鼓膜を打つ騒がしい物理刺激が、オキタを覚醒へと誘う。リブートした視界に飛び込んできた、圧迫感を覚えるほど低い天井を見て、オキタは自分の寝ていた理由が「現実だった」と再認識させられた。46万年ぶりに神族を倒した英雄オキタは、地球で出会った年端も行かない少女の一撃を受け、呆気なく敗れた。たらればの入る余地は多少あるものの、完璧な敗北。無意識に頭を抱えたオキタの鼓膜が、一際大きく震えた。

 

「提督!おはようございます!

先に言っときますけど、目覚めの1杯はありませんからね!」

 

 通信士のガープが天井の灯りを遮って覗き込んできた。とても高速処理を行う通信士とは思えない、いつもの間抜けた顔。しかしどこか違和感を覚える。いつもより気持ち目が大きいか、と思ったあたりで、それに気付いた。…空間が騒々しい。


 

「まさか…」

 

 騒がしさは、狭い空間に人が溢れているからではない。様々な方角からオキタの鼓膜を叩くのは、紛れもなく「声」だ。発生源は、ここにいる全員。ベッド…ではなく、ベッド代わりに使われていた手頃な大きさのテーブルから上体を起こすと、デヴァイスがアダモレアルの乗組員たちを次々とキャプチャし始めた。自分を含む43名の乗組員全員が、決して広くないこの空間にいるのだから、異常としか言いようがない。奥で料理を振る舞っているのだろう、湯気たつ何かを求めて半数以上がそこに列を成す。列の中程に、オペレーターたちと談笑しながら順番を待つ、タニキァの姿も見える。

 オキタが寝ていたのは、地球人類の母船である大型潜水艇のメインダイニングルーム。地球人類にとっては大広間なのだが、いかんせん身体のサイズが異なる。目覚めたばかりのオキタに「狭い」と思われても仕方あるまい。余談になるが、地球に着いた後、オキタとタニキァが地球人と対峙していたのは、この潜水艇の上部外装。つまり甲板だった。艇は今も大西洋上の同じ場所に浮かぶ。

 

「耳で聞くと、渋いですね。」

 

 呆気にとられるオキタに対し、ガープは少し高い声で、提督の声がです、と付け加えた。



 

「こいつは、いきなり何を言ってるんだ?

 声質の前に状況説明が先だろ。なぜ声が出る。しかも全員。当たり前のように振る舞ってやがるが、どう考えても異常事態だぞ。俺が寝てる間に一体何があったんだ!誰か!誰か説明してくれーっ!」


 

 全員の視線がオキタに注がれる。いまだ状況が掴めないオキタは、右手を軽く挙げ、おはよう、と笑顔を作ってみせた。


 

「あ、気をつけてください。

 このシステムはデヴァイスを経由しないらしくて、切り替えないと思ったことがそのままのテンションで声になります。僕も一昨日、『JPのやつ、今日も良い尻してるなあ!げへへ。』って、本人の前で言ってしまいました。思いっきりグーパンされましたよ。」

「切り替え?」


「これです。」

 



 ガープの左手の甲に見慣れない黄緑色のアイコンが灯る。それからガープは、本人がこのアイコンに触れると、操作パネルが空中に表示されるのだと言い、実際に操作してみせた。デヴァイスに比べると動作はかなり野暮ったいが、身体で操作するシステムとしては非常に良く作られている。

 



「提督はまだ生体登録してないので使えませんけど…。」


 

 これはデヴァイスを通じてガープが発した言葉。慣れた感じに安堵の表情を顕にしたオキタは、生体登録とやらの方法をガープに問うた。

 



「あー、そうですよね。僕が手配しておきますので、とりあえずお風呂でも入ってきてください。ここのお風呂はお湯に入るタイプなんです。広くて気持ちいいですよ。

 登録はけっこう時間が掛かりますし、それに、なんというか…」

「…ガープ、お前さっき『おととい』って言ったか?」

「言いましたね。」

「俺は何にち…」

「地球時間で5日です。丸5日間寝てました。正直、臭いです。」

 

 ガープの応えは早かった。言われてみれば、確かに身体と髪がやけにベタつく。さすがオキタも臭いまで確認する気にはなれず、時間が掛かるなら寝てるうちにやっとけ、と捨て台詞を吐きテーブルから飛び降りた。着地した途端、重力に負けて膝がカクンと落ちた。しかし啖呵を切った手前、老人のようにその場へ座り込むわけにも行かず、ギクシャクと部屋のドアをくぐる。閉じた小窓のようなドアを背に、はたと気づく。

 

「何やってんだ俺は!風呂より状況確認が先だろう?」

 

 再び窮屈なドアをくぐったオキタを、両手に湯気たつカップを持ったタニキァが出迎えた。



 

「戻ってくると思ったわ。バカね。」

 

 カップを1つ、すぐ近くのテーブルに置いた彼女は、そう声を発して、カップの向かいに腰掛けた。オキタが寝ていたテーブル以外、イスもテーブルも、オキタたちの身体に合わせて脚が伸ばしてあるようだ。斜に構え、お決まりの肘をついた格好で脚組みをする彼女の表情は、いつもより和らいで見える。

 

「私がオキタがシャットダウンした後のことを説明するわ。

 私のアウトサイダービジョンを共有しておいた。少し長いけど、翻訳は済ましてある。共有はデヴァイス経由で、意見交換や注釈は声でお願い。」

 

 口調はいつも通りなのに、彼女の声はなぜかオキタの耳に心地よい。オキタが寝ている間に、ダイヤの女から「水晶の女」あたりに鞍替えしたか。

 ビジョンは、凄まじいスピードで迫るぬいぐるみから始まった。この時、ぬいぐるみがオキタの首に刺したのは、「リンクニードル」と呼ばれる、対象の脳波を取得、解析する接続ケーブルだった。ぬいぐるみの目的は脳波の解析だったようだが、結果として、オキタたちに内蔵されたデヴァイスと各種基本情報を共有するに至る。

 共有されたのは、銀河を漂流する船団のこと。PINOギャラクシーネットワークのこと。オキタたちの生活のこと。その他の身体的特徴、などなど。その中でも地球側が一番反応を示したのは、オキタたちの「個人情報」だった。

 以下に、ぬいぐるみが発した言葉をそのまま記そう。

 



「デヴァイスIOF4992824、オキタ・リブート12。

 リビルド男性H体LEL高出力型。バド標準紀21322年、イグドラシルYBプラント生まれ。

 統合軍イグドラシル艦隊アダモレアル所属、准将。第7移民船団、軍事最高責任者-提督。


 EXアバター覚醒済み。覚醒アバター、レヴェナントK9。FRIGG素体コード83、シンクロ率37%…」

 

 ぬいぐるみが理解できる言語へ自動変換しているにも関わらず、これを聞いたレメディオスの第一声が「なに言ってるか全部わからない」である。コレオスに至ってはリンクニードルを刺す前から寝ている。もちろん立ったまま。

 

「ねえ、まみぃ爺ちゃん。銀河が壊れそうなのって、やっぱり神のせいなんだよね?私たちが知らないだけで、宇宙の彼方では大変な状況になってるってこと?

 あと、よく分かんないんだけど…、その大きな人たちは…、えっと…。その…、あの…、あの…、あ…、あの人の子供じゃないよね?」

 

 本当は違う言葉を使いたかったのだろう。可愛らしい顔をこわばらせ、コトミがやっと捻り出したのは「あの人」という単語だった。

 

「正確に伝えられるかは分かりませんが、1つずつお答えいたしましょう。

 ご指摘の銀河における危機は、神のせいではありません。人のせいでございます。よって、コトミ様の認知する銀河における最大の脅威は、依然として『神』でございます。


 この方々につきましては、『姫様のご子孫』でございます。そして同時に『コトミ様のご子孫』という論も成立いたします。」

「どういうこと?」

 

 コトミが整った眉を寄せた。抱きしめる手から娘の鼓動が伝わる。ゴクリと唾を飲んだ彼女に、その自覚はない。



 

「オキタ様がお生まれになったのは『バド標準紀21322年』とあります。そちらの女性は、地球時間相当でオキタ様のおよそ988日後に、同じ施設でお生まれになっています。」


「つまり?」


 

 手に伝わる鼓動が、娘のものなのか、それとも自分のものなのか、もはやコトミは判断がついていない。



 

「バド標準紀は、現在の時間にしておよそ35万年後に始まった銀河統一暦でございます。未来の出来事に『始まった』とはおかしな話ですが、オキタ様の記憶をベースにお話ししておりますゆえお許しください。


 バド標準紀21322年は、今からおよそ46万年後に相当いたします。オキタ様はその年にお生まれになりました。この場合も『お生まれになった』はおかしな話ですが、これも記憶でございますゆえ…」




 

 

「ふざけんなっ!」


 

 立ち上がり、叫んだのはオキタだ。オキタは叫ばずにいられなかった。立ち上がった拍子に倒れたカップから、まだ一口も飲んでいない内容物が溢れ、タニキァのカップを黒い湖に浮かぶ孤島へと変える。



 

「ふざけんなっ!ここが過去だと!?亜空間理論でも多次元理論でも時間そのものは飛ばせない!常識だ!

 しかも黙って聞いてりゃ46万年前だ?地球はぶっ壊れたはずだろ?

 なんで死の星じゃねえんだよ!なんで人類が生きてんだよ!

 人類は……、人類は……。

 そうだ…、地球に人類がいた…。俺たちよりも先に…?」

「そうよ、今が過去なら辻褄が合う。神に破壊される前なら尚のこと…。


 この話にはまだ続きがある。お願い、もう少しだけビジョンを見て。」

 

 オキタを見つめるタニキァの声は、デヴァイスを通じて聞くよりもずっと柔らかだった。今さらダイヤの女を返上するつもりかよ、と憎まれ口を叩きつつ正面に座り直したオキタに、タニキァは声で心からの感謝を伝えた。

 まるで壊れてしまったのように、ぬいぐるみの独白は続く。

 



「爺の記憶と今回の事例から、生体の時間移動は発生する、と結論が出ます。しかしながら、腑に落ちない点がございます。

 爺の記憶によりますと、未来から過去へ移動した場合、時の公平性なる力が働き、未来の記憶は失われるはずなのでございます。すなわち未来からの来訪者は、移動した時点で過去の人となり、書き換えられた記憶を疑うことなく、当たり前に過去を生きるのでございます。かつての姫様がそうであったように。ところがオキタ様は全てを記憶してらっしゃる。おそらくあちらの女性も同じでしょう。これは明らかな例外でございます。

 それと関連してかは分かりませんが、爺はこのバックアップファイルに最近まで全く気づいておりませんでした。むしろ、ある日を境に突然生成された、と表現するのが適切かも知れません。

 それはさておき、脳波解析が終わりました。翻訳、および双方向コミュニケーションツール作製のため、ガルシア様へ共有いたします。こちらの提案は、オキタ様の閉鎖的PINOギャラクシーネットワークを経由して、そちらの女性と上空のその他大勢にお伝えしておきますので、ご心配なく…。」


 

 その後、オキタの代理として提案を受け入れたタニキァの指示により、アダモレアルのエンジニアは地球のエンジニアと協力して、コミュニケーションツールの開発に着手。翌日の午後、デヴァイスとPINOギャラクシーのテレパシス基礎技術を応用したプロトタイプが完成する。未来のエンジニア曰く、地球言語へのシームレスな変換が一番苦労したとか。

 デヴァイスを持たない地球人類とのコミュニケーションを優先して、ツールを通してオキタたちが発する言葉は、全て地球言語の「声」になる。オキタたちは自分たちの声も地球人類の声も、脳内のデヴァイスが自動翻訳するため問題なく理解できる仕組みだ。

 

「なるほど、それで『声』ってわけか。信じがたいが大まかな話はわかった。自覚はねえけど、いま話してるのが地球言語ってことだな。」

「過去の技術もバカにできないわよ。かなり洗練されてる。高度次元も亜空間も知らないのに、地球資源だけでここまでの技術を持ってることに正直驚いたわ。私たちと大して変わらない。強いてあげるなら防疫観念が低いくらいね。」

 

 何度も洗った跡の刻まれた金属製カップを、タニキァが笑いながら指で弾いた。彼女の指は、あの頃と変わらず細く滑らかだ。

 

「それにしても、よく逃げ出さなかったな!お前、あれ系のフワフワしたやつ苦手だろ?」

 

 全てが終わったら…、地球到着前に遮られた言葉を、今度は別の言葉で隠した。新しく内蔵されたツールは、心をも言葉にしてしまう。

 

「…痺れてたのよ。」

「は?」

「脚がね。環境適応中に膝枕なんかしたせいで、脚が痺れてて動けなかったの。動けてたら、オキタを放り出して逃げてたわよ。あ、それか、オキタの大きい顔で攻撃するってのも良いわね。」

 

 舌を出して戯けるタニキァの本心は違う。オキタの直感である。しかしそれは、うまく扱えば、ツールにも心は隠せるということ。

 

「自分のデカイ顔に感謝だな!

 ところで、本当に今が過去だとして、時間移動した理由が分からん。結局のところ、ぬいぐるみは何が言いたかったんだ?俺たちが未来の記憶を持ってるのは、エラーってことだよな?」

 

 オキタの疑問に対し、タニキァは両手の人差し指を顔の前で交互にクルクルと回し始めた。右指は時計回りに、左指は反時計回りに、クルクル回る。

 

「逆に考えるのよ。ぬいぐるみはこう言ったわ。時間移動には『時の公平性』が働くって…。」

「時の…公平性…?逆…?」

 

 少しズレて回っていた彼女の指は、徐々にタイミングが近づき、やがて両指先が最も接近する周回を迎えた。

 

「…そうか!

 エラーが起きてるのは、過去の方か!」

「さすが。完全に目が覚めたわね。

 おそらく、この過去では『確定事項』が起きない。直接的にしろ、間接的にしろ、それを起こすために私たちが飛ばされた。」

「間違いねえよ。問題は、確定事項がなにか…。」

「人類の歴史が変わる出来事のはずよ。」

「なるほどなあ…。歴史はいつも赤点だったからなあ。」

 

 まだ初等教育課程だった頃の記憶が蘇る。休暇最終日なのに課題が終わらず、両親に泣きついて手伝ってもらった、苦く微笑ましい思い出。その時の課題が、第461宇宙の誕生から地球崩壊までを学ぶ「人類の歴史1」だった。

 

「ま、神に破壊される前だってんなら、アレの確認からだな。場所は分かってんのか?」

「まだよ。これから聞こうと思ってたところ。

 目が覚めたんだから、オキタに任せるわ。提督として、挨拶がてらよろしく。…だけど、オキタはお風呂が先かもね。」

「だよなぁ。さっきから自分が臭えんだわ。」

 

 着替えは後で届けさせる。ゆっくり入れとは言わない、タニキァらしい気遣いに、オキタは背中で手を振った。ドアノブをつまもうと指先をかけたオキタが、くるりと振り返る。まさにイラズラ坊主の顔である。

 

「もう1つ謎があるぞ。」

「なに?」

「俺たちにそっくりな『あいつ』だよ。

 なんであいつだけデカイんだ?不思議だろ?個人的に歴史より興味あるぜ。」

 

 タニキァの返答は聞かずにオキタは部屋を後にした。三度閉じた小窓のようなドアを背に、はたと気づく。

 

「…風呂はどこだ?」

 

 風呂は、今いる通路を左手に進んだ突き当たり、と優秀なデヴァイスがすぐさま教えてくれた。上官権限でガープか誰かの記憶領域からマップを拝借したのだろう。


 低いが立つには十分な通路を、ぺたぺたと裸足で進む。壁はオキタのちょうど胸あたりから上の色が異なる。見れば全ての壁が同じ配色。訳あって、ずいぶん前に「高さ」を拡張したようだ。船は中密度の2DXカーボン製か、と足裏へ伝わる感覚を味わうように呟いた。足裏から2次元構造物質特有の微小な躍動を感じる。「2DXカーボン製」に反応して、デヴァイスが基本構成と作り方を示した。しかし今のオキタにとって、そんな子供でも知っている知識はどうでもよかった。ありがた迷惑だ。

 

「そんなことじゃねえ…、俺が知りたいのは…、俺が知りたいのはなあ…。

 どうやったら元の時代に帰れるかだ!バカヤロウ!!」



 

 タニキァに悟られまいと必死に抑え込んでいた感情が込み上げる。未来へ戻れる保証はどこにもない。

 オキタの叩いた壁は、ほのかに赤みを帯び、やがて元に戻った。2DXカーボンは、あらゆる衝撃を電気エネルギーに変える。




 

 

 一方の地球側にも動きがあった。

 入り口に立つ人影を見るなり、レメディオスは脱兎の如く駆け出し「おかえり」ときつく抱きしめる。ぶかぶかの船長服を羽織る煤汚れた少女が、レメディオスの豊かな胸に埋もれたまま「ただいま」と白い歯を見せた。

 少女は、目鼻立ちのはっきりしたレメディオスに似ているようでいて、どことなくオリエンタル風でもあり、全体的にぼやけた印象である。しかしながら、大きな猫目と、所々に金髪の混ざるショートヘアは、十分な個性を主張する。総じて美少女と言って良い。年の頃はミドルティーンだろう。煤けていても透き通るような肌は瑞々しい。

 

「おばあ…、ちょっと苦しい…。」

 

 レメディオスは実年齢よりも若く見える。にも関わらず、年寄り呼ばわりされたレメディオスは目尻を下げた。それもそのはず、この少女は彼女の実の孫。「おばあちゃん」に類する呼称は正しい。苦しいと言われても尚、レメディオスはギブアップされるまで少女の軽くうねる髪に頬擦りをし続けた。やっと自由を得た少女は、鼻の穴を目一杯に広げ、何度も肺を空気で満たす。

 

「いつか私は、おばあのおっぱいに殺されると思う!」

 

 鼻の穴を広げたままそう言った少女の顔は、普通ならば「変顔」に分類されてもおかしくないはずなのに、依然として醸し出す雰囲気は美少女のそれである。

 

「だってえ、5日も帰ってこないからあ。

 お腹空いてるだろ?何か食べるかい?シュラスコ切ろうか?」

「帰りにエロ坊主さんのとこでトゥクパご馳走になったから大丈夫。」

 

 誰とは言えないが、チベットに居を構える通称「大海の師」なる者を、レメディオスは最大級の愛情を込めて「エロ坊主」と呼ぶ。2人の間に過去に「何か」あったとか、なかったとか。はたまた、レメディオスが弱みを握っているとか、その逆だとか。2人の関係には様々な噂がつきまとうが、どれも所詮は噂の域を出ない。

 祖母の申し出を断ってから、少女はしまった、と秀麗な眉を開いた。祖母の背後で芳しく香るのは、無理を言って潜水艇のエンジニアに作らせた、船内でも使える無煙グリル。

 

「あ…、やっぱりちょっとまだ足りないかも。少し食べよっかなー。」

 

 孫の言葉に、半ば死んでいたレメディオスは本来の寿命を取り戻す。目の前にぶら下がる包丁には目もくれず、腰に下げた大振りなカットラスをサラリと抜いた。

 

「だと思ったよ!

 すぐに切るから待ってておくれ。何枚だい?」

「え、えーと…、1、2まい…」

 

 1人殺すも12人殺すも同じこと、どうせならバーンと12人だ。「12」が単位の最小だと言う、いかにも祖母らしい口癖が頭をよぎった。今でこそ孫を溺愛するレメディオスだが、以前は裏社会で名の知れたヒットマンだった。

 

「じゅ…、12枚くらいかな…!」

 

 少女の顔より2回りほど大きい皿には、すでに7枚のシュラスコが小山を作る。

 

 

 

つづく…

 

 

さよなら、2020年。よいお年を。