『とにかくこの小ちゃいマルチーズをどうにかしないと!』

 ルームパンツの中をまじまじと覗き込んでいるが、乙女である。



 ガチャ…


「おい、さくら。遊んでないで先に風呂入…れ…?……!?」

 ゲーム機を片手に、いつも通りノックせずに入ってきた兄は、私の姿を見るなりフリーズした。



 パタン…


「バカ兄!死ね!ノックしろ!」

 数秒の沈黙の後、兄は無言でドアを閉めた。
 ドアの向こう側に消えた兄に対して私が吐いた暴言は、いつもながらヒドい日本語だ。
 死んで欲しいのか、ノックして欲しいのか、どっち希望か分かりづらい。まぁ8対2で前者だけど。

 それにしても、このタイミングで侵入してくるとは…。さすが兄、心得ている。



 ガチャッ!

「あ!?日本語?お前、さくらか!?」

 やはりノックはしない。死んでよし。

 ルームパンツの中を覗く格好のまま、無言で頷く私。
 人は混乱すると自分の置かれた状況をよく考えないらしい。もはや私は人ではないけれど…。



 その後、帰宅の遅い父を除いた緊急の家族会議が開かれたが、私は家族に真実を告げなかった。
 血の欲求がない以上、ヴァンパイア化したという説明が正しいとは限らないし、何よりも信じるわけがない。
 代わりに「通販で買ったモルディブ製の毛が伸びる薬を飲んだらこうなった」と、くそ適当に説明したところ、なぜか誰も疑うことなく納得した。


 マルチーズを含む大量に増えた体毛は、母に手伝ってもらって処理をした。

 何気に胸毛もゴリラ級になっていた事よりも、脱衣所で母に言われた「太った?」がいつまでも耳に残っている。