模擬戦の後、先輩達がコツを教えてくれたお陰で根暗眼鏡の私でも、自力で真の姿へオンセットできる様になった。
まぁ、先輩達からしたら、私はかなりグズな後輩だったみたいだけど…。
初めて真の姿になる時だけ苦労する、と先輩達は言っていた。真の姿のイメージを一度手に入れてしまった後は、普通なら簡単に変身できるものらしい。
ディスクを読み込む感じ、とマリナさんは教えてくれたけど、それってどんな感じ?
結果として私が一番上手くできた方法は「呼びかけ」だった。
この方法は幼児期にVマイクロムを世襲してしまった子供向けの解決策なんだって!私は幼児級。てへぺろりん♪
『お願い。私のところに来て…。』
私は瞳を閉じ、空に向かって、心の中で呟いた。
ただ考えるだけとか、ただ呟くだけじゃ上手くいかなかった。私の場合は、この「空に向かって」が重要になる。
呟くと決まって金色の羽根が頭の中にイメージされる。最初は1枚だけ。それから羽根は倍々に増えていく。
だいたい100枚くらいになると全身が光って変身する。
全身が光る所は自分では見てなくて、伊井さんからの情報です。変身前に瞼の向こうが明るくなるのでたぶん光ってる。
今回も無事に変身完了。我ながらモッサリした変身だと思う。
女神に変わった自分を姿見に映してみた。
ため息が出ちゃうほど綺麗。…無表情だけど。
『あいーん。』
無表情を崩してやろうと思ったのに、声が出なかった。無表情のまま顎に手を当てている。微妙な上目遣いになっててちょっと怖い。
『まだ慣れてないから声が出ないのかな?』
声が出せない謎も明日先輩に聞くとして、予定通り女神観察会を続行する事にした。
神河さんや伊井さんは身体のサイズに変化があったけど、私は元のサイズそのまんまっぽい。
くびれは視覚効果だし、胸だって補正だ。身長も脚の長さもヒールで誤魔化してる。たぶん伸びてない。
目に見えて変わってるのは髪の毛だけ。メッチャ長くなる。
色素は全体的に薄くなってるかも。金髪だし、色白だし、瞳も青い。
あ、あと、肌のキメ細やかさが超絶上がってる!生えるべき所以外、毛穴が全く見えない。月並みだけど陶器のよう。
隣室のドアが開く音がした。
これは危険な兆候だ。きっと奴が来る。
ノックをせずに入って来る!
無意味に焦った私は、手に持ったままだった下敷きを床に放り投げ、何を思ったのか勢いよく窓からジャンプしてしまった。
私の部屋は2階。地球までの距離は約3メートルだ。
「さくらぁ、下敷き貸してくれぇ…あれ?いないのか…。お、この下敷きでいっか。」
私よりもバカな兄貴の、頭悪そうな独り言が遠くに聞こえた。
ーーーーーーーーーー
眼下に広がる真夜中の東京は、天空の星々を殺すほどに明るい。
私はいま、女神姿で東京の空を飛んでいる。
窓からジャンプした私は、落下せずにそのまま飛び立ってしまった。
変身すらおぼつかないのに何故か飛べた。気がついた時には風を読んでいる自分がいた。
感覚拡張で得られた聴覚を使って風を読み、風に乗る。ただそれだけでなに不自由なく飛行できた。
厳密に言えば、飛行というより滑空。
私の翼は鳥のそれに似ていても羽ばたいて浮く力はないようだ。外見に反して、機能的には飛行機の翼に近い。
欠落している右の翼部分は、特に意識する必要もなく、風を受けている間だけ薄っすらと金色の膜が現れる。ヴァンパイア的に言うと、膜をリアライズしている。
『そうだ、東京で一番高いところに行こう!』
私は京都旅行気分でスカイツリーを目指した。
スカイツリーの頂上に立ち、夜の東京を見下ろす。
飛んでいる時よりもずっと近くなった東京の灯りは、不気味なほど明るい。
人の作り出した無数の光が交錯し、地上にある全てを余すことなく照らし出している。きっと、宇宙から見ても東京だと分かる。
耳を澄ませば、人々の営みが聴こえてくる。夜の東京に懐かれる人の数は、見える星の数よりも多い。
人々の奏でる音を全身に受けたまま、私はある歌をハミングした。私が女神に変わるキッカケをくれた、あの歌だ。
優しい歌。
一度しか聴いていないはずのメロディーを、私はハッキリと覚えている。
私の歌声は風に乗り、どこまでもどこまでも流れてゆく。
ー第1章・完ー