少佐に続いて、みんなが顔を出してきた。


「なにあれ、ちょーカワイイ☆」

 魔女っ子スタイルでクレーターの中心に突き刺さる私を見て、巨乳豚顔女(ベアトリスさん)がハートマークを撒き散らかしながら言った。
 なんだかとても、動物園の動物になった気分です。

 とりあえずランスを抜こう、と頑張ってみたけど、深々と刺さりすぎて動く気配がない。
 押しても、引いても、ビクともしないし、テコの原理で、と思ったものの、そもそも柄の先に手が届かない。


「ベア、手伝ってやれ。」

 見かねた少佐がベアトリスさんを顎で呼んだ。ハートを散らかした豚女が降りて…くるのかと思いきや、降りてこなかった。


「ごめん。パワー使い切っちゃった☆」

 ちょっとした沈黙のあと、クレーターの淵からひょこっと顔を出したのは、人間に戻ったベアトリスさん。彼女はペロッと舌を出して、可愛らしくキメた。

『リアルてへぺろだとぉ!?タレ目属最強の刺客恐るべし!てか、パワー切れって…そのUルトラマン的な設定はなに?私もいつかパワー切れで元のブサイクに戻るってこと!?』


「なんだよ、今日はヤケに早いな。おい、マルセロ、頼んだぞ。」

「はい。」

 タレ目属最強に代わって指名されたのは、視線がちょっとキモいガテン兄さんだ。


「少し離れていてください。」

 マルセロと呼ばれたガテン兄さんは、イントネーションに特徴のあるヴァンパイア語を喋る。

 彼は柄の先に体重をかけて、ふむ、と呟いた後、胸ポケットから小さな白い珠を取り出した。

『へぇー。お兄さんはあの高さに手が届くんだ。』


「スキャンON。同一素材の形状アウトライン取得。」

 マルセロさんの言葉に反応して、珠から青色のレーザーが照射された。

 彼がレーザーをランスの柄に当てると、珠からチキチキチキ…、と不思議な音が鳴らした。音に合わせてレーザーが上下左右に動き、間もなくして、珠はスルリと転がり落ちた。その落ち方は、彼が意図して落としたようには見えなかった。

 


 地面に落ちた珠は、小刻みに振動しながら地面に潜っていく…。

『な、なに!?この珠っころは!?』

 


 数秒後、ランスがグラグラっと大きく傾いた。
 それを見たマルセロさんは、よくやった!戻れ!、と騎士団の上官がよく使う、強くハッキリとした命令口調で言った。

 

 彼に呼ばれて地面から勢いよく飛び出した珠は、ちょうど彼の掌の高さで空中を浮遊している。
 土だらけのまま浮遊する珠のチキチキ音が徐々に早くなり、やがてチキチキ音はチチチ音へと変わる。
 すると、みるみるうちに珠の表面に付いていた土が落ちていき、あっという間に元の白い珠に戻ってしまった。

 

 綺麗になった珠は、ふわふわと蝶のように彼の掌へ戻ると、コロンコロン、と掌の上で踊った。


《よく、飼育、されて、おります、な!》

 私がマルセロさんにお礼のお辞儀をしている最中に、爺が言った。


『そこは「ありがとう」って言うとこでしょ!』

《…学習しましたですじゃ。》

 脳内の会話なので周りには聞こえない。


「あぁ。こいつはガキの頃、お袋が誕生日にくれたんだ。もう10年は一緒にいるよ。」

 よく分からない事を言いながらマルセロさんがランスを抜いてくれた。
 ランスを持った瞬間、おおぉ!、と面食らった顔でグラついたてたから、想像以上に重かったようだ。


《とても、表情、豊かな、キューズ、です、な。マルセロ様、は、好かれて、おります、な。この度、は、ありがとう、ございます、です、じゃ。》

 爺は、学習したての「ありがとう」を改まりまくって付け加えた。


『また知らない単語が出てきたね。そのキューズって、あの「珠」のこと?』

《キューズは、爺と同じヴァナソニック製の愛玩用ボールロボシリーズの総称ですじゃ。マルセロ殿のキューズは、2000年のミレニアムホワイトモデル…、激レア物ですじゃ。》

『へぇー。』


「さあ、どうだかね。」

 脳内会話の内容を知らないマルセロさんが言うと、珠は奏でる音をチキチキから「キューン」に変えた。

 それから珠は、左腕を伝って肩に移動すると、彼の首周りをキュンキュンと音を立てて回り始める。


『重力に逆らって転がる、珠ころ、すげぇ!』

《爺だって、あのくらい余裕ですぞ!》

 


 もしかして爺、AIのくせに嫉妬した?