『行けえぇ!』

 キラちゃん(仮)に預けた12本のランスが、鋭い音を立てて一斉に放たれた。
 ランスが向かう先は、ラミア。

 間髪入れずに私も天井を蹴る。私はランスの雨のど真ん中を行く。
 降下位置を調整していた翼を折り畳むと降下速度がグンと上がった。

 天井を蹴った時にまた脚の骨が折れた。大量のランスをリアライズしたせいなのか、再生に時間が掛かっている気がする。脚がズキズキと痛い。


 先行する12本のランスが輪を描いて並んだまま、すり鉢状に飛び、少しずつ輪を狭めていく。

 この12本はラミアを捕らえる檻だ。初めから当てる気なんてない。
 私は13本目のランスをリアライズして、両腕でしっかりと胸に抱いた。彼女を狙うのは私自身だ。

 

 まぁ、後で怒られないように頑丈そうな下半身を狙うつもりだけど。



 さすがのラミアも、高速で迫る13本のランスを前に顔から余裕が消えている。

 …はずだった。


「悪くないわ。悪くないけど…あなたの横が空いてるわよ。」

 ラミアが二股に分かれた舌をチロチロと出しながら楽しそうに笑った。



 ラミアの姿を形作る音が、あやふやにぼやけて消えた。

 代わりに聴こえてきたのは、うねりを切り裂く音。

 その音は、手入れの行き届いた大木のように一直線で、太く、幾つもの枝を生やしている。


「わたくし、黒毛と銀毛のハイブリッド種ですの。」

 高速世界の中、耳元でラミアの声がした。


 ラミアは冷静だった。そして、速かった。

 彼女は迫るランスを的確に処理した。すり鉢軌道で降り注ぐ複数のランスを回避するなら、下で待たずに空間に余裕のある上で回避すれば良い。

 

 言うは易し。

 私もキラちゃん(仮)も、それを簡単に実行されるようなヘッポコスピードで投げたつもりはない。



 ところで、私を襲おうとしている怪物は、果たしてラミアなんだろうか。

 ラミアの下半身は蛇。伝承ではそうなっている。
 急降下する私の横に突如として現れた怪物の下半身は、蛇ではなかった。

 蛇に擬態した虫…。

 虫というか、ムカデ。

 

 腹の中に足を隠して、蛇のフリしてやがった!
 尻尾の先にちゃっかりムカデ顔がついてる。

 ハイブリッド以前に、ムカデはまじ無理。

 


 私はムカデが大の苦手だ。

 幼い頃、おばあちゃんの家で寝ていたら20センチ級の巨大ムカデが顔に落ちてきて、失神した。

 それ以来、見るものダメ。テレビに映っただけで絶叫する。

 蛇に擬態するため筒状に丸めていた、ムカデ特有の平坦な胴体と、不規則に蠢く無数の足が露わになった時、私の意識はどこか違う世界に逝った。

 デカすぎて、近すぎて、もう無理。