「田中准尉のV濃度、100%。バイタル異常なし。」
「衛星ゲート冷却進捗、100%。接続先座標、登録完了。ゲートシステム、リブート開始。」
「重力システム、および冷却システムのエネルギーをゲート出力に切り替えます。対地重力設定…10%」
「南米転送可能域離脱まで、残り5分。」

 管制官達が次々とタスクの完了を告げる。


「ゲートシステム、リブート完了!」

 そして、全てが整った。



「衛星ゲート、出力!」

 初老の隊長が高々と拳を振り上げて、宣言した。



「…隊長、衛星ゲートはリモート出力NGでーす。」

 眼鏡っ娘が渇いた声を受けて、隊長はそのまま肩甲骨のストレッチを始めた。





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"…隊長、衛星ゲートはリモート出力NGでーす"

 衛星内のスピーカーから眼鏡っ娘の声が聞こえた。


「あっちからは無理みたいだね。じゃあね、さくら…。」

 ドッペルゲンガーは10%まで低下した重力の中を、文字通り、ふわっと飛ぶように、赤色の出力ランチャーボタンへと向かった。
 笑顔でひらひらと手を振る彼女は、荒れ果てた荒野のようだ。潤いとは無縁の、ヒビ割れるその姿を、水の精霊だと言っても、誰も信じてはくれないだろう。


『待って!』

 追いかけようと手を伸ばした私の頬に、1滴の水が当たる。


『これは彼女の…?』

 私はドッペルゲンガーのことを宿主を探して彷徨う亡者だとばかり思っていた。

 

 

 でも、彼女は違った。

 

 僅かな時間で消えてしまう儚い命であるにも関わらず、自らの意思で動き、私を助けてくれた。


 ランチャーボタン付近まで後退した彼女は、衰弱が進んだのか、井伊知子の姿に戻ってしまった。それでもなお、今すぐに消滅しても不思議ではない状況なのに、彼女は笑顔だった。

 笑顔のままランチャーボタンを押した彼女は、安心したようにその存在を消滅させた。


 飛散して消えていく粒子達に向かって、私は最上級の敬礼を送った。



 ゴゴゴゴゴ、ブゥゥゥゥン…

 ついに衛星のEAXゲートが起動した。
 大きな歯車のような形をしたゲートにEAXゲート特有の七色の光が満ちる。

 

 このゲートを通れば、いよいよ南米基地だ。

 さっきの蘇生で血液パックは切れた。
 ルサールカのVマイクロムも使ってしまった。


『せっかく生き返ったんだ。自分を食べてでも生き残ってやる!』

 私は爺を肩に乗せてゲートに飛び込んだ。





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「田中准尉の信号、指定座標へのマーキング確認。衛星ゲート、停止します。」

 その声を合図に、A101管制室は全くの静寂に包まれた。

 空間の異常さに気づいた知子が振り返って室内を確認すると、隊長を含めた全員が床やデスクに突っ伏している。
 糸の切れた操り人形の様に、目を開いたままだらんと四肢を垂らして沈黙する管制官達の姿に、知子は戦慄を覚えた。


「…ぞんびくん…室内バイタルスキャン…ON…。」

 壁の至る所から照射された帯状のレーザーが幾重にも重なって、管制室内を隈なくスキャニングしていく。

 スキャニングを待つ間、嫌な汗が知子の首筋を何度も伝った。加えて、かつてないほど喉が渇いている。唾を飲み込むことすら辛い。


《……知子、以外…β昏睡………、医療センター、に、連絡、しといた、ぜ!》

 冷たい汗が、知子の豊かな谷間を流れていった。



ー第2章・完ー