《メモリー、が、一杯、です、じゃ。オンライン、無効。古い、データ、を、削除、または、新しい、メモリー、を、追加、して、くだされ。》
「ジイ、早いよー。」
今後のため、爺にフィの言語を教える事になった。
爺のメモリーアラートが鳴ったら、マルセロさんの端末を奪うのが私の役目だ。Vマイクロムで死角をついても、彼はすぐに察知して奪い返す。
フェイントを入れまくっても結果は同じ。人間にしてはなかなかの反応だ。
ちなみに、今日だけでこのやり取りは5回目になる。
「准尉!もう一度言います。俺のプライベートデータを勝手に消さないでください!」
マルセロさんは慎重に、それこそ危険物を処理するくらい慎重にデータを選び、悲痛の表情でデリートボタンを押す。
こうしてまた1つ、彼の貴重なLIONコレクションが消えるわけだ。彼のコレクションが減る度、私は少しだけ晴れ晴れとする。
「ませおは、その細い人の絵が大事なの?」
「そ、そんな事はない!こ、これは、ま、まま、待受だ!」
マルセロさんが少しだけ私の方を向いた、気がする。
「マチウケ?」
フィ、ナイス。そのままガンガンいこうぜ!
《マルセロ殿、が、夜中、に、1人、で、楽しむ、画像、です、じゃ。》
『へぇー。そうなんだぁ。夜中にこっそりテントから出て行くのは「見回り」じゃなかったのかねぇ…?』
私はズイッとマルセロさんの顔を覗き込んだ。
「おい!爺!」
《爺、に、閲覧履歴、は、隠せ、ません、ぞ!》
『爺怖ぇ!』
私がイケメン団員をブクマしてるのも間違いなくバレてる。
「細い人なら、じゅいで良いじゃん!」
フィの発言を受けて、私は渾身のセクシーポーズをする。
いつもより寄せて上げてみた。
「あはは。じゅい、おっぱい小さい。」
「うぐ…そ、それは准尉に失礼だろ。」
《姫様、の、谷間、は、小ぶり、ですが、なかなか、のぉぉぉぉおっ!》
ドポン…。
言い終わる前に爺を投げてやった。こいつら、人が喋れないのを良い事に好き勝手言いやがって。
ッタタさんの洞窟を出て、今日で2日目になる。
教えられた通りならあと1日足らずで目的地に着く。2足歩行する巨大トカゲに襲われた昨日とは打って変わって、今日はとても平和だ。
そう遠くない未来に、もしも私が家庭を持ったとしたら、週末はこんな風に過ごすのだろうか。
大きな背中の旦那様と、大きな瞳の我が子。
自然の中で楽しそうに笑う2人を見つめる私。
そんな光景が目に浮ぶ。
「うふふ…♪」
私は目を閉じて、淡いオレンジ色の空に顔を向けた。
頬を撫でる風がとても気持ち良い。
『なに?みんなして私を見て…。顔に何かついてる?』
「じゅい…笑った…!笑ってる!」
『え!?うそ?今の「うふふ」は私の声?女神の時ってあんな声してんの!?』
顔に触れてみた。
少しだけ口角が上がっている。
《姫様!笑顔、は、さらに、お美しい、ですぞ!》
『私、笑ってる…?』
カシャ…。
「じゅい、きれい。きれいな顔、絵にしたよ。」
マルセロの端末を手に、フィが言った。
いつ端末を奪われたのかなど、彼にとってこの際どうでも良かった。
暮れゆく太陽を背にした女神の笑顔は、呼吸を忘れるほど、美しい。
この画像だけは絶対に消さない、とLION派のマルセロはそう心に決めた。