「ところでなぜ、お前はオフセットしないのだ?」
「さくら…」
「さくらの花がどうした?時期ではないだろう。」
「私の名前だよ。名前は、さくら。解き方知らないもん。」
ペラ男がアゴのド真ん中に指を当てて何かを考え始めた。ピッタリと収まる感じがニューロンを加速するのでしょうか?
「お前は…、さくらは昨夜そうなった、と言ったな。それからずっとそのままか?」
「そうだね。」
「それはオンセットではなく初期結合だ。血を飲まねば治らん。通常ならば血を欲するのだが…」
「飲みたくない。」
私はペラ男の言葉に被せて答えた。
初期結合とは、寄生直後に見られるVマイクロム主導のオンセット状態のことである。この状態でVマイクロムが宿主以外の人血を摂取すると、宿主組成との一体化、つまり結合が完了する。
私が自力で変身したわけじゃないんすね!
「飲まなければどうなるの?」
「初期結合が12時間以上続いている例は他にない。おそらく別の宿主を探すだろうが、その時は、さくら…貴様は死ぬぞ。」
マジっすか。そんな話聞いてねー。
てか、なんで今、貴様って言った?カッコつけたつもりか?アゴ割れてるくせに!
「私の血で良ければ飲むか?宿主同士の血はあまり好ましくないが、金毛種のお前ならば、下位にあたる私の血でも問題なかろう。」
私の顔色を察したペラ男がアゴと漢気を見せてくれたが、どうせ飲むならさっきのイケメンさんのが良い。そもそも昨夜の検証では血が出なかった。
「宿主って血、出なくね?」
「いや、出るぞ。ほら。」
ナイフで刺したペラ男の掌からは、真っ赤な血がどくどくと流れ出てくる。明らかに昨夜私が見た現象とは違う。
「うそ!?ちょっと貸して!」
私もペラ男と同じように自らの掌を貫いてみせた。痛み覚悟の行動だったけど、ナイフの切れ味が良すぎるのか、全く痛みを感じなかった。血は出てこない。
試しに痛くないナイフを引き抜いてみた。やっぱり血は出なかった。
代わりに繊維状の何かが出てきて、傷を跡形もなく消した。あっという間だった。3秒かかっていないと思う。
一方のペラ男はまだ普通に出血している。
「なんと!これが金毛種の不死たる所以か!いやはや、貴重な物を見せてもらった。ところでさくら、血を見てもなんともないか?」
「なんともないね。」
「そうか…。失礼。」
ペラ男が銀色に輝いた。顔がちょっとだけイケメンになった気がしたので、よく見ようとしたら、ペラ男の姿が消えていた。
次の瞬間、何者かが私の無駄にゴージャスな金髪をナイフで切り裂いた。
「我々が血を欲するのは、体内のV濃度と関係している。」
ペラ男の声が背後から聞こえた。
あぁ、そうか。金髪はVだから…切り取れば体内濃度が…。
そこで私の意識は暗転した。