新宿、歌舞伎町。

 

 言わずと知れた日本最大の歓楽街であり、煌びやかなネオンが幾万もの欲望を照らす不夜城、…それは過去の話。
 今は「狩猟場」としてその名を馳せている。ただし、狩られるのは動物に非ず…。


「アゲハ、そっち行ったぞ!このままタテハナコースで。今回は久々の億だ、絶対殺るぞ!」

 M16アサルトライフルで武装した若い男が1人、人気のない歌舞伎町の路地を駆けていく。
 過去の隆盛からは想像できないほど、現在の歌舞伎町は暗い。店舗やビルに明かりはなく、いまだ破壊されずに残っている街灯が点々と照らすばかり。

 彼は「プレイヤー」と呼ばれる新しいタイプのゲーマーだ。プレイヤーは、とある運営会社を通じて普段は封鎖区画である歌舞伎町に立ち、狩りをする。
 ルールは単純。フィールド内に1体だけいるターゲットを狩り、その報酬を得ること。プレイヤー側は1ゲーム最大8人まで同時に参加でき、全員が1チームとして扱われる。人数が多ければ成功率は高くなる反面、成功報酬が均等分配されるため1人あたりの報酬は減る。
 また、ゲーム開始時に各プレイヤーへ運営から支給されるのは、在日米海軍から闇ルートで回ってきたM16A4アサルトライフル1丁と30発仕様の弾倉2つのみ。
 プレイフィールドは歌舞伎町全体。フィールド各所に武器と弾が隠されており、上手く散策すれば、より強力な武装が手に入る…かも知れない。あくまでも可能性であり、散策中にターゲットに襲撃されてゲームオーバー、つまり死ぬことの方が多い。

 いわゆるハンティングゲームの5D体感版。ターゲットはもちろん、ヴァンパイアだ。


 死と隣り合わせのゲームにも関わらず、プレイヤーは少なくない。現在の登録プレイヤー数は200名を超えており、1名を除く全員が60日以内にフィールドインし、75%が生還している。サービス開始当初の生還率が1%を大きく下回っていたことを考えると、プレイヤーの質が相当上がってきたと言える。このゲームはもしターゲットが狩れなくても、ゲーム毎にランダムで現れる脱出ゲートをくぐれば生還者として扱われる。

 命を賭けてまでプレイする最大の理由は、生還時に支払われる高額な報酬だ。ヴァンパイアを仕留めるとランクに応じて2500万~2億5000万円の成功報酬が支払われ、その他にも成功したか否かに関わらず運営会社が配信するプレイヤー視点の映像視聴料の5%が支払われる。
 ほとんどのプレイヤーが2~4人のチームを組んでいるものの、生還すれば1人1回あたり1000万円以上は確実だ、と生還したプレイヤー達の羽振りの良さから噂されている。
 一方でゲームオーバーの際は遺族にすらビタ一文支払われることはない。

 ゲームシステム的に、ターゲット討伐まで潜んでいて最後に仲間を殺害すれば報酬の総取りも可能だ。そこに目をつけたプレイヤーも過去にいたが、プレイヤー視点の画像が放送されているため、全世界に自分が殺人犯だと宣伝するようなもの。そういったプレイヤーは全員、数日後に行方が分からなくなった。


 今日の挑戦チームは、プレイヤーランキング2位のレンが率いる超人気チーム、全世界1億4000万人以上にフォローされる「いちご狩り(ストロベリーピッキング)」だ。プレイヤー個人でもそれぞれに300万人超のフォロワーを持つ彼らは、運営会社にとって1ゲームあたり数千億円の視聴料を稼ぐ超優秀なリソースである。

 現時点の視聴者数は6892万人。ゲームが進むにつれて、視聴者数はもっと増えるだろう。



 ここ歌舞伎町が世界最大の狩猟場になったのには理由がある。
 1年前の黒い魔物事件以来、世界聖戦のごとくヴァンパイアの殲滅が世界各地で行われている。無論それらは全て国連軍の仕事であり、民間人が軍事作戦に参加することは基本的にありえない。人々は「ヴァンパイア=殲滅すべき敵」との共通認識を持っているものの、具体的な事は無知に等しく、画面越しに見る「遥か彼方の軍事行動」が唯一の情報だと言える。

 そして日本。20世紀の後半から、日本は世界一安全な国と言われ続けてきた。
 世界聖戦の最中にあってもその点は変わらない。連日連夜、メディアからは強烈なヴァンパイア排除行為や軍事作戦の模様が報道されていても、日本国内において報道される様な迫害や排除はほとんど行われなかった。
 宗教依存度が低い国民性も少なからず関係しているだろうが、世界一の「無関心さ」が真の理由だ。
 他国の例に洩れず、ヴァンパイアは人々の生活基盤に巧みに入り込んでいた。だからと言って、諸外国の様な混乱や暴動が起こるわけでもなく、日本人はただ「離れる」だけ。極端な表現をすれば、何もしなかった。
 個人レベルは更に顕著であり、いざ配偶者や友人がヴァンパイア、もしくはその関係者だと知っても、特に何もしなかった。前述の強烈な排除行為は、ほとんどが日本で暮らす外国人によるもの、または外国での出来事であり、95%の純日本国民は、自分達の生活圏からヴァンパイア達が去るのを静かに見送った。
 結局のところ、日本国民は迫害も排除もしなかったが、共生も選ばなかった。

 ただ1箇所、歌舞伎町を除いて…。
 黒い魔物事件の直後、歌舞伎町の実態が明らかになる。当時、歌舞伎町の覇権は中国系と日本系の組織に二分されていた。もちろんいずれの勢力も堅気ではないが、中国系は人間、一方の日本系はヴァンパイアだった。
 歌舞伎町が崩壊するほどの抗争が起きたのは言うまでもない。しかし、この抗争に勝者はなかった。2ヶ月にも及ぶ抗争末、どちらの勢力も極限まで疲弊し、また人々も歌舞伎町を離れてしまっていた。

 残ったのは、誰からも見放された血生臭い無人のゴーストタウン。

 そこに目をつけたのが、とある運営会社だ。この会社は、地価が大暴落した歌舞伎町全域を買収すると、一夜にして地下と上空もろとも町全体を巨大な黒壁で封鎖した。現在の新宿駅から望む歌舞伎町は巨大な黒い箱である。
 黒壁は未知の素材で作られているらしく、前述の中国系組織が爆破を試みても傷1つ付かなかったと言われている。特殊素材を入手できるほどの会社であるにも関わらず、日本企業だともアメリカ企業だとも言われており、実態は知れない。

 歌舞伎町封鎖から12時間後、黒壁に文字が表示された。

"未体験の5Dゲーム、SCUM/HUNT開催。プレイヤー募集。ヴァンパイアをハントして大金をゲット!エントリーはこちらから…"

 表示が始まってから24時間後、ゲームの実態を知らない著名なビデオゲーマー数人が黒い箱の中に消え、二度と戻ってくる事はなかった。彼らの凄惨な最期は黒壁上にダイジェスト放送され、瞬く間に話題となる。ショッキングな映像も話題の種であったが、一瞬だけ間近に見えるヴァンパイアの姿が人々の関心を集め、SCUM/HUNTはサービス開始から2日足らずで世界中に視聴者を獲得した。
 それから来る日も来る日も、ビデオゲーマー達の死が配信された。その数は数千人に及ぶ。彼らは興味本位にエントリーした者達で、エントリーの取消ができない規約により、半狂乱のまま黒い箱に飲み込まれ、死んでいった。

 ゲーム配信開始から11日目。
 黒衣に身を包んだ1人のプレイヤーが生還する。その者の名はミカド。獲得報酬額で決まるプレイヤーランキングのトップに、未だ君臨し続ける、孤高のプレイヤー。
 ミカドは1人、柔道と空手を合わせたような体術を駆使してヴァンパイアを捕らえてみせた。捕らえたヴァンパイアを街灯の下に晒し、視聴者に見せつけてから殺した。ミカドはヴァンパイアが人の姿に戻るまで、決して目を逸らさなかった。初めて見る黒い魔物以外のヴァンパイアに、人々は大いに興奮した。
 この時のヴァンパイアは「パーン」と呼ばれる、山羊の角と下半身を持つ戦闘タイプではない半獣半人の黒毛種だった。

 ミカドの快進撃は続く。毎日、歌舞伎町に立ち、ヴァンパイアを捕らえ、晒した。20日連続のフィールドイン&20回連続HUNT成功の記録は、未だに破られていない。ミカドは20日目に銀色の光を放つヴァンパイアを死闘の末に討ち取って以後、HUNT成功率100%のまま姿を消した。戦闘能力を買われて国連軍にスカウトされただの、壁の外でヴァンパイアに報復されて殺されただの、様々な噂が飛び交っているが真相は謎のままである。

 圧倒的な個人戦闘力を誇るミカドが消えた後、SCUM/HUNTの主役になったのは、チームを組み、戦術的にヴァンパイアを狩る、サバイバルゲームから転身してきたプレイヤー達だった。
 その中でも今回のプレイチーム「いちご狩り」は群を抜いている。チームを構成する、レン、アゲハ、ケンゴの3人は、体操を通じた幼馴染みで、共に体操の強豪校出身。3人共、小柄で潜伏性に優れる上、体操で培った高い身体能力を武器に三次元的な移動を得意とする。彼らの動きは、一見するとパルクールのようでありながら、手すりを掴んだままビルの隙間で待機したりと、静と動を上手く組み合わせた物になっている。
 彼らの戦績はHUNT成功率77%と、ミカドに及ばないまでも次点に11%以上の差をつけるほど好成績を誇る。さらに言えば、彼らが失敗したのは全てターゲットが銀色の時であり、黒色のターゲットだけにフォーカスすれば、HUNT成功率は100%なのだ。


「俺は外壁を登って先回りする。
 アゲハ、ターゲットは忍者の方角からだな。3階以上から狙撃しろよ。」

「りょ。」


「ケンゴ、いまどこだ…?」


「…ホテル街でウンコ中だ。」

「またぁ?あんたゲーム中に絶対ウンコするよね?バカなんじゃないの?」

「…便秘女は黙ってろ。この程よい緊張感が肛門に来るんだよ。」

「っ!?べ…で、で、出まし…」

「おいおい、喧嘩は終わってからにしろよ。」

 ゲーム中の無駄話も彼らがフォローされる一因だと言われている。
 はてさて、余裕でゲームに挑む彼らが狙う、可哀想な「本日のターゲット」は一体…。





「はぁ、はぁ、はぁ…、なっ、なんで私が!?いつ捕まったのよ!もぉ!出口はどこっ!」

 はち切れんばかりに実った胸を踊らせて、ツインテールの少女が仄暗い歌舞伎町を駆ける。
 彼女は自分がターゲットになった事を今朝まで知らなかった。いつも通りに玄関を開けたら、向こうが歌舞伎町だった。慌てて玄関を閉めたものの、直前まであった家は跡形もなく消え、哀れな彼女は歌舞伎町の中心で家のドアノブを必死に握っていたのだ。

 少女の名は、井伊知子。
 まだ平穏だった頃のヴァンパイア界でその名を知らぬ者が居なかったスーパーアイドルの1人であり、また軍人でもある。
 果たして知子は、無事に歌舞伎町を抜け出す事ができるのだろうか。



ーつづくー