有の痺れが、癒えたばかりの肌をピリピリと刺す。拭う手すら痛い。
「モンのバカ…。早く…気づけ、だよ…」
通信機はモントリーヴォへ「コネクト中」のシグナルを灯す。2度、3度とコネクトがリトライされるたび、ケルラの鼓動が早くなる。これまでつながらなかったことは一度もない。愛する夫は例え窮地にあっても、必ず「とぼけた声」で応答する男。
受け入れがたい現実が小さな両肩に重くのしかかる。立ち上がったばかりの膝が音を立てて崩れ落ちた。
「モン…早く…出て…」
血溜まりの真ん中に堕ちた膝小僧がチリチリと痛む。
呆然と白んでゆく意識を引き戻すかのように、強烈な金切り声がうなだれる幼女の後頭部を叩いた。声の主は見上げずとも明白だった。それでもケルラは涙にふやける視界を上げた。
空には右脇腹から左肩にかけてを貫かれた、美しきコレオス。躍動の最中にそれは起こったらしく、まるで空中絵画のよう。コアを握られ、輝きが薄れる中で妹の姿を認めたコレオスは、慈愛の微笑みを浮かべた。
「ケルラや…おさらばえ…」
乙女の姿に戻ったコレオスが、覚悟の表情で自らを貫くアルファ2の腕をひしと掴む。覚悟に呼応して剥き出しのコアが紅い光を放射しはじめると、トロンボーンのような音が大音量で鳴り響き、旧市街地全体を震わせた。
コレオスだけが行使できる権利、第7の笛。
器に与えた「時」の残りをコアに集約し、圧縮、爆発させる。効果は「器の残されていた未来」と「生きた期間の幸福度」によって決まり、自己犠牲を伴わなければ使えないという。
「お姉ちゃん…?なんで…?もう笛を鳴らしてるだね…?神はまだ降りてない、だよ?」
音が止み、旧市街地は異様な静けさに包まれた。
もはやコレオスのコアは、アルファ2の左手と同化し脈打つ紅い肉塊と化す。
「…お姉ちゃん?」
肉塊から一筋の紅い閃光が放たれた。一直線に天高く雲を貫いた閃光は、肉塊を中心にぐるりと円を描き、雲と大地と海を、南北に一刀のもと両断。最後に貫く者と貫かれる者を真っ二つに裂いた。
貫く者の断末の雄叫びを合図に、世界が「紅」に変わる。空も、海も、建物も、見える全てが紅く染まり、人によって創られたものは次々と塵と化し消えた。それが「第7の笛」によるものなのだと理解したとき、ケルラの周りには分断された大地以外、何もなくなっていた。
熱気の吹き上がる亀裂の傍に立ち、ケルラは辺りを見渡す。
大樹のようにそびえ立っていた摩天楼は1つもない。澄んだ空と荒野が延々と続き、あちこちに残る紅い粒子が陽光を反射してキラキラと、薔薇の蕾のようだった。
ケルラの背後で「何か」が音もなく堕ちた。
姉だと確信し踵を返そうとした矢先、膝がカクンと落ちた。胸に垂れた髪が白い。張りを失いしわがれた手は、まさに老婆のそれである。老衰の兆候だった。
まもなく器の寿命が尽きる。
この場に継承可能な器がいるわけもなく、ケルラは「このまま夫の後を追おう」と心静かに重い瞳を閉じた。
姉の無事を願い、頬をつたう涙はまだ温かい。
刻々と弱る鼓動のすぐ後ろから、地を這う虫の息が聞こえた。
「ハ…ハハ…ハイ…ジョ……
アア…アナ、アナ、アナタタ……ハイイイイィジョ…」
この戦いから生還したのは、モントリーヴォ隊の通信技師、ただ1人。
その彼も敵軍の殲滅と自軍の全滅を報告し、そのまま息をひきとった。
つづく
ーーー
やばいよ。どんどんやられていく…
てか、このブログって今でも毎日数十人のアクセスあるんすねー。
小説じゃなくてガオーレの方に。
それはつまり、アーツさんが「あいかわらず」だからなのかっ!?
あーそうだ。
関係ないけど、あいかわらず繋がりでこれだけは言っておきたい!
小説に「神」とか書いてるせいなのか
スピリチュアル系の人が「いいね」してくるのマジうざいっす。
ジャンルとか関係なしにいいねしてんの?
いや、いいねはありがたいんすけど、なんか用ですか?
私はスピリチュアルなんて1ゼプトも信じてねぇよ?
むしろ真逆の人間っすよ?
テレビに出てる人も含め、スピリチュアル系は全員「地獄に落ちろ」って思ってる。
もしかしたら本当に特殊な力を持ってる人はいるかもしれないけど
公言してたり、力をお金に絡めてきたり、金品を要求してる人は
間違いなく全員ニセモノだ!
本物は言わねー。
馬鹿みたいに言う?
周りに証明してみせる?
超能力持ってるくせに、証明した自分の末路も分かんねえの?
本物だったら、ただの「脅威」じゃん?
排除されるか、生きたまま研究対象にされるぜ?
え?人権侵害?
脅威が人権を主張したって誰も聞く耳持たねえよ?
脅威の人権をどっかに忘れ去ってしまった結果が
落とされた原爆であり、今も世界各地で続く紛争なんだから。
研究で思い出した。
高次元からの〜とか、ナントカ星系の〜とか
少しだけ科学的に言おうとしてるの、すげーイラっとする。
サイエンスなめんなよ!
あー、すっきりした!!