空を見上げたモントリーヴォは、思わずアッと声を上げた。迂闊にもアバターの動きを目で追ってしまったがため、輝く太陽に目が眩んだ。訪れた千載一遇のチャンス。しかしオキタは、貴重なチャンスを自らの行為によって逃すこととなる。

 

「いまだ!身体をめいっぱい広げろ!」

 

 オキタのアバターが、空中で両手足を広げた。アバターの影が、地面に歪な「木の字」を落とす。モントリーヴォが影により正常な視界を得たのは言うまでもない。

 

「素人かよ!相手を助けてどうする!」

 

 素人呼ばわりされても、これで良い、とオキタは思う。

 戦いの中で時おり訪れる、謎の感覚。オキタは原因を「影」だと推測する。影での接触という能力を認識して以来、正対する戦闘対象がアバターの影に入った時だけ、不可思議な感覚の部分共有が発生していた。アバター機能を介したヴァーチャルな共有とは全く異なる、実際に触れているような感覚。部分共有するのは、相手に落ちた影の部位と同じ部位。右腕の影ならば、自分の右腕。左脚の影ならば、自分の左脚。尻尾の影は、背後に気配を感じた。つまり、頭の影ならば…。

 

「おいおい!いくら頑丈なお前でも、伸びきった身体にカウンターを喰らったら、さすがにヤバいだろ!」

 

 オキタのアバターは二足歩行型ながら、四足歩行も可能な四肢を持つ。要するに腕が長く直立に不向きなのである。そのため尻尾をカウンターウェイトにした前傾姿勢をとることが多い。この姿勢だと、正面から頭部単独の影が見えることは少ない。

 しかし今のアバターは、空中で身体を広げる。太陽は強く、高い。頭部の影は、環状突起が分かるほど、くっきりとした輪郭を描く。そして戦闘対象であるモントリーヴォは、真下で正対する。戦闘経験豊富な彼は、必ず「後のこと」を考えて行動する。これまでの体験から、オキタはそう確信していた。

 モントリーヴォは根っから優しい男だ。決して、死に体のオキタに寝込むほどのカウンターを叩き込む冷血漢ではない。かと言って、甘んじて攻撃を受けるほど、青くもない。位置関係からして、優しいモントリーヴォなら「脳震とう」を狙ってくる。最小限のダメージで、確実にこの戦いを終わらせるため。空中にいるアバターからの攻撃で、モントリーヴォが警戒すべきは、溜めがなく速度と威力に優れる、長い腕または尻尾を使った直接打撃。頭部へのカウンターが可能な、尻尾のリーチ外、かつ腕のリーチを最小化できるポジションは、頭の少し先。立っている人の「頭上」に当たる位置だ。

 すなわちモントリーヴォは、頭部の影を横切る。オキタはその瞬間に賭けていた。

 アクションモードの如く、全てがスーパースローに動く中、モントリーヴォの左足が大地を踏みしめた。舞い上がった土埃が、アバターの足先へ流れる。彼は決して視線を外さず、低い姿勢のまま、予測したポジションへの一歩をとった…。

 

「なにっ!?消えただと!!」

 

 突如復活した輝く太陽に、再び視界の自由を奪われたモントリーヴォは、悲鳴のような叫び声を上げた。驚いた鳥が数羽、鳴き声を上げて緑豊かな渓谷を飛び立つ。声の余韻と羽音だけが唯一の、静かな昼下がり。この場にいる全員がオキタを凝視しているのに、当のオキタ自身だけは、空を見上げる。

 モントリーヴォが頭部の影に入った瞬間、オキタとモントリーヴォの視線が交錯した。オキタとアバターが視界を共有した証拠である。しかし事はそれだけに留まらなかった。視線が交錯した後、空を見上げるオキタの眼前には、なぜかモントリーヴォの「股間」が広がっている。

 オキタの目論見は、下級神を討ち取った時と同じ感覚の高度共有を経て、「影での接触」を発動させるはずだった。それなのに、結果はなぜか汗ばんだ股間と土汚れた野良着を見上げる。状況が掴めないまま、数秒の時が流れた。

 

「オキタ!素直に負けを認めろ!アバターを引っ込めた時点でお前の負けだ!」

 

 自分で言っておきながら、オキタがそんな男ではないことは、モントリーヴォが一番よく知っていた。オキタは今まで、一度たりとも訓練中にアバターを消したことはない。他の者たちが思わず消してしまう状況に陥っても、例えノイズだらけの姿になっても、彼は恐るべき精神力でアバターを維持し続けた。

 

「マスター、オレは今もあなたを見てる…。

 断じて引っ込めてなんかいない!オレはいま、あなたを見上げているんだ!」

 

 顔面蒼白のオキタが、空を見上げたまま叫んだ。彼の顔を見れば、その言葉が嘘でないことは明らかだった。

 

「見上げ…る?」

 

 両足で踏みしめる地面へ、じとりと目線を落としたモントリーヴォは、再びアッと声を上げた。

 両足下のちょうど真ん中に「環状突起」が浮かぶ。この特徴的な形状は、紛れもなくオキタのアバターの頭部についていた感覚器だ。反射的に跳び退いてしまったものの、すぐに悪手だったことに気づく。環状突起が、飛び退いた場所から、影と共にすいと移動してきたからだ。アバターは地中ではなく、影の中にいる、そう理解するのにさほど時間はかからなかった。最強ヴァンパイアについて、耳にタコができるほど語ってくれたケルラのおかげである。
 太陽は真上で燦々と地上を照らす。先ほどまでクッキリとしていた影が、跳躍と体勢を変えたことでわずかに薄まりつつも、形と面積を広げた。大きくなった影がヌルヌルと隆起を始め、やがて黒々しい上半身へと変わった。あと少し早くても、あと少し遅くても、影の面積は上半身に足らなかっただろう。まさに絶妙なタイミングだった。
 黒く長い腕が、空中で「死に体」を晒すモントリーヴォを捕らえた。今まで触れることすら叶わなかった相手。縫い留められたアバターの口が大きく弧を描く。アバターが見せた表情は、勝利を確信し、空を見上げるオキタのそれと同じである。しかし、オキタの胸中は穏やかではなかった。勝利目前の脳裏に蘇ったのは、隙間の終点で何かを貪り食うまだら模様の背中と、弓形に歪んだ赤い斑点。思わず声が漏れた。

 

「もういい!やめろ!」

 

 オキタの声をきっかけに、モントリーヴォが音を立てて地面に落ちた。かろうじて受け身は間に合ったものの、さすがにノーダメージとはいかず、モントリーヴォは唸りながら身を捩り、防御姿勢で周囲の影という影に目を凝らす。アバターの姿はどこにもない。アバターとの高度共有は解けてしまったが、どこかの影に潜み、不敵に笑うアバターをオキタは感じていた。暴走しているわけではないから、このまま放っておいても危害を加えることはないだろう。

 やっと近くに感じられたアバターまた遠のいてしまった気がして、オキタはバカな考えを打ち消すように、両手で頬を2度叩いた。

 

「マスター、急に落としてすみませんでした。まだ上手く制御できなくて。」

 

 大きな身体をくの字に曲げて覗き込むオキタが、逆光の中で言った。大きなシルエットが右手を伸ばし、モントリーヴォを再び影の中に招き入れた。思わず必至の相で振り返ったモントリーヴォだったが、すぐに右手の意味を理解し、息を吐いた。

 

「今回の勝負、オレの…、オレたちの勝ち、ですよね…?」

 

 差し出されたオキタの右手を、モントリーヴォは笑顔で握り返し、潔く敗北を認めた。気丈に立ち上がるモントリーヴォが、わずかに見せた、左脚を庇う仕草を、オキタは見逃さなかった。

 この瞬間、野良着の観衆から割れんばかりの歓声が上がったのは言うまでもない。ついに未来の英雄オキタが、マスターを、過去の英雄を破ったのだ。しかし、今回の結果には釈然としない点が残る。

 
「オキタ…。お前…、いつの間にダイブを習得したんだ?」
「ダイブ?」
 
  そう、釈然としないのは、オキタのアバターが「どうやって」影の中に入ったのか、だ。
 
「なんだよ。知らねえで使ったのか。
 レヴァナントは暗闇に潜るんだよ。なんたらかんたらダイブっつてな。俺は覚えられねえからダイブって呼んでるが、レヴァナントは暗闇が本来の居場所だ。まさか影も暗闇扱いだとはねえ。」
「…暗闇が……。能力は影で触ることじゃなかったのか…」
「ガチで知らなかったのかよ!ケルラやつ、ずいぶんと意地が悪いな。」
 
 講義においてケルラは、何度問うてもレヴァナントの能力だけ教えてくれなかった。
 
「レヴァナントは、オキタさん自身だね。教わるんじゃなくて、気づくことだよ。オキタさんは知らなくても、アバターは知ってる。…だって、レヴァナントなんだから!」
 
 足下の影から、塞がれた口でカタカタと笑う、アバターの声が聴こえた。まるでオキタの記憶を共有しているかのよう。アバターはデータなのか、それとも、地球人がVと呼ぶ「生命体」なのか、オキタがその答えを知るのはもう少し先のことである。
 
 
ーーーーー
 オキタがアバター、改めレヴェナントの能力を知ってから、1ヶ月が経った。キューバで修行に明け暮れる間も、ララたちは神の座を見つけるべく出撃を繰り返していた。タニキァたち未来人の優れた演算能力のおかげもあり、火星外宙域までの21世期版太陽系詳細マップは完成間近だ。
 かつて月を拠点にしていた神の座を祀る母船は、10年前の降臨失敗以後、各惑星を転々としており、消息はいまだ掴めずにいる。長らく地球侵攻の前線基地だと思われてきた火星だったが、常に少数の下級神で構成された部隊しか駐留していないことと、指揮官クラスとのエンカウトが一度もないことから、未来人は火星の駐留部隊を「捨て駒」と結論づけた。
 
「捨て駒って!あたしらの攻撃は無駄だって言いたいのかい!?」
 
 大柄なレメディオスが戦艦アダモレアルの警戒担当「JP」に詰め寄った。気を吐くレメディオスには失礼だが、未来人の中に立つと、彼女は子供にしか見えない。そんな小レメディオスに迫られ、未来人としては小柄なJPは、しどろもどろ、すぐさま上官へ視線を投げた。人の発する迫力というのは、サイズに依存しないらしい。
 
「落ち着いてください。私たちが指摘したいのは、神の狙いが『火星攻撃』そのものである危険性です。」
「意味わかんない。どういうこと?
 アナログ脳の私たちにもわかるように言ってくれる?銀河最速のデジタル頭脳さん?」
 
 革張りの豪華な船長席に深々と腰掛ける少女、ララはそう言って自分の頭を指差し、JPに代わり前へ出たタニキァを見つめた。アメリカから帰ってきて以来、タニキァはララの態度に気を揉んでいた。思春期だから、と言えばそれまでだが、未来人たちに対してつんけんとしていて、時おり破滅的ですらある。そしてなぜか、タニキァに対しては特段きつく当たる。父親が片腕を失う原因を作った男の「恋人」だ、とでも思っているのだろうか。
 気になってはいるものの、指摘したところで火に油を注ぐようなものだし、総じて乱暴な地球人の中でもララのように変身する者は、特に気性が荒く、また厄介なことに恐ろしく強靭だ。神殺しを企てるだけのことはある。万が一にも物理的な暴力行為に発展してしまったら、戦闘と無縁な留守番メンバーに防衛する術はない。目下キューバで修業中のオキタでも、果たして互角に戦えるのか疑問だ。
 
「もちろん説明するつもりです。まずはデータを見てください。…ガープ、お願い。」
 
 タニキァの指示を受け、ガープがその辺に置かれた適当な端末へ右薬指をコネクトした。ごく短いローディングを経て、船長室のメインモニターに「前を歩くJPの臀部」が大映しになる。ギョッとするララたちを他所に、さも当然だとモニター見つめる未来人たち。臀部を絶賛放映中のJPですら気にした様子はない。
 
「あ、JPの尻はただの背景なんで、気にしないでください。えーと、量子のデータは、っと…」
 
 文字が違うので値の大小を球の大きさで示します、と前置きしてから、臀部に代わり表示されたのは、2つの表らしきものと、惑星図のようなもの。
 
「どこが漁師?」
 
 言語コミュニケーション特有の変換ミスに気づかなかったらしく、レメディオスの発言を華麗に流し、ガープは説明を始めた。
 
「左側のは、皆さんが火星基地を攻撃した規模です。その日に倒した神の数って考えてください。
 右側のは、火星重力圏宙域における同時刻の次元エネルギーの集積量と座標です。
 そして中央のは、攻撃中に次元収束が発生したマップで、中心は火星です。
 どのデータも日付別に色分けしてあります。赤色の球なら同じ日です。マップの四角いマークも赤が同じ日になります。
 それぞれのデータには、おもしろい関係性が…」
 
 とてもわかりやすく、丁寧に説明しているつもりのガープだったが、周囲を見渡した際にララと視線がぶつかり、思わず口ごもってしまった。
 
「わからない単語を並べられても、説明にならないから。わざとやってんの?」
 
 少女の不機嫌な視線に貫かれたガープは、どうしてもその先の言葉を発することができず、無言のまま上官へ救援を求めた。
 
「まったく、揃いも揃って情けない!提督に怒られるわよ!
 おほん。ここからはガープに代わり、タニキァが説明します。わからない単語は挙手で質問してください。それでは、再開します…」
 
 タニキァは言った。メカニズムは解析中だが、下級神が撃破されるたび、明らかに集積する次元エネルギーが増えている、と。
 エネルギーは、飽和点を迎えるまで決まった1つの座標に集積し続け、充満すると次の座標へと移ってゆく。そして飽和点を迎えた座標は収束し、やがて小さなワープフィールドをごく短時間だけ発生させる。無尽蔵に現れた増援のカラクリが、このワープフィールドである。
 初回の火星攻撃で発生したフィールドは、15。当初は撃破数が発生数を上回っていたが、最近の相関は完全に逆転している。
 
「それだと、この前の偵察で何個か発生してるじゃん。倒したの、たまたま巡回に来た1体だけだから!アホくさ!」
 
 いまだ疑問符が頭上に浮かぶ地球人たちの中、ララだけはデータの見方を理解したらしい。表の最下欄を指差し、「1体だけ」と同時に中指を立てて悪態をついた。
 
「ララさん、それこそが問題なのです。
 私のことを好ましく思っていないのは分かっています。それでもお願いですから、茶化さずに聞いてください。これからお話しするのは、皆さんにも関わることです。」
 
 タニキァの声は穏やかだった。穏やかだからこそ、ララの癪に障る。タニキァには何か裏がある。初めて会った時から抱いている感情だ。その疑心はいつしか、無関係な事柄と結びついた。ドラキュラの腕、である。
 ドラキュラが腕を失ったのは自分が未熟だったせい。それは分かっている。分かっていても、「たられば」の起因を他者に探してしまうのは仕方ないこと。矛先を彼らに、中でもリーダーのタニキァに向けるのは、ララにとって都合の良い解決策だった。あるいは、彼らのテクノロジーなら腕を再生できるのではないか、と言う希望もあった。なのに彼らから再生の話は一向に出ず、自分から言い出すタイミングも逸してしまった。そのことが余計に矛先を尖らせる。
 
「この時代に観測されているワープフィールドは、私たちの知るものと成り立ちが異なっています。
 もうお分かりだと思いますが、ワープフィールドを発生させるには、次元収束を起こす必要があります。ですが、この時代に次元収束は起こり得ないのです。
 天の川銀河初の次元収束は、突如起こった銀河衝突をキッカケに起こりました。私たちの時代からすれば、遥か昔。逆にあなたたちからすれば、遥か未来の出来事です。銀河衝突が起らなければ、次元収束の法則も存在しません。」
「だから?銀河衝突とか、デカすぎてイメージできないけど、ざっくり言えば『自然』の話でしょ?
 相手は神だよ?なんでもありに決まってるじゃん。」
 
 ララ以外の地球人は完全に置いてけぼりである。眼を開いていても、心ここにあらず。ただ呆然と2人のやりとりを見ているだけ。よく寝るコレオスは、すでにソファで本気寝モード。どこから持ってきたのか、てんとう虫の描かれた肌掛けに包まって寝息を立てる姿は可愛らしく、とても最年長者とは思えない。
 
「はい、その通りです。不幸なことに私たちは神のデータを持っていません。銀河衝突で全て失いました。
 あなたたちの話だと英雄は、神に敗れてしまった。生き残った神は、英雄との戦いで偶然にも次元収束の法則を生み出した可能性があります。未来のものとは違う、未知のワープフィールドを創り出せる法則…」
 
 ママは死んでない!
 出かかった言葉を、ララは桜色の下唇を噛んで押し戻した。タニキァは信用ならないが、少なくとも彼女がいま語っているのは真実だ、と直感が訴える。もし言葉にしていたなら、勢い余って殴るなりして、話はそこで終わっていただろう。
 
「観測データをありのままお伝えします。
 未知のワープフィールドは、発生するたび、同じ大きさのフィールドを生成するのに必要なエネルギー量が、どんどん少なくなっています。私たちの法則では、考えられません。収束させたエネルギー量を超えるフィールドは作れない。これが常識です。
 ただし!源が異なれば、常識は覆ります。冒頭に申し上げました通り、このフィールドは神自身が『源』…。
 また、これまでに火星重力圏で見つかっている座標は、全部で100。規則的な座標配置に意図を感じます。発生していないだけで、予め用意されているであろう座標は、少なく見積もって100倍以上…」
 
 タニキァが指を鳴らすと、中央のマップが「座標」を示す四角いマークに埋め尽くされた。
 
「敵火星部隊は、フィールドのテストを経て、成長、展開させるため、故意的に配置された部隊、と考えられます。つまりは『罠』です。
 それと、ワープフィールドはドアのようなもの。ドアノブは向こう側にもあります。」
「なっ!?それって…!?」
 
 激しく立ち上がっても、豪華な船長席は静かに揺れるばかり。代わりに少女の細腕に叩かれたデスクが、余韻の中で小刻みに揺れていた。
 
「はい、お気づきの通りです。
 火星重力圏内から地球は目と鼻の先。最悪のクライシスは大軍を伴って訪れるでしょう。」
 
 タニキァの声は、まるで義務的な雄弁さを誇る国選弁護人のように穏やかだった。込み上げるララの怒りを、タニキァの次の言葉が遮った。
 
「私はずっと考えていました。なぜ、起こるはずのない時間移動が起きたのか。なぜ、この過去に移動したのか。なぜ、私たちだったのか。…やっと、答えがわかりました。」
 
 ソファで気持ち良さそうに眠るコレオスへ一瞥をくれてから、タニキァは深いため息をついた。
 
「この過去で神は、歴史よりも早く次元収束の法則を知ってしまった。最悪のシナリオです。
 何の前触れもなく突如発生した銀河衝突は、この過去が真因である…、とすれば何十万年も解明できなかった『謎』がクリアになる。実はまだシミュレーション途中なのですが、きっとそうなるでしょう。
 だから『私たち』が選ばれた。裏を返せば、現時点で衝突を経験しているのは私たちの歴史だけ、ということ。そしておそらく、私たちは歴史上最後の人類『だった』。オキタの神殺しが新たな分岐を生み、時間移動のトリガーとなった。下級神の襲撃を受けて絶滅、が本来のシナリオだったのでしょう。」
 
 それからタニキァは、自らを「滅ぶ運命の民」と呼んだ。どんな結末を迎えようとも、彼らは必ず消滅するのだという。
 
「私たちがここにいるのは、新しい分岐の先へ人類の歴史をつなげるため。だけど、この過去がある限り、未来はいずれまた神と交差してしまう。いいえ、それどころか、全ての軸を再び神の脅威が襲う!
 各フィールドの発生速度と構造変遷をトレースすると、神はまだ、法則を完全に理解していません。まだ間に合います。私たちならこの過去の神を止められる!絶対に止めてみせる!
 私たちにはテクノロジーがある。アダモレアルに搭載されている量子反応弾で、太陽系をまるごと吹き飛ばします!」
 
 タニキァが語気を強めると、火星周辺を示していたマップが高速でズームアウトした。ズームアウトを終えたとき、ララの瞳に映る天の川銀河の辺境は、あるべき「太陽系」を失い、黒い闇と化していた。
 
「ふーん。まるごとねぇ…。
 確かにあんたは『皆さんに関わること』って言ってた。不思議に思ったんだけど、私らにもあんた達にも『未来はない』って意味だったのね。
 だけどさ、吹き飛ばされるのを見過ごすわけないじゃん。ま、わざわざ言うくらいだから、本気じゃないんだろうけどさ。いまこの場であんたらを皆殺しにしてあげても良いんだよ?」
「…ふふ。あなたの前では、一世一代の大芝居すら茶番になってしまいます。」
「ずる賢いあんたがストレートに来るとはね。正直言って、驚いたよ。
 気に入った!いきなり出てきたその反応弾があんたらの保険なわけね。
 で?何をして欲しいの?」
 
 そう言ってニヤリと笑うララの瞳は、獰猛な肉食獣を思わせる。ギラギラと光る眼差しがタニキァを見据えた。
 
「不完全なテストのおかげで、向こう側の大まかな座標を割り出すことができました。不幸中の幸いです。」
 
 一方のタニキァは、穏やかな微笑を返す。
 
「…なるほどね。
 どうせヤルなら、こっちからってか。ねえ、オキタさんを呼び戻してよ!」
 
 
 
つづく…
ーーーーー
 
気づいたら6月になってました!!
ついに物語は佳境へ…、入ったのか?