「ムササビの舞!」
ぶっ壊れた柱から出てきた忍者さんは、勝つと「日本一」だと意味不明な主張をする、某格闘ゲームキャラのコスプレをしていた。
それから忍者さんは、律儀に冒頭の技名を言ってから、当たり前のように逃亡を謀った。だけど、知子の方が巨にゅ…、じゃなくて、一枚上手だった。
私には意味が分からなかったけど、知子の「あっかんべー」を見た忍者さんが、超必でござるかー、と叫んでいたので、2人の会話は成立していたんだと思う。
逃亡を予測していた知子は、部屋中に「触れると泡に閉じ込められる罠」を仕掛けていて、忍者さんだけじゃなく、無駄に慌てた私とレイナさんもこの罠に捕まった。
てゆーか、私の周りの泡だけなぜか唾液製なんだけど?溶け始めてんだけど!?
「で?こんなとこで忍者が何をしてるでござるか?ここがどこか分かってるでござるか?ん?にんにん!」
泡の中で固まった忍者さんを遠慮なくぶん投げた知子も、ナンチャッテ忍者語を使える強者らしい。
激しいアクションをする忍者さんが、なぜポロリしないのか、私には不思議でならなかったけど、そうか!布の内側と突起を両面テープで貼り付けているんだ!というシンプル結論に至った。
「よもや捕まるとわ…。む、無念…、でござる…。ガクッ。」
忍者さんが死んだフリをしたところで、給湯室のドアが開いた。
「おはよう。今日から、例の新人が来……」
一見するとメチャメチャだけど、実は忍者さんが隠れ蓑に使っていた石膏ボードと、私しかメチャメチャになっていない給湯室を見るなり、絶句した神河少尉は、ゆっくりと、音を立てないように、開けたばかりのドアを閉めた。
バキッ!
再び開いたドアは、少尉のフルパワーを食らって異空間に消えた。3つ目の被害だけど、給湯室自体のダメージとしては実質1つ目。
この後、状況説明を受けた神河少尉に、忍者さんも含め、とりあえず全員、鉄拳制裁された。
ぶっちゃけドアを吹き飛ばした件への八つ当たりだと思う!
「本日…、あ、えと、3日前から配属になりました。マルセーラ・モリノ三等兵、15歳です!よろしくお願いします!」
そう元気良く言った、忍者さん改め、マルセーラちゃんは、動画で見た女性と全くの別人だった。
髪型にも肌にも動画の面影はなく、肌はどちらかと言えば白い。
顔はすぐにスカーフで「1つ上の男」風に隠してしまったからよく分からないけど、コスプレしてた時の顔は、猫目がちでちょっとアヒル口。
不N火舞のウィッグを外した地毛は、少しうねりのある黒髪でセミロング。普段のスタイルにします、と柔らかそうな髪をサイドで1つにまとめた。
ついでに言うと、私よりずっと女性らしいボディラインをしている。年下なのに…。
東方特2配属前の彼女は南米基地の隊員で、私の活躍を知って、ダメ元で異動希望を出したのだという。
私の活躍が動機って…、彼女はとても変な子なのかも知れない。
運良く受理されたものの、時差と移動時間を考えていなかった彼女は、うっかり今日の到着になってしまったそうだ。
「あれは組織潜入用の変装っすょ、変装。自分忍者なんでwwww。潜入がバレたんで殺っちゃいました。」
神河少尉に動画の件を聞かれた彼女はアッケラカンと言った。
サラッとすごいこと言った気がするけど、まず組織ってなんだ!?と思ったのは私だけらしく、みんなは何も言わない。
「…あの動き。その…に、に、にん、忍じゅちゅなのか?…にんにん。」
脳筋美女の神河少尉は、間を置いて頬を赤らめた。意外な弱点を発見。
「忍じゅちゅです!にんにん。」
マルセーラちゃんのは絶対、わざとだ。
それはさておき、そろそろ溶けきってしまいそうなので、いい加減出して欲しい。
「ほぅ。ぜひ手合わせしたいものだな。」
「ベルセルクと組手なんて光栄でちゅ!にんにん。負けても恨みっこナシでちゅよ、少尉殿。」
少尉のコメカミに浮き上がった青筋を見て、この娘は死んだな、と思った。
ついでに私も溶け死ぬな、と思ったところで唾液泡から解放された。
ーーーーーーーーーー
「うるふくん、スパーリング設定。1ラウンド3分、1ラウンドのみ。バイタルスキャンON、ウルトラスピードカメラON、IRカメラON。使用制限ON、SBと致死技。」
本部のトレーニングルームで一番広い第4ジムに、神河少尉の冷静な声が響いた。
ジムには彼女の公開スパーリングを聞きつけたギャラリーが200人以上も集まってきている。
"りょ~か~い♪設定完了、した、よ。リオンお姉ちゃん、負け、ない、よね?"
神河少尉は、うるふくんを「弟モード」に設定しているらしい。
ちなみに、彼女は8人兄妹の末っ子で紅一点。ベルセルク式強化合宿で日替り定食のごとくスパーリングをさせられているお兄様達は、揃いも揃って体長2メートルを超える巨人ばかり。全員ヴァンパイアじゃないけど、ここはあえて「体長」と言わせていただきたい!可愛い弟が欲しくなる気持ちは、痛いほど分かる。
「…愚問。」
上までキチンと留められていた制服を脱いで、少尉がキャミソール姿になった時、ギャラリーから、どよめきと無数のシャッター音が上がった。
ファンサービスとしてはかなり行き過ぎているような…。
「三等兵!ヴァンパイアならオンセットしろ。私はこのままでいい。」
「お言葉に甘えて…、変身します!拙者、1週間前に継承したばっかでござる!」
最後に茶化したのは、焦りの表れだ。額に薄っすらと汗が浮いている。
マルセーラちゃんが黒っぽい光に包まれ、変身を始めた。
1週間前って言っていたけど、継承7日目の私と比べたら断然スムーズな変身だ!
「なんだと!?おい、三等兵!貴様の出身はどこだ!?」
変身後の姿を見た神河少尉が叫んだ。いつもの冷静沈着な彼女らしくない。
少尉が驚くのも当然だ。マルセーラちゃんの変身は超あっさりしたもので、服が変わっただけ。
少尉じゃなくてもビックリ…、ってそんなわけはない。驚きは別の点にある模様。
変身したマルセーラちゃんのコスチュームは全身黒に近い紫色で、所々にチラ見せしている差し色が良い感じ。
背中で編み上げるタイプのミニ丈ドレスは、胸元が大きく開いたデザインで、上半身はタイトだけど、スカート部分にカボチャっぽいボリューム感がある。差し色がオレンジなので尚更にカボチャっぽい。
その他に、肘まで隠れる手袋と、やはり膝上まであるピンヒールブーツを着用している。
露出は控えめなのに、インナーのチラ見せ具合と、上半身のタイトさのせいで、なぜかエロい。
最大の特徴は頭に被った大きなツバ付きのトンガリ帽子だ。
てか、この姿…、誰がどう見ても、魔女。カッコ良く言うならウィッチ。あとは、箒か杖を持てば完璧。
「実家はラパスです、でござる。」
「なるほど…。苗字が違うから気づかなかった。やっと貴様の一族も騎士団に組したか。」
空気の読めない神河少尉は、私達ギャラリーを置いてけぼりにして話を進めた。
てか、さっさとこのヴァンパイアの種類を教えてください。
「一族は、16年前に母が皆殺しにしましたよ?その母も1週間前に抗争で殺られました。騎士団入りは一族の意思じゃなくて、私の意思です。」
マルセーラちゃんは、さっきからサラッとヤバい事を言っている気がする。
「…そうか。戦死などよくある事、気にするな。三等兵、お前はせいぜい生きろ。」
「さすがベルセルクですね、少尉殿。了解です、でござる!」
そう言って、マルセーラちゃんはリアライズした箒で、床をドン、と突いた。
やっぱ魔女だね。
どんな人か知らないけど、マルセーラちゃんのお母様に心よりお悔やみ申し上げます…。
"それじゃあ、バトル、始め~♪"
うるふくんの萌え声が戦いのゴングを鳴らした。
最初に動いたのはマルセーラちゃん。忍者がよくやる感じの印を結んで次々と分身を作り出していき、最終的には7人まで増えた。魔女なのか、忍者なのか、キャラをハッキリしてほしい。
てゆーか、箒を咥えてるのは絵的によろしくない…。それ以前に「咬筋力」がすげぇ。
「とんでもないコが特2に来ちゃったね…。」
知子は、クリスタルで飾りつけた長い睫毛を微動だにせず言った。いつになく真剣な声だった。さすがの彼女もあの咬筋力には驚いた?
7人のマルセーラちゃんが一斉に投げた手裏剣は全て空を切り、逆に強烈なカウンターを貰った彼女は、4メートル上空からキルシュトルテの虹を撒き散らかした。
アウェーなはずのマルセーラちゃんに対して、なぜかギャラリーたちは、おしいっ!とか、次はもっと慎重に!とか、惜しみない声援を送っている。
あ、手裏剣が1つ、キャミソールの肩紐ギリギリを通過してたっぽい…。
「さくらは知らないだろうけど、ウィッチは私達、精霊系ヴァンパイアの親戚みたいな存在なんだよ。」
その言葉を皮切りに「次元が違う戦いに巻き込まれた天SN飯スイッチ」が入ってしまった知子は、誰からも求められていない解説を続ける。
分かってたけど、咬筋力に驚いてたワケじゃない!そして、ゲロ…、じゃなくて、虹も全く気にしていない!
黒毛種には「ミュータント」と呼ばれる、変異個体が存在するという。
オンセット時の色から黒毛種に分類されているが厳密には別種である。伝承や遺伝子を研究・解析した結果、赤毛種と融合した黒毛種または、その逆、もしくは、赤毛種が生存のために変異した個体、ではないかと推測されている。
有名個体だとドラキュラやウィッチがミュータントに該当する。ミュータントは総じて銀毛種を凌ぐ力を有するが、何らかの代償を必要としている場合が多い。
別格の存在と言えるミュータントの中にも性能差があり、ドラキュラに至っては、更に別格、と言わしめる。
虹の世界から帰還したマルセーラちゃんは、今度はクナイを手に果敢にも接近戦を挑んだ。
彼女の振るうクナイが笛のような音を奏でる度に、ギャラリーから割れんばかりの歓声が上がる。
「ウィッチってね、身体能力の向上は大した事ないんだけど、歳を取るほど強くなるって言われてるんだ。」
私には到底出来そうもないアクロバティックな動きを披露するカボチャウィッチを指差して、知子が言った。
あの動きのどこが大した事ないの?
ウィッチは、ルサールカなどの精霊系Vマイクロムとの間に一代限りの「契約」を交わす特殊能力を持っている。原則として等価契約であり、ウィッチは自身の血を提供する事で、契約したVマイクロムの一時的な「呼び出し」が可能になる。
精霊系Vマイクロムには他と違う明確な序列があり、上位精霊は下位を従えている。つまり、ある属性の最上位精霊との契約に成功したウィッチは、直接契約が無くともその属性の全精霊を呼び出せるわけだ。
長生きのウィッチほど契約機会に恵まれる。事実、これまでも長生きしたウィッチほど上位精霊と契約していた。これが、ウィッチは歳を取るほど強い、と言われる所以だ。しかし、前述の通り契約は一代限りであるため、ウィッチが世代交代すると「ある精霊」との契約だけを残して、他は全てリセットされる。
「ウンディーネ様とノームおじさんはウィッチ嫌いだから、水は最下級のピチョンしか持ってないと思うけどね。問題は、ヌチョヌチョの関係にある火と風だね…。」
火、水、風、土。四大元素の最上位には、順に、サラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノームがそれぞれ君臨する。知子のルサールカは下位の上級、言うなれば彼女自身の階級と同じく「軍曹クラス」といえる。
火と風の2属性は、昔からウィッチと良好な関係を築いている一方で、相反する水と土、この2属性はウィッチと非常に仲が悪い。知子がヌチョヌチョと表現したのは、その辺の感情が多分に含まれる。
余談だが、属性関係、変身後の姿、それと、世代交代後に残る精霊、以上3つの理由から、ウィッチは「ジャック・オー・ランタン」と呼ばれる火の中位精霊が突然変異したものだとされる。
「普通に戦ったら全然無理でした!にんにん。…本気で行きます!」
度重なる少尉のカウンター攻撃で色んな物に塗れてしまったマルセーラちゃんは、どこかの街で宅配便を開業した駆け出し魔女っ子よろしく、箒に跨って天井間近まで上昇すると、両手で魔法陣っぽい模様を描き始めた。
マルセーラちゃんの描く赤い模様を見た知子の睫毛が、クリスタルの重さを無視して垂直に立つ。
「あの娘!もうイフリート持ってんの!?」
激しく揺れる知子のクリスタル睫毛がライトを反射してより一層煌めいた。
これは…、リアルガクブルってやつなんじゃないだろうか。
どうでも良いけど、巨乳さんがガクブルすると、一番揺れるのは、睫毛でも、顎でもなく、やっぱり乳だった。