「はいはい。わかったよ。じゃあ、もう少し大人しくしような、タマ。」
マルセロさんは、首の周りを回る珠ころを右手で摘むと、左親指の腹で珠を撫でながら言った。
撫でられた珠は、再び音をチキチキに変える。珠の色が僅かに赤みががったよう。
『もしかして、喜んでる?この珠、機械というより、ペットだね。名前はそのまんま「タマ」なのかな?』
《キューズは愛玩用、ペットですぞ。もしかしなくても喜んでおりますな。》
ガテン系なマルセロさんの意外な一面を見て、なぜかドキッとしてしまった私は、努めて爺との脳内会話に没頭した。
これが「ギャップ萌え」ってやつなんだろうか。
《爺、も、姫様、に、スリスリ、したい、です、じゃ!》
甘えるタマに触発されたのか、爺がわざわざ声に出して言って頬ずりしてきた。
ある意味でこっちも「ギャップ萌え」だ。
『モフモフしてて気持ち良い♪珠より、断然ぬいぐるみですなぁ。』
そう思ったのも束の間、爺は肩からジャンプすると寄せて上げてる谷間にダイブした。
前言撤回…!
《モフモフ、してて、気持ち良い、です、じゃ♪》
潜り込んだ谷間からピョコっと顔を出したクソAIが言った。
もっとマシな事を学習しろ!
ピピピッ!
《マーキング地点で高質量反応の予兆波観測。予測レベルEー75。周囲の兵は直ちに避難してください!》
全員が一斉に端末を見る。
爺は私が指示するよりも早くマーキング地点の拡大表示を始めていた。変態化し始めていても、さすが最新端末だ。
『あれ…?この衛星画像に写ってるの、私とマルセロさんじゃね?』
《ふぅむ…。指定された座標は、ドンピシャでこの場所ですな。》
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
足下が不気味な音を鳴らして揺れた。
「くそ!あのアメ公、トラップ仕掛けて逝きやがったか…!マルセロ!HCマインだ!早く上がれ!」
少佐が聞き覚えのある兵器の名称を叫んだ。
HCマイン。
敵が新開発した地雷で、粒子だか量子だかを加速衝突させたエネルギーで地面ごと敵を消し飛ばす、核兵器を超える兵器だ、と入隊してすぐに受けた講義で、エロい服を着た教官が言っていた。
エロ教官は、通常地雷ではかすり傷1つ負わない黒毛種も一撃死する威力だから気をつけて、と付け加えて笑ってたっけ。
私の耳が、EAXゲードの起動音に似た、超高音域の波を捉えた。
音に反応して、全身の毛が逆立つ。
《猶予は7秒96ですじゃ!》
音の情報を解析した爺が言った。
私だけなら飛べばギリギリ間に合うが、マルセロさんと一緒では無理だ。
『だからと言って彼を見捨てて良いの?』
選択肢は1つ。
マルセロさんは2メートルくらい離れた所にいて、今にも走り出しそう。
今からじゃもう間に合わない!そう思った私は、走り出す直前の背中に飛びついて、ヒシッと抱きしめた。
『男の身体ってこんなに大きいんだ。ぜんぜん手が回わらない。』
切迫した状況なのに、お年頃の私はついつい余計な事を考えてしまう。
爺の変態化は私の影響だったりして?
「…っ!?」
突然後ろから抱きつかれたマルセロさんは、言葉にならない声を上げた。
『いきなりでワケが分かんないよね。だけどゴメン!説明している時間がない!』
私は伝える代わりに、1ミリでも深く彼と密着できるよう、腕に思いっきり力を込める。
そして、インナースーツのリアライズを解き、Vマイクロムを全て髪に集中させた。
私の頭の中にあるイメージは…、2人を包む大きな金色の繭。
『まだ足りない!もっと…もっと!』
羽根が翼から剥がれて、足りない分を補い始めたのと同時に、大地の奥底から音が消えた。
HCマインが爆発したのだろう。
私が先か、マインが先か…。