「暑い。エアコンつけて。」
入ってくるなり、マリナさんがお決まりのセリフを言った。
「絶対イヤです!てか、今日は12度ですよ!?」
朝から毛布に包まって生活してる身としては、まじ寒いので冗談ならやめて欲しい。
「5度以上は夏。」
本人は5度と言ってるつもりなんだろうけど、両手を出してるから10度にしか見えない。
「うしし。またやってる。マリの快適に合わせてたらみんな死んじゃうって。」
何故かいつも数分遅れてくるレイナさんが言った。
「Vのせい…。ボクだけ不公平。」
マリナさんがほっぺを膨らましてそっぽを向いた。
私は彼女が怒った時に見せるこの表情がたまらなく好きだ。
ボーイッシュな雰囲気だから、少年のようでまじ可愛い。ほっぺツンツンしたい。
「それも感覚拡張の影響なんですか?」
ペラ男が、他の感覚器にも影響が出る、と言ってた気がするので聞いてみた。
『あれ?2人とも無言?もしかして、聞いちゃダメだった?』
いつもおちゃらけてるレイナさんの表情がすげぇ強張ってるので、かなり気まずい。
「あ、別になんでm…」
「さくにゃんが気にする必要ないょ。」
レイナさんが私の言葉を遮って言った。
マリナさんに、話すからね、と前置きしてからレイナさんが語り始める。
双子の妹の言葉にマリナさんは、そっぽを向いたまま小さく頷いただけだった。
双子の二階堂姉妹は2人で1つのVマイクロムを受け継いでいるが、レイナさんによると、受け継いだタイミングは2人同時ではなかったと言う。
姉のマリナさんが継承したのは5歳の時。妹のレイナさんは8年前まで適性があるだけの普通の人間だった。
8年前の冬、2人が参加したスキー教室のバスが雪道でスリップし、崖から転落した。マリナさんのお陰で最悪の事態は免れたが、不幸にもレイナさんの座っていた位置が岩に当たってしまい、レイナさんだけが昏睡状態に陥ってしまった。
死者ゼロの奇跡として当時、大々的に報道していたので、私もその事故は何となく記憶にある。
昏睡状態のレイナさんは、事故の夜、峠を迎えていた。報道の通りならばレイナさんは無事に生還した事になる。
事実は異なっており、レイナさんはその夜、亡くなったのだと言う。
「ちょっと待ってください!レイナさんはここにいるじゃないですか!…もしかして、幽霊なんですか?」
幽霊なのに色黒なのか!と、思わず身を乗り出して叫んでしまった。
「うしし。そうかもねぇ~♪」
おちゃらけモードのスイッチが入ってしまったレイナさんに代わって、マリナさんが続きを引き継ぐ…、めっちゃ要点だけ。
亡くなったレイナさんを蘇生させるため、マリナさんはVマイクロムの再生能力を使う事を思いついた。
彼女はVマイクロムを含んだ大量の血を、冷たくなり始めた妹に注入。通常なら死亡した人間にVマイクロムが定着する事はあり得ないのだが、この注入によってレイナさんは息を吹き返した。
マリナさん曰く、双子だから、らしい。
蘇生時にレイナさんにも結合が起こり、今に至る。
最愛の妹を生き返らせた代償に、マリナさんは味覚を失い、温覚異常を発症してしまった。
レイナさんの皮膚感覚と味覚は普通だが、通常なら向上するはずの嗅覚まで普通だと言う。
「レイは幽霊…正解。トリック・オア・トリート。うしし。」
マリナさんが右目に横向きVサインを当てて、オバケのようにベーッと舌を出して笑った。
本人はレイナさんの真似をしたつもりらしいけど、そんな事しなくても双子だからすでにめっちゃ似てる。
夜中にすっぴんの2人に遭遇したら区別つかないと思う!
「そう言えば、あの時マリがやった蘇生術、ルイズってエロいお医者さんが話聞きに来たよね?あれってデータになってるのかな?」
意外な所でルイズさん登場!
やっぱりみんなエロいって思ってるんだ。
「レイナさん、何してるんですか?」
レイナさんがDJみたいに机をナデナデし始めたので聞いてみた。
「なにって…?端末操作してんだけど?見ればわかるじゃーん。」
見ても分かんねーし!と叫びたかったけど、ゴールドアクセがジャラジャラしてる腕でパンチされそうなので、私は叫ぶのをやめた。
いつも騎士団チャンネルばっかり垂れ流してる壁のモニターは、なんとネットワーク端末だった!
室内にあるガラス製の板(机とか)が全て連動タッチパネルになってるらしい。あと音声(ヴァンパイア語のみ)でも操作できるんだって!
色んなデータベースがあって、探してた蘇生術のデータが見つからなかったレイナさんが、私の権限範囲には、と言っていたので階級や役職毎にアクセスできる情報が違うっぽい。
興味津々の私に、さくらは部外者だから一般情報の閲覧しかできない、とマリナさんが補足してくれた。