知子以外のViPメンバーは、昨日からラ…じゃなくて、任務で海外遠征中。
スケジュールには今週まるっと不在を意味する「ヤノーシュ大佐の顔の下半分」が並んでいる。
今日は私の新入隊者向け教育カリキュラムもお休み。
つまりそれって…
完・全・休・養・日♪
なんて素晴らしい1日だろう。
朝5時に呼び出される事はないし、スパーリングでバラバラにされる事もないし、いきなり狙撃される事もないし、私の所だけ超局地的大雨になる事もない。
あ、大雨の可能性は残ってるな…。外行く時は念のため傘持ってこ。
久しぶりのオフ日を利用して、ずっと会いたかった琴美と約束をした。
幼稚園で出会って以来、琴美とはこんなに長期間、離れたことがない。
待ち合わせ場所は、新居下のモール3階にあるフランチャイズ展開している外資系カフェ。人間だった頃に琴美と2人でよく利用していたお店だ。
このモールの店はテラス席があって、席間隔が広く、なかなか過ごし易い。
今の時刻は午後4時ちょっと過ぎ。
平日午後のカフェは奥様達の憩いの場になっていて、女子高生が1人で座ってるとけっこう目立つ。
制服を着てこなければ良かった、と少し後悔している。
琴美との約束時間は午後4時半。彼女の性格だとたぶんもうすぐ来る。
「さくらー♪」
耳馴染みの良い声に振り返ると、制服姿の琴美がエスカレーターから手を振っていた。
少しだけ伸びた彼女の髪が、窓から射し込む夕陽を受けてオレンジ色に輝く。
久しぶりの琴美が可愛すぎて、この笑顔だけで大盛りご飯を7杯オカワリできそうだ。
「わー♪ 琴美ぃ、逢いたぁ…じょぉぉぉぁ…。」
口を開いた途端に涙が溢れてしまった。人目を憚らず汁だらけになった。
騎士団の教育カリキュラムが終了していない私は、まだ休学扱いになっている。今回は「一時帰国」した設定なので、またすぐに会えない日々が続く。
私の汁っぷりに慌てて駆け出した琴美だったが、私の元に来るまでの間に彼女も負けず劣らず汁顔になっていた。
奥様達の注目を集めたまま、汁だらけで抱き合う私達は、見方によって公開百合プレイに…たぶん見えない。
《姫様、まもなく、放送時間、ですぞ。》
感動を真っ二つに割るようなタイミングで、昨日登録したスケジュールが通知された。
「爺、空気読め。録画しといて。」
《かしこまりました、ですじゃ。》
爺はまだ「場の空気」をパターン化できるほど私との時間を経験していないので、スマホの通知機能的な割込みになってしまうのは仕方がない。
でもまぁ、泣き止むいいキッカケにはなりました。
ViPメンバーと私が持つチームの専用端末、☆KimoKawa☆シリーズは、ぬいぐるみにしか見えないが、騎士団に正規採用されているれっきとした軍用端末だ。各種緊急連絡を受信するため、外出時は常にイヤホンマイクの装着が義務付けられている。
「さくら、すごいね!もう喋れるようになったんだ!」
アイメイクしかしない琴美は、コンパクトミラーでメイク崩れを気にしながら言った。
☆KimoKawa☆シリーズはヴァンパイア語でしか操作できない。
「いちぉ。まだまだヘタッピだけどねー。」
日本人がヴァンパイア語を聞いても、相当言語に詳しい人でない限り、どこかの外国語としか思わない。ヴァンパイア語と端末の使用制限は、日本が一番ユルイ、と騎士団内でもっぱらの噂だ。ヨーロッパ言語圏では施設外の会話すら許可されていないらしい。
「で、どんなとこなの?ブタペストって。」
かわいいクマ柄のハンカチで鼻を隠した琴美が言った。
お店の紙ナプキンで鼻をかんだ私とは備わっている女子力が根本的に違う。
『私、そんなとこに留学してる話になってたんかぃ!』
ヤバい…。その辺の情報を全く仕入れてない。
《姫様、ブタペスト、では、なく、「ブダペスト」、です、じゃ。》
イヤホンから爺の声がした。
出たな!AIの無駄遣い。
そうだ。爺ならブダペストの情報知ってるかも!
爺には環境言語学習機能が搭載されてるから、日本語なら理解できるし、コミュニケーションもできる。
会話しながら上手く誘導してみよう。
「んーと、なんでか爺が居るんだけど、その爺が物知りでさ、大体のことは教えてくれちゃうんだよねー。」
「じい!?じいってなに?」
《えへん。爺、は、なんでも、教えます、のじゃ。》
褒めてねーよ。
ここでAI無駄遣いしないで、いつ使うんだよ。
「え、えーと、一緒に住んでる使用人みたいな感じかな?身の回りの世話だけじゃなくて、美味しいお店とか、お祭りとか、何でも教えてくる。」
「だよねー。チョーお姫様扱いじゃん。」
《姫様、爺、は、AI、なので、姫様、の、お世話、は、できません、ぞ!》
そっちに絡んでくるな。
後ろのお店やお祭りに絡んでこい。そして、無駄に察しろ。
「そだね。でも雇ってるのは私じゃないから。」
「だよねー。爺ってやっぱお爺ちゃん?」
《爺、の、βリリース、は、西暦、2012年、です、じゃ。》
ダメだ。全然誘導できない。
てゆーか、爺のレスポンスが無駄に早い。
「み、見た目は…ご、50歳くらいかな。」
《姫様、50年前、に、自立学習型AI、は、まだ…云々…》
爺、話長ぇよ。語ってる間に話が進むぞ。
「爺じゃないじゃん。意外とカッコよくて禁断の恋が始まっちゃったりして?」
《爺、の、メモリー、は、姫様、で、一杯、です、じゃ!てへぺろりん♪》
メモリーを一杯にしてんのは、どうせ女神姿の私でしょ。
「ないない。何歳離れてると思ってんの?」
「だよねー。」
《だよねー。》
爺が琴美の口癖を学習した!
琴美は、学校で起こったことをたくさん話してくれた。たった数ヶ月離れていただけなのに、久しぶりに聞くクラスメートや先生の名前がとても懐かしかった。
女神の話やサバイバル部の話が出た時はソワソワしたけど。
本当は私も、離れていた間に起こった事を琴美にたくさん話したかった。
話したら、家族と同じように、また琴美とも一緒に居られるようになるかな、なんて、バカげた考えが頭をよぎった。
仮に琴美が受け入れてくれたとしても、血縁者にヴァンパイアの居ない、ただの人間である彼女を、騎士団が保護することはない。
「あ、もうこんな時間だ!今日、ママの帰りが遅いだけど、シホが風邪ひいててさ。ゴメンね。」
琴美には、栞というまだ小学生になったばかり妹がいて、昔から「シホ」と呼んでいる。
彼女は、忙しい親に代わって自分が妹の卒業式に出るのだと、いつも口癖のように言っている。
琴美は、あとで連絡する、と言い残して行ってしまった。
急いでいても、エクストラ生クリーム&チョコでカスタマイズしたフローズンドリンクはちゃっかりテイクアウトしていた。
琴美は変わってない。
またね、が気軽に言えたあの頃と、何も変わってない…。