私達は少年に手を引かれるまま、北へ5kmほど進んだ。
 少年の集落がある水辺は、寝ぐらの岩山から東に約7kmの地点にある。


《現在地、は、岩山、から、EN35°、8.6km、水深、25m、ですじゃ。》

 エロくなった爺が正確にマッピングできてるのは、マルセロさんが一生懸命マーカー登録してくれたおかげだ。

 今まで集めたマーカーを見てみると、この辺りは地形は面白い。
 岩山から集落に至る東方向の水深は平均で15センチ。膝まで浸かることはなかった。
 ところが北に向かい始めた途端、水深が変化した。なだらかに深くなっていく感じで、気づいた時には腰まで浸かっていた。
 あまりにも深くなりすぎたので、私とマルセロさんは途中からボートに乗っている。

 ボートは高性能エアバッグと防水多用途シートで作った。もちろんマルセロさんが!
 さすがに推進力は用意できなかったので、少年と600気圧防水が自慢の爺に牽引をお願いしている。


「じゅい!ませお!みあぅえれれ、ぁすだんる、じゃみっぷぉいあ!」

 少年が前方に見える、三股に分れた木を指差して、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。

 「じゃみっぷぉいあ」とは?ネット接続できるなら検索したいくらいだ。少年には悪いけど、マジで何言ってるか分からない。

 言葉で説明するのを諦めたのか、彼はボートを引く手を離すと、それこそ魚級のスピードで木の根元まで泳いで行き、しつこいくらい「水面下」を指差してから、トプン、と潜っていった。

 少年は、私のことを「じゅい」、マルセロさんのことを「ませお」と呼ぶ。マルセロさんが私を「准尉」と呼ぶので、それを私の名前だと勘違いしたようだ。
 それと、少年が「私、マルセロさん、自分」を順に指差して、「じゅい、ませお、ふぃ」と言っていたので、少年の名前は「ふぃ」だと思う。
 発音が合ってれば…。



 ふぃが潜ってから5分。一向に上がってくる気配がない。

 

 彼のジェスチャーに対する私達の解釈は、「ちょっと下に用事があるので行ってきます」ってことで一致した。

 私とマルセロさんの間に、あいつ帰ったんじゃね?、的な空気が悶々と流れて始めている。


「爺、ソナー探知でふぃを探してくれ。」

《かしこまりました、のじゃ。》

 爺が水に顔を突っ込んでプカプカと浮いた。

 水面に揺らぐ姿は、捨てられたぬいぐるみっぽいけど、水面から少しだけハミ出る、お尻と後頭部がたまらなくキュートだ。


『あ、気持ち悪い。』

 キュートな爺のソナー探知が始まった。超音波が聞こえてしまう私にとって、ソナーの音がとても心地悪い。
 人間の耳で捉えられる音に例えるなら、黒板に爪を立ててられ続けている感じ。


《ふぃ殿、は、木の下、20m、地点、で、手、を、降って、「おいでおいで」、して、います、のじゃ。》

『あの子、ずっと水の中から私達を呼んでたの!?水棲人類、ハンパねぇ!』

 驚きをマルセロさんに伝えようと振り返ったら、彼も私の心の呟きと同じ顔をしていた。



「爺、准尉を連れて、ふぃの所まで潜れるか?」

《余裕、ですじゃ。》

 マルセロさんは爺の頭をポンポンと叩いてから、私に背を向けて装備を外し始めた。

 

 ボートの上に落ちた装備が、ドスン、と重そうな音を立てる。
 いつも涼しい顔して着てるけど、その装備ってスゲェ重いんだね。

 彼はさらに服を脱ぎ始める。

『なんで!?別にもう脱がなくて平気じゃない?』

 無性に服が畳みたくなり、私はマルセロさんが脱ぎ散らかした服に手を伸ばす。ほら、私だって一応女子だしぃ。
 目の前に服が散らかってると気になるじゃん?そわそわするって言うか、なんて言うか。

 すると、モゾモゾと服が独りでに動き、続いてシュルシュルと音を立てて収縮を始めた。

 呆気にとられて見ていると、服は30秒とかからずに手の平サイズの直方体に変形してしまった。

 

 世界中の服がこの素材になったら、人類は洗濯物畳みから解放されます!


 感動の眼差しで顔を上げると、引き締まった褐色の大きな背中があった。

 自分でも理由は分からないけど、私は慌てて目を逸らす。

 

 ボートの底に転がった直方体が、陽光を反射してキラリと桃色に輝いた。