忘却の超大国、アメリカ。繁栄の象徴だった東海岸の大都市は、神に消し飛ばされて以来、復興を果たしていない。支配層は、この大量破壊を「浄化」と呼び、いまでも神聖視する。

 浄化が行われたのは、10年前。アメリカでは、神の計略により意識と思考を奪われた人々が、再臨を約束された地、リビアへ渡ろうと東海岸へ押しかけていた。しかし再臨は阻止され、神の軍勢は去った。世界中に最悪の置き土産「神の光」を残して。それは人類が体験したことのない超兵器。人々が集まっていた世界各地を一瞬にして死の大地へと変えた。おとぎ話の銀世界を彷彿とさせる、白く焦げついた「死の大地」には、10年経ったいまでも雑草すら生えない。忘れてはならない聖戦の記憶である。

 ときは現在。

 眩い黄金の光が、アメリカの象徴「水没した女神像」の右腕をかすって、海へ落ちた。立ち上がる飛沫を貫いて、間髪入れずに無数のパイル弾が光の後を追う。巻き込まれ、パイル弾に何度も貫かれた女神像の右腕には、針で刺されたような穴。あるべき強度を失ったのか、決して強くない風に弱々しく揺らぐ。やがて右腕は、草食獣の断末魔の叫びに似た轟音を鳴らし、海へ滑り落ちていった。

 崩れた女神像には目もくれず、不規則に広がる波紋を上空から見つめる、規則的な陣形を組んだ集団。全員が白のバトルスーツに身を包み、超大型の銃火器、パイルマシンガンを海面に向ける。1人1人のボディラインを見れば、この集団が女性だけで構成されていることは明らかなのに、並の兵士では反動に耐えられないと言われるパイルマシンガンを、彼女たちはまるでモデルガンのように扱う。

 最前列中央に陣取る女性から指示を受け、最前列両端の2人が、中央に寄りながらゆっくりと降下を始めた。集団がとどまる位置からは、海中で弱々しく揺らぐ黄金の光が見える。光の有り様は、まさに風前の灯といったところ。彼女たちのターゲットは、この黄金の光である。

 降下する2人の手指に力がこもる。もう少し降りれば、波間からでも海中の様子を詳しく知ることができる。果たして2人が波間に見たものは…。

 大きな猫目。獲物を捉えたと、嬉々として輝く。ハッとした一瞬の間に、2人の額に鋭い衝撃が走った。赤に染まる2人の視界。攻撃されたのだと、絶命の間際で理解したとき、眩い輝きを取り戻した黄金の光は、海中から飛び出し、見たこともない銃火器を連射している最中だった。

 黄金の光、あらためララは、リアライズしたオリジナルガン2丁を両手に構え、水面に立つ。本人は敵の武器を真似たつもりだが、かなりデフォルメされていて「高価な水鉄砲」と言われればそう見える。

 合計50発の弾丸をあびた集団は、マシンガンを構えたまま、貼り付けられてしまったように動かない。ヘルメットの首元から溢れた液体が、バトルスーツに真紅のネクタイを描く。中央から外へ、次々と連鎖して、彼女たちの手からマシンガンが海へこぼれ落ちた。

 

「リアライズ成功!やっぱ天才かも!

 てか、上から来るなんて聞いてないっつーの!」

 

 空っぽの銃を海へ投げ捨てたララは、輝く異形の翼を広げ、海面を蹴った。空に貼り付いた集団を、すれ違い様にチラリと見やる。

 

「空飛ぶ1Mなんて、モントリーヴォさんの報告にあったっけ?」

 

 そこまで言ったところで、ララは違和感に気づいた。幾何学的に組まれているはずの陣形が、なんとも心地悪い。無意識のうちに点と点を結ぶ。最後の点を繋げようとして、視線が行き場を失った。背筋に冷たい汗が伝う。

 

「先頭の奴…、どこ行った…?」

 

 言ったが先か、扱い慣れたハルバートがリアライズされる。周囲への警戒を強化した刹那、右頭部を形容し難い鈍痛が襲った。反射的に右へなぎ払ったハルバートが空を切る。ぼやける右眼を押さえようと添えた左の指先が、柔らかな肉に触れた。

 

「えっ!?あれ?

 …あたま、吹き飛んでるじゃん。」

 

 ララの肉体は、異常な防御性能を誇る。

 例えば、ある種の攻撃で破壊されると、再生後はその攻撃に対する耐性を獲得し、自傷行為を除いて、二度と破壊されなくなる。これは、あくまでも「再生後」の話。再生するまでの間に、万が一にもコアを損傷すれば、死に至る。

 今回は右頭部を部分破壊された。つまり、未体験の攻撃を受けた、ということ。

 

「命令により、あなたを排除します。あなたに個人的な怨みはありません。」

 

 少し上空から見下ろす、白いバトルスーツの女性が言った。彼女が集団を率いていた、消えた「先頭の奴」なのだろう。バトルスーツの仕様が他の者たちと異なるし、身体もひと回り大きい。レメディオスと同じくらいか、女性としてはかなり大柄である。

 女を前にしてララは思う。「こいつの武器はなんだ?」と。女の手には、当然持っているはずのパイルマシンガンは愚か、武器に該当する物体が見当たらない。そもそもパイルマシンガンは過去に経験済みだから、別の武器を使用されたのは明らかだった。

 

「機動兵のくせに、人間ぽいこと言うじゃん。できるもんなら、やってみろっつーの!」

 

 何で攻撃されたにせよ、いまララがやるべきことは1つ。再生だ。自慢のスピードで、戦略的離脱を狙う。

 女が強いのは紛れもない事実なのだから、地上で再生を待つのはリスキーな行為と言える。一方で、機動兵がいくら強かろうと、どれだけ強化されていようと、基本構造は人間と同じ。成層圏の上層に入れば、まず追ってこれない。目指すべき安全地帯は、上空3万メートル付近にある。

 ハルバートを構えるララの光が密度を増した。女までの距離は、上に約5メートル。ララにとっては「一瞬の半分」の間合い。

 ララが動いた。まさに光速の如く間合いを詰めると、やや右寄りに身体を反転させ、女の喉元めがけてハルバートの鋒を突き上げた。しかし、手応えはない。

 

「だと思った。これで殺れる相手だったら、吹き飛ばされ損じゃん?」

 

 間髪入れず、刃を左へ切り払う。喉元を狙ったのは、女が反撃を狙って最小の動きで躱す、と予測してのこと。案の定、女は反撃の兆しを見せたが、追撃の切り払いに出鼻を挫かれる格好となり、バランスを崩したまま後ろへ大きく飛び退いた。ララがこの機を狙っていたのは言うまでもない。離れたと見るや、最大速度で天空へと翔け上がる。ほんの僅かに遅れて、女も動き出した気配を感じる。しかしこれら一連の動きは驚速世界の出来事。例え一瞬であっても確保できるアドバンテージは大きい。頭部に受けたダメージのせいで本来の速度ではないものの、この差を詰められるのは「コレオス」くらいだろう。

 

「うそっ!追いつかれてる!?」

 

 じわじわと狭まる圧を感じ、思わず振り返りそうになるのを、ララはグッと堪えた。振り返れば捕まる。前だけを見て進むことが最善だと、直感が訴える。それなのに、白い女の圧はなおも迫る。

 このときララは、生まれて初めてハルバートを「邪魔」だと思った。空気の濃い環境下では、進行方向の空気を切り裂くハルバートは有効な加速装置となり得る。しかし空気が薄まれば、得られる効果も薄まる。いまのララにとって、生まれた瞬間から握ってきたハルバートは、重い足枷でしかない。

 

「くそくそくそくそ!なんでそんなに速いんだよぉぉお!」

 

 叫びながらララがとった行動は…、ハルバートを捨てる。

 正確にはパッと手を離して「そこ」に置いただけ。ハルバートがじりじりと離れていく。肝心の効果のほどは、ちょっぴりだけ速くなった。武器が女に渡る可能性を考えれば、代償の方が大きかったかも知れない。それでも投げるなどの大きな動作は、減速に繋がるから仕方がなかった。

 間近に迫る女の手が、ハルバートへ伸びる。パキパキと音を鳴らして凍り始める白い女。しかし以前として彼女の方が速い。掴めれば、一閃の届く間合い。バトルスーツに包まれた左手が、ハルバートの柄を掴んだ…。

 

 2万メートルの上空に、聴き慣れない音が響き渡った。キュッと、何かを引き絞ったような音。

 この音の正体は「爆発」である。爆発により、左腕を失い、急激に失速したのは白いバトルスーツの女だった。ただでさえ薄い上空の酸素を爆発に奪われ、追いすがる女は左手を伸ばした格好のまま機能を停止させた。

 突如起こった爆発は、言わずもがなララの仕業だ。「相手への敬意が感じられないから」との理由で銃火器を嫌うララは、今日まで銃火器をリアライズしたことがなかった。一転、集団を倒した際のリアライズで「起爆概念」の獲得に至る。女が武器を取ることに賭け、ハルバートに起爆概念を付与した。トリガーは自分以外の接触。酸素が薄く大爆発とはいかなかったが、結果は概ね目論見通り。間一髪で離脱に成功する。

 

「へっ!ザマァ!」

 

 数百メートル下で凍りつく女に、ララは珍しく悪態をついた。ほっとして触れた右頭部には、少しだけ骨の感触が戻りつつある。さすがに鏡で確認する気にはなれず、星を見て待つことにした。30分もすれば元通りになるだろう。

 再生するまでの休憩。そう思っていたのに、夜通しオキタを探していたララを、程よい眠気が優しく包み込む。

 

『もしもーし。この素粒子はララかね?』

 

 脳を直撃するいきなりの呼びかけに、まどろみの入口にいたララは跳ね起きた。どこかで聞いた、声とイントネーション。吹き飛んだ脳裏に「漆黒の全裸」が浮かぶ。

 

「ケルラちゃん!?…だね?」

『だねだね!ケルラお姉たまだね!』

 

 ケルラが舌っ足らずに「お姉さま」を強調したのは言うまでもない。なぜか上機嫌なケルラは話を続ける。

 

『お前はララだね?』
「うん。そうだけど…。これ、どうやって…」

『やっと見つかっただよー!

 さっきはドラキュラにつながっただね!自分のこと、我とか言ってたし、あれは厨二を拗らせ続けてるだね!』

「うん、あー、そうかも。ところで、これ、どうやって会話してんの?」

『ん?何がだね?あ、素粒子だね。オキタさんの素粒子がララにつながってるだよ。』

 

 ケルラの意味不明な素粒子解読活用法。リンクしているのだから「電話のように使えるのではないか?」と言う、謎の思いつきを実践した結果、成功してしまった活用法。ただし繋がるのはヴァンパイアの素粒子のみで、ケルラ自身の素粒子はコントロールできないため対象外。しかも上手にコントロールしないと、近い個体や、より高出力の個体に繋がってしまうのだとか。さらに問題なのは、ケルラと対象者しか話せないこと。今回のケースを例にすると、ララとオキタがつながっているのに、会話をしているのはララとケルラである。どうやら、ケルラ側のヴァンパイアは「通信装置」扱いになるらしい。この通信が実用化されるとしたら、おそらく遥か未来になるだろう。

 

「ふーん…。よく分かんないけど、話せるならOK。で?なんの用?

 いまさ、人探ししてて忙しいんだよね。3メートルくらいある、ゴリでかい変態おっさんなんだけどさ……

 ………

 いま『オキタ』って言った!?」

 

 向こう側のケルラが、楽しそうにケラケラと笑った。それからケルラは、しばらくオキタを預かること、新型機動兵のこと、ドラキュラたちがララ救出に向かったこと、などを簡潔に伝え、最後に「晩ご飯までには帰りなたいよ」と、舌っ足らずに付け加えた。

 

「うん。もう用ないし帰る。ケルラちゃんのとこなら、オキタさんも安心だし。

 あのさ、新型ってさ、もしかして、飛ぶやつ?」

『機動兵のことかね?飛ぶやつは先月くらいからたまに聞くだよ。

 新型のことは詳しく知らないだね。モンは対お姉ちゃん用のカスタムって予想してただよ。』

「あー、なんとなくわかるかも。たぶんわたし、噂の新型ちゃんとさっきまでバトってた。

 あたま半分吹っ飛ばされたし、ゴリめっちゃ速かった。飛ぶやつらのリーダーぽかったし。」

『あたま、大丈夫なのかね?』

「うん。成層圏に逃げてきたから大丈夫。新型ちゃんはね、下で凍ってる。」

『ララに傷を負わせるなんて、ヤバイだね。無事で何より…え?あ、ちょっと待つだよ。モンがなんか言ってるだね。』

 

 だねだね、と相手側の誰かに対して打つ、ケルラの相槌だけが聞こえる。ケルラの声以外はララに届かない仕様のようだ。

 

『だねだね?』

「そこは、もしもしでしょ。聞こえてるよ。」

『モンが言うには、新型だったら、ララとの戦闘データを収集されてしまうらしいだね。なるべく早く頭を破壊しろって。

 あと、オキタさんが、あれは不可抗力だって言ってるだよ。こいつ、あたしの可愛い妹に何しただね?』

 

 一方でララの声は相手側の全員に聞こえるらしい。全くもって謎の仕様だ。要するに、ケルラのケルラによるケルラのための通信、なのだろう。

 

「なにをしたかは、オキタさん本人に聞いて。

 とにかく、わたしは新型ちゃんをぶっ壊せば良いのね。頑丈そうだけど壊せるかなぁ。

 あ、ドラキュラさんに、成層圏を飛んで帰るから心配すんなって伝えといて!ぶっ壊したらすぐ帰……あれ?声が聞こえなくなってる…。

 切れちゃったのか。」

 

 ケルラの、ケルラによる、ケルラのための通信、である。ケルラの意識がオキタのしでかした「不可抗力」に向いたことで、通信は切れた。再生の途にあるララは「早急に新型を破壊せよ」との指示を実行に移すべく、しぶしぶ降下を始めた。

 白い女は、凍りついたまま宙に浮いていた。左腕から出血がないのは、凍結のせいだろう。まじまじと見て思う、美しい、と。躍動の最中にあった滑らかな曲線はどの角度から見ても完璧にデザインされており、途中から折れた左腕と相まって、例えるならば、天を掴もうしている彫像のよう。ふとララは、彼女の顔を見てみたい衝動に駆られた。これまで何度となく機動兵と闘ってきたララだが、ヘルメットの中を見たことはない。

 ララのしなやかな手が、凍ったヘルメットに伸びる。つるりとした表面を這う指は、ゆっくりと首筋の緊急解除スイッチへ。

 パキンと割れる音がして、ロックが外れた。深く息を吐いてから堅く目を閉じ、引き抜くようにヘルメットを持ち上げる。そしてヘルメットを持ったまま、1歩、2歩と、距離を開ける。他に誰かがいるわけではないけれど、舞台演劇さながらに結論を焦らす。機動兵の素顔を見るなど、なんてことはない、ただの余興。楽しまなければ意味がない。

 果たして、中にあったのは…。

 

 母の顔だった。

 何度も夢に見て、朝を迎えるたび、もう一度逢いたいと願った、母の顔。髪や眉が剃られていても分かる。目の前にあるのは、あの日、あのとき、荒れ果てた大地で自分を抱きしめてくれた母の顔だ。

 

「マ…、ママ…?」

 

 ヘルメットが手からこぼれ落ちた。ララの視界に映る、彫像の如き美しい姿が、溢れた涙に滲む。娘が呼びかけても、凍った女は何も言わず、白濁した虚な瞳で天空を見つめるだけだった。

 

「ずっと…、会いたかった。大好きだよって、言いたかった…」

 

 建て付けの悪いドアのように、ぎこちなく、ゆっくりと、女の瞳が娘の方へ傾いた。気圧の変化が起こした悪戯だったのかも知れない。それでもララにとっては、女が、母が生きていると信じるのに十分だった。

 

「ママ!無事だったんだ!すぐに治してあげるから待ってて!」

 

 自らの肉を千切り、近づいてゆくララ。このときララは気づいていなかった。凍りついたはずの女の右腕が、動き始めたことを。

 時を同じくして、ドラキュラは遥か上空にララを見つけていた。白い女が微かに動いたのを察知し、声を張り上げる。

 

「ダメだ、ララ!そやつから離れろ!」

 

 しかしドラキュラの叫びは届かなかった。ララと女の距離は、ますます近くなる。

 

「このままでは間に合わん!

 我は第2形態に変わる!獣よ、砲で女を吹き飛ばせ!」

 

 赤い竜の首の付け根から、計6発の小さな砲弾が放たれた。狙いすました砲撃が上空の女めがけ、緩やかな弧を描いて飛ぶ。まだ仔ヴィーストだからと侮ることなかれ、ヴィーストの砲撃は百発百中。

 砲弾が、触れる寸前にあった母娘を引き裂いた。女は腹を貫かれ、分離した上半身が踊るように回る。同時に、女の右腕が身体の回転とは逆方向に鋭く空を裂き、伸びきったところで再び凍りつく。あとコンマ数秒、着弾が遅れていたら、右腕はララの顔を捉えていた。

 

「ママ?…ママ!?大丈夫!?」

 

 吹き飛び、砕け始めた女の上半身へ両手を伸ばし、ララは「母」へ追いすがる。ララが尋常でないことは、誰が見ても明らかだ。再び狭まる母娘の間に、第2形態へと変化したドラキュラが割って入り、ララの細い肩を力強く揺すった。

 第2形態のドラキュラは、人の形を成す。紅蓮色の身体に、怒れる羊の角と翼を5対ずつ生やすその姿は、古えの書に「悪魔の王」と記されている。ドラキュラがこの姿になるのは稀である。

 

「ララ!あやつは『さくら』ではない!よく見よ!機動兵だ!」

「ママ!?わたしの肉を食べれば大丈夫だから!すぐに元に戻るから!」

 

 肩を掴まれてすぐは、ドラキュラの巨躯がまるで見えていないかのように前へ進もうとしていたララだったが、やがてピタリと動きを止めると、ギロリとドラキュラを睨みつけた。大型の猛獣を思わせる鋭い敵意が、ドラキュラに突き刺さる。


「邪魔するなっ!」

「ララ!目を覚ませ!」

「お前か!お前がママを殺したのか!

 …許さない…許さない…許さない!許さない!許さない!」

 

 ドラキュラは、ララの小さな身体から「狂気」と呼ぶべき感情が激しく噴出するのを感じた。ララの狂気に反応して、コレオスたち巫女から与えられた力の1つ、「攻撃予知」が発動する。自覚していなくても、ドラキュラの本能がララを、危険な敵と見做した、と言うこと。

 予知によるとララは、ドラキュラの手を振り解く直前、空中にハルバートをリアライズし、至近距離から突き刺してくる。リーチの長い武器を至近距離から、とは不思議に思えるが、ハルバートは「長い」と言う思い込みを逆手に取り、リーチを合わせてリアライズするつもりだ。しかもリアライズする場所は、ドラキュラの右腕を利用した死角。まさにゼロ距離の「必中攻撃」である。

 さらに予知は続く。ララの本命はこの必中攻撃ではない、と。本命は「右掌」。単なる必中攻撃ごとき、ドラキュラに当たらないのが当然だと、避ける動きに被せ、右掌で胸のコアを狙ってくる。確実に殺すために…。

 果たして予知の通りに事は進み、ショートサイズのハルバートが空を貫いた。同時に、ララの右掌が、ドラキュラのコアを狙う。目を瞑っていても避けられるほど、予知通りの動きだった。それなのにドラキュラは避けようとせず、迫るララの右掌に、自分の掌を正面から重ねた。

 ララの小さな掌に、倍以上ある大きな掌が飲み込まれてゆく。飲み込まれるという表現が正しいのかは分からない。しかしまるで空を切るように前進するララの右掌を見れば、正面からぶつかるドラキュラの左腕は、飲み込まれている、と言わざるを得まい。ララの右掌は、ドラキュラの肘を超え、肩をも超える。ようやく前進を止めたのは、何もない、空の中心だった。伸びきった右掌が2度、空を掻き、糸が切れたようにダラリと下へ落ちる。身体の横に落ちてくるはずの右手が、大きくて暖かい、何かに当たって止まった。

 

「…ララ…、気は済んだか?」

 

 その優しい声に我を取り戻したララが、大きくて暖かい、ドラキュラに抱かれているのだと気づくまで、さほど時間は掛からなかった。ララの耳に、心地よい心音が広がる。

 両手を目一杯に広げてもまだ大きい胸の中から見上げた育ての親は、これまで見せたことのない、柔らかな顔でララを見つめていた。

 

「…おじ…さ…ん…?」

「お主が何を見ていたのかは聞かぬ。

 しかし確かなことがある。あれはお主に仇なす者だ。」


 ドラキュラが暖かい声で、諭すように言った。応えるようにゆっくりとまばたきをしたララの顔は、どこか釈然としない。


「お主は宙で何をしていた?」

「…わたし…、あの機動兵に頭を吹き飛ばされて…それで、ここで再生しようって…」

「頭がどうした?いつもと変わらぬぞ。」

「!?そんなはずっ!……」


 慌てて触れた右頭部は、普段と変わらず。再生後特有の妙に潤った感じもない。


「幻覚か。相手に技を使われたな…。10年前と同じだ。

 ララよ…。お主はまだ青い。青さは偉大な力に違いないが、時に弱さにもなる。全てが終わるまで、神に付け入る隙を与えてはならん。分かったか?」


 分かった、と胸から頬を離したララは、違和感に気づく。自分を抱きしめているはずの、男の左腕がない。

 そして、自分の身体中に刻まれているはずの、無数の傷痕もない。仲間を救うため、自ら肉を抉り、できた傷。バレないよう必死に隠してきた。頭と違い、こちらは潤いを感じる。

 

「!?…おじさん!腕がっ!

 …もしかして、これ、わたしが!?…どうしよう!」

「気にするな。隻腕になろうとも我の銀河最強は揺るがぬ。」

「気にするよ!わたし…、右手を使っちゃった…。

 もう2度と使わないって!使わないって決めてたのにっ!」


 堅く握られた手で叩いたドラキュラの胸は、全てを預けても良いのだと思えるほどに頼もしい。叩かれた余韻が消えるのを待って、ドラキュラが口を開く。


「大丈夫だ…」

「大丈夫じゃないよ!

 わたしの右手に消されたら、どこに行ってしまうか分からないんだよ!?もう再生できないんだよ!?」

「良いんだ。」

「良くない!」

 

  髪を振り、再び叩いたドラキュラの胸は、先ほどと変わらず頼もしかった。大きな右手がララの肩を掴む。

 

「良いんだ…。お主ほどの痛みはない。」


 そう言って、すでに塵と化した機動兵の上半身を見つめるドラキュラ。彼が見た女の顔は、人と呼ぶにはあまりにも醜悪で、思わず目を背けたくなるほどだった。


「さあ、帰ろう。家族が待っている。」


 隻腕の赤い竜に変わったドラキュラは、ララとマリナのヴィーストを背中に乗せ、東の空へと消えていった。



つづく



よく分からない話になってしまった…。まー、いつものことだけど。

ちなみに、ララはタルタルソースが苦手です。