「ご、ごご、ご一緒して、お、おお、俺が、ふふふ、2人とも、ぶっっぶぶっ殺してやんよぉぉっ!」
突如、目の前の好青年が信じがたい変貌を遂げた。
フロレスクは素早くハンドガンを抜くと、躊躇なくマリナの右脚を吹き飛ばした。
声をあげる間も与えられず、マリナは右脚の膝から下を失った。行き先を失くした赤黒い血が、太腿の動脈から放物線を描く。
脚から迸る血を見て満足そうに笑うフロレスクの顔は、ヴァンパイア達の真の姿を知るマリナですら嫌悪感を抱くほど醜い。
『こいつ…ハンターだっ!』
失った右脚を見て、マリナは迂闊な自分を呪った。
冷静に考えれば、すぐに分かることだった。
下士官級以下で、しかも所属違いの兵が、生体情報をオープンにしたまま単騎で徘徊している事などあり得るものか。
極限状態のせいではない。
バカでも分かるトラップに嵌り、挙句シェルターの位置まで教えてしまったのは、軍人として未熟極まりないマリナ自身の責任だ。
そして、この場でフロレスクを仕留めなければ、最悪の展開が待っている。
ハンターとは、敵のコントロール下にある元騎士団員の事で、ごく最近になって登場してきた。
主に戦場で孤立したヴァンパイアを狩るのに使用されるため、ハンターと呼ばれている。
彼らは脳に何らかの装置が埋め込まれており、生物的には死んでいる、とも噂される。分かりやすく言えば、人造ゾンビ兵器だ。
ゾンビと言っても、非戦闘時は、騎士団員だった頃の記憶を基に振る舞うため、戦闘時以外にハンターか否かを判断するのはまず不可能である。
接触対象を「騎士団員」と判断すると脳内の装置が起動し、戦闘モード、つまりフロレスクの様な半狂乱状態になり対象を襲う。戦闘モードに変わると、対ヴァンパイアを想定してか、ヴァンパイアほどではないにしろ、身体能力が上がると言われている。
これまで複数のハンターが連携した報告はない。つまり彼らは、通信機能すら持たず、単独で残兵狩りを行なう「捨て駒」なのだ。
なお失踪者情報を基にしたハンター警戒システムが目下構築中のため、現時点の対応策は各人の注意しかない。
マリナは真の姿へと変身し、咄嗟に動静脈間をバイパスするチューブをリアライズした。
これで失血死までのタイムリミットを延長できる、と思ったのも束の間、汚物の様なフロレスクの笑顔が再び迫る。
「バァカかぁ!すぐに殺すかよぉぉぉ!アイドルちゃんはぁぁあ、俺が飽きるまで可愛がってやるよぉぉお!」
フロレスクは嬉々としてマリナの髪を掴むと、彼女の顔を何度も何度も瓦礫に叩きつける。
今は叩きつけられる度に小さなシールドをリアライズして凌いでいるが、重傷を負った身の血液はあっという間に尽きる。
早くもマリナを包む輝きが薄れてきた。
『あと4回…』
心の中でカウントダウンを始める。
あと3回…
2回…
マリナの身体を覆っていた輝きはとうに消え失せ、残っているのは前髪の奥の瞳に灯る赤い光だけだ。
その最後の灯火も次の一手で消える。
1…
人の姿に戻ったマリナは、瞳を閉じて最期の時を待つ。
「レイナ…、ごめんね…。バイバイ…。」
最後の灯火でリアライズした手榴弾は、間もなく破裂する。