どれくらいの時間が経ったのだろう。
再び自我を得た私は、見慣れたブサイクに戻っていた。
髪を切り取った後が想像以上に大変だったと、血だらけのペラ男が苦笑いしながら「透明なプラスチック下敷き」を渡してきた。この状況で髪の毛を逆立てて遊べと?
で、この下敷きがスゴかった!
下敷きから画像が出るんです!映る、じゃなくて、出る。ホログラムって奴だと思います。
ちなみに音も出ます。
「念のためにと、この部屋を録画しておいた。」
つまりそれって、縛られたまま全裸で横たわる私が延々と映る時間帯もあるってことじゃね…?
私の心配をよそに録画は再生された。
金髪を切り取られて濃度が下がった私、というか私のVは、血を求めて暴走した。録画に映ってる、全裸で奇声をあげている人物は私だけども…。
すかさずペラ男が自分の血を飲ませようと試みた。しかし、私のV(全裸の私)がこれを断固拒否。
ペラ男を隣りの部屋まで吹っ飛ばし、さっきのイケメンさんを求めて(だと思う)叫びながら走り出した。
吹っ飛ばされる時、ペラ男がイケメンさんに向かって「アレクセイ!」と叫んでたので、イケメンさんのお名前はアレクセイさんだと思われます。
ここから先は無人の部屋が映っているばかりで、叫び声や奇声が遠くに聞こえるだけだった。
映っていない所では…
なんと切られた金髪も生きてたらしい。
運悪くペラ男が金髪を掴んだまま隣の部屋に飛ばされたせいで、琴美が金髪に襲われたという。
間一髪のところで銀色のペラ男に助けられたが、琴美はショックで今も気絶したままだ。
最終的に、暴走したV(やっぱり私)と金髪は2人掛かりでアレクセイさんを凌辱。濃度が安定したV(どこからどう見ても私)が金髪を食い殺して、一件落着となった。
アレクセイさんも黒毛種の宿主だったため命に別状はないという。
彼は今も部屋の隅で泣いている。泣きたいのはむしろ全裸で大暴れした私だ。
「なんかゴメンね。色々ありがとう。」
今は全裸ではなくカーキ色の薄い毛布に包まれている。
「仕方ないことだ。私としては金毛種と知り合うことができて助かった。金毛種がここまで獰猛だとは知らなかったがな。」
ペラ男は笑ってくれたが、血だらけの姿を見ているとこちらは笑えない。
彼は、金毛種以外も治癒力が向上するから心配無用、と言ってくれたけど、その性能差は歴然だった。
私は自分の両腕を肩から指先まで、まじまじと見た。
私の暴走に身の危険を感じたアレクセイさんは、オンセットして私の両腕を遠慮なしに引きちぎったという。
私の両腕に引きちぎられた痕跡は見当たらない。
「宿主を守るため勝手にオンセットする時もあるが、今後はさくらの意志が優先されるだろう。」
「ふーん。それにしてもここ騒がしいね。」
「それは先ほど説明した感覚拡張の効果だ。金毛種は聴覚が向上する。」
「さっきまでこんなに騒がしくなかったけど?」
「…耳の中に繊毛を生やすイメージをしてみると良い。」
集中して、耳毛が生えるイメージをした。繊毛ってなんだか分からないから産毛で。
おぉぉ、音が小さくなってく!授業中に寝るのにチョー使えるね!なるほど、さっきまでは生えてたんだ!
私の意志が優先される、その意味が理解できた気がした。
ペラ男の暴言と私の暴走のせいで話が途中になっていたのを思い出した。
彼は私ではない金毛種に何か用事がある感じだった。同じ金毛種でも私では彼の力になれないのだろう。
「目的の人に会えるといいね。」
「…無理だ。先ほど彼女は遺体で発見された。」
「え…!?金毛種って死なないんじゃ…?」
軽い会話のつもりが、返ってきた言葉の重さに歯切れが悪くなってしまった。
「…不死の生物など存在しない。世に存在する不死者は、ただの殺しにくい生物に過ぎない。」
ペラ男がまた遥か遠くを見つめる感じで言った。アゴが割れてるくせに。
「要するにだ。今回は金毛種を狙った犯行の可能性が高い。犯人もドッペルゲンガーの出現を目撃しているだろう。さくらも十分に気をつけると良い。説明しきれなかった宿主とVに関する事はこの中に入っている。生き延びたければ見ておく事だ。また会おう!」
少し回復したのか、ペラ男はペラペラと一気に話すと銀色に瞬いて消えてしまった。部屋の隅で泣いていたはずのアレクセイさんもいつの間にか居なくなっている。
ペラ男の居た場所には例の下敷きが落ちていた。今は下敷きよりも服が欲しい。