「おい、君!大丈夫か?具合でも悪いのか?」
駅前の交番でよく見かける優しそうなお巡りさん(おっさんの方)に起こされた。
ここは、先ほど私が死んだ場所。
私はヴァンパイアと思しき生物に襲われ、短くも美しい人生を振り返る走馬灯に照らされて絶命した…はずである。
ところが私はとても元気だ。
何はともあれ「おしっこ」がしたい。これも元気な証拠だと思う。
「頭打ってないか?自分の事、分かるかい?」
「分かります!…えいっ!…田中さくら。蒼山学院高等部1年。誕生日は…え?」
ビシッと学生証を見せて答えていたら、お巡りさんが慌てて「しー」のポーズをした。
思えば道端で個人情報開示ショーしてたわけですね…。そりゃあ、お巡りさんも焦るわ。
いやいや、そうじゃなくて!
ここはお巡りさんがヴァンパイアになっちゃった私に襲われて、うわー、きゃー、なんじゃこりゃー、な展開じゃないんすか!?
さっき襲われたのは…もしかして勘違い?まさかの妄想オチ!?
まぁ、VRゲームのやりすぎで現実と妄想の区別がつかなくなった説を否定できませんけど!
てゆーか、VRヤバッ!怖っ!
妄想の果てに気絶した挙句、それを他人に見られた…。乙女なのに。
時間が経つにつれて恥ずかしさが増してくる。
顔からの火が出るほど恥ずかしい、とよく聞くけど、これはそんなレベルじゃない。
このまま恥ずかしさメーターが振り切れたら、私を中心に新しい宇宙が誕生すると思います!
私は新宇宙の誕生を阻止するため、「ちょうど貧血なので帰ります。トイレに。」と、意味不明な理由を倒置法で言い放ち、バタバタとその場から逃げ出した。
私の背丈よりも少し高い塀が立ち並ぶ住宅街を、息を切らして走る。もちろんおしっこは我慢している。
「ヤバイ。ちょっと楽しくなってきた♪」
塀に囲まれた巨大迷路のような角を何度か曲がったあたりで、私はそう呟いた。
次の角を右に曲がれば、父が35年ローンで買った我が家が見えてくる。
今日の出来事は、追加設定盛り盛りで黒ノートに書き込もう。あー、トイレ行きたい!
玄関の前でモジモジしながら鍵を探していると、背後から母の鼻歌が聴こえてきた。
10年位前に人気だった三角関係にイラっとするアニメの曲だ。
このアニメには「祭り」と称して週末を潰された嫌な思い出しかない。
「ママ、鍵開けて!カギが見つかんなくて!もうトイレ限…k…a、i…」
振り返るとそこに母の姿はなかった。
確かに聴こえる鼻歌アニソンをBGMに、カバンの中で鍵を探す私の手がマイ眼鏡を見つけた。
もしかしたら、ビックリしすぎてほんのちょびっとだけ漏らした…かも知れない。かも知れない!