mixiの転用だけど・・・プラスアルファして。。


俺の口癖のようになっている言葉。
多用しすぎても効果は薄れないような強い思いがある言葉。
普段は誰かを安心させるように思って発っしているけど、ここ数ヶ月は自分に言い聞かせてきた大事な言葉。

でも今は使いたいのに複雑で・・・大丈夫と言いたいけど、軽々しく言えないような。。


友人が大病を患っていることが分かって・・・どんな言葉をかけたらいいのか正直分からない。
くだらない話と軽口を叩いてきたけど、何か物足りないような。
いくらでも演技は出来るけど、言葉はだいぶ選んだ気がする。


そんな帰り道、車で流していた曲にハッとした。
米倉利紀の「大丈夫!」
これは彼が病気のいとこの為に贈った曲。

普段の自分はこんなことしないけど・・・似合わないかもだけど・・・自分で言えない言葉を代弁してもらいたくて、彼女にこの曲を贈ります。

自分が大変なのに、休職中の俺をすごく心配してくれた優しいヤツです。
そうだ・・・昔からいつもそんなヤツだったなぁ。


同時に、被災者にもこの歌を贈りたい。
日々が不安で、少しずつ前に進もうとするもなかなか思うように行かない。
身体も周辺環境も日常に戻りつつある自分には何が出来るのか・・・日々自問自答するばかり。
でも生きている人たちには色々な問題があっても「大丈夫」って言ってあげたいじゃない。。。


街はホントに少しずつ、一歩ずつ…いや、半歩ずつくらい(?)、日常を取り戻しつつある。

もちろん被害甚大な部分もあるが…大きな意味で歩を進めているのは確かだろう。


ただ…まだ状況がよく飲み込めていないことがある。
それは知人・友人2名の死亡と、2名の行方不明。

日々を一生懸命生きていると忘れそうになる…でも落ち着くと思い出して目頭が熱くなる。
10年来の友人が亡くなったのを知ったときは1日半ほど何も考えられなかった。


「Sが宮城で亡くなった」・・・友人からの一報。
東京で仕事をしていたはずの彼。

「またまた~、そんな冗談面白くないけど?」とイラッとする俺。

「俺もそう思ったけど・・・・・・・・・・・・・」無言になる友人。

どうやらSは昨春から転勤で宮城勤務となっていたようだ。


TVで流れる死者・行方不明者○○人というテロップ。
「ひどいなぁ」、「大変だなぁ」と心は痛めるもののどこか他人事だったのかもしれない。

近しい人間の死に呆然とした・・・今も日記を打ちながらも何がなにやら・・・まとまらない。
言いたいこともよく分からない。


とここまで書いたのが3日前、アップするには至らず…でも、不思議と涙はまったく流れなかった。

みんなで彼の想い出話をしたいということで各々が写真を探すことになった。
探しながら徐々に思い出があふれ出して来る。
彼の写真はほとんどなかった。

あぁ、写真を撮られるのは嫌いだったなぁ…カメラマンばっかりだった。
そうそう無理やり撮ったら温和なのに激怒したっけ。
すっごい優しいやつだったなぁ…あんなに気配りできるやつ他に知らない。
酒も飲めないのに飲み会好きで、焼き鳥には異常なこだわりがあったな。
運動神経いいけどよくつまずく。服はよくその辺に引っ掛けて破く。
靴の履き方が悪いのか磨り減り方がハンパない。
東京土産に北海道物産展で2回白い恋人買って来てデコピンしてやったっけ。
そういう茶目っ気がみんなに好かれてたんだよな。

・・・・・・・思い出したらキリがない。

なんでかなぁ…いい人ばっかり先に逝っちゃう。
こんなんじゃ俺長生きしちゃうじゃん。。

「俺なら誰にも迷惑かけないし代わってあげたいくらいだよ」なんていうと、色々怒られそうだけど…まぁ、彼も間違いなく怒るんだろうけど…それくらいいい奴だった。


彼の家族は言っていた。
「どんな形であれ見つかって良かった。みんなに想ってもらえて息子は幸せだ」と。

ここではじめてみんな号泣。
こう打ってる今も思い出して号泣。

人生には色んなドラマがあるものだけど、こんなドラマはごめんだ。。。
悔しすぎる。


ただ、ご家族が言うように彼は見つかって良かった。
俺の知人を含めてまだ行方不明の人達がいる。
見つかっても身元が分からぬまま…という人達がいる。

今もこの日本に、すぐそこに…それが確かな現実だってことを日常に戻りつつも忘れちゃいけない。

水が出て、食料が手に入って、ガソリンが入れられて…その当たり前の日常に埋もれてしまってはいけない現実が間違いなくあるんだ。

自分も含めて人々は生きることに一生懸命で、身近にある命の灯火の明暗に目を向けられてはいない気がする。

命のありがたさと大切さ…震災という身近に起きた皮肉な教訓だけれど、大事にしていきたいと思うし、周りにも感じて欲しい。

そして、亡くなった方の分まで強く正しく思いやりをもって生きよう。



おっと…最近まじめだな俺(笑)

震災から2週間近くが経とうとしている。

いまだに続く捜索活動。
ライフラインの復旧は困難を窮め、いまだ入荷が少ないガソリンや食品に群がる人々は後を絶たない。
無事で若い人たちがこぞって県外に避難し、残された高齢者・体が不自由な人たちは不確かな自治体からの支援を待つばかり。
避難所では多くの方が不自由な生活をしている。
いまだに続く原発問題は食品や飲み水にまで広がり不安が拭い去れない。

そして、不安を煽りたいのか抑えたいのか分からないTV報道、新聞、ネットニュース等の情報。

それには多様な視点が含まれるものの、被災地・被災者を第3者的に哀れみで捉えるものばかり。
もちろん全国の人にこういう状況があることは知らせて欲しい・・・それによって数々の協力が得られる。
それは理解しているんだ。

ただ、被災者感情を無視した記事・・・そしてそれにまつわるモラルに欠けた私見。
これには時折怒りに震えることがある。

すべてにおいていちいち目くじらを立ててみているわけではなく、「外から見ればそんなもんか・・・」という悲しい気持ちになることが多い。
しかし、価値観を含む感情が内(被災者)と外で相当の差があることに気づかず言われることが腹立たしい。

モラルある記事。モラルある考え方。それは時に内と外では違ってくる。
モラルは道徳とされるが、それは間違いなく個人の想いや価値観で変わる。

モラルは一般的に共通の考え方を言うべきであろうが現実そうなんだ。

「動物を殺してはいけません」と言いながら大半の日本人は殺生して生きている。
これが日本人の価値観であり、モラルの範疇だ。
当然すべてがそうではないということを忘れてはならない。
動物を殺さない。殺生しないで生きている人がいる。
これは・・・通常モラルを逸しているとは言わないだろう。価値観の違いだ。

置かれている立場によってはその価値観も変わってきて、当然そのモラルも変わる。

ここで言うと内のモラルと外のモラルは違うのだ。
外では問題のない発言も、内の人から見たらモラルを逸している。
そういうことを無視した発言がとにかく許せない。

じゃぁ、気を遣って話せってことかと問われればそれは違うかもしれない。
とはいえ、報道はともかく私見に伴うものならばある程度の配慮は欲しいのは確かだ。

近くにそのような人がいるならば特にその気遣いは必要だろう。
少なくても自分はそのような配慮のない人間は嫌悪感を抱いてしまう。

自分はそこまで感じないが、「頑張れ」という言葉さえその材料になる。
外からすれば頑張って欲しいから・・・というだろうが、内からすれば「既に頑張ってんだよ!」という人も少なからずいるだろう。

このことに限ったことではないが、相手のことを考える・・・相手の気持ちになる・・・ってことはホントに大事だ。
最近すごく実感しているし、自分はそうでなくてはと思って発言をしているつもりだ。

特段落としどころはないが・・・実際、そういうことなんだ。
震災が非常に繊細なことだけに色々と考えて欲しい・・・それが被災者である自分の願いだ。


被災地、我が街いわき市でも色んな人がいて色んな考えや信念があります。
もちろんその他の人たちも・・・

それぞれの立場でそれぞれの思いを・・・何が間違いで何が正解かなんて分かりません。
被害状況や家族状況なんかも起因するでしょう。

自分のもとに色々なメッセージやコメント、電話、メールが来ますが・・・ここ数日はどれを否定するでも肯定するでも出来ませんでした。

それぞれの立場でそれぞれの思いを・・・どんな形があって何をそう思うのか・・・そんなの本人にしか分かりません。

好き嫌い、得意不得意があるように、感じ方や価値観は違うんです。


ただただ願わくば、

それぞれを否定しないであげてください。
それぞれの思いを受け入れてあげてください。


来る人・・・
平和なら普段は見かけることも滅多にない自衛隊車輌、ヘリ。
他の管轄ナンバーの緊急車輌。
支援物資、ガソリンを運ぶトラック、タンクローリー。
避難民を乗せる他地域のバス。
親族、知人の為に物資を運んだり、迎えにくる車。
TVや新聞に情報を流す報道車輌、ヘリ。
これは見てないけど・・・東電関係者。

etc...

たくさんの力を、支援をありがとう。
危険さも伴う中で頑張ってくれてありがとう。


居る人・・・
被害甚大で避難所で身動きできない人。
家も自分も無事で頑張れば何とかなる人。
退避圏外なので出たくても支援なく動けない人。
警察、消防、病院はもちろん救助、食糧、流通等に尽力する人。
出たくてもガソリンがない人。
余震、原発をそこまで不安視していない人。
地元の為に何かをしたい人、してる人。

etc...

みんな頑張ろう!頑張って!
強く生きよう!助け合おう!


出る人・・・
避難する先が見つかった人。
家族を大事に思ってとにかく危険から遠ざかりたい人、遠ざけたい人。
今後を考えて身の安全を第一に考える人。
あの地震からの恐怖、不安でたまらない人。
原発を不安視する人。
そもそもここが自分の居場所じゃない人。
仕事として避難する人。
物資等を確保しに動く人。

etc...

安全な生活を送って、こっちを見守ってて!
旅行いいなぁ・・・戻ってきたら元気なんだろうから色々手伝えよ(笑)


俺は「居る人」。
無事だし、原発を危機的に不安視していないし、ガソリンもないし、この状況を身をもって体験したいし、そして無事で余裕があるから少しでも何かしたいし・・・
もちろん退避指示でも出れば従う。


物資を持っていくと親族、知人から連絡をもらった。
遠方に知り合いがいるから何度も避難に誘われた。
いわきで頑張っていこうねと声をかけあった。
避難する人達から状況連絡をもらった。


来た人に「ありがとう」と感謝した。
来た人に「頑張りましょう」と声をかけられた。

出ないことに「そんな場合じゃない」、「死ぬぞ」と強く言われた。
出ない人に「助け合って頑張ろう!」、「逃げんじゃねーぞ(笑)」と言われた。

出る人に「どうしようもないから・・・」、「ごめんね」って報告された。
出る人に「ちょっと旅行行って来るわ(笑)」、「落ち着いたら頑張ろう」って言われた。


何が言いたいのか?
知らんわ(笑)

でもね、それぞれを尊重しようってこと。
それぞれにそれぞれの思いがあってそうしてるんだから。

こんな時に批判しないでよ・・・
言われるのも、聞いてるのもなんか嫌だ。


あ、結局自分がイライラしたくないだけか?(笑)
地震発生から今に至るまで、色々な声を聞き、そして色々な声を発した。
それは直接でもあり、電話でもあり、メールでもあり、mixi日記・つぶやきでもあり、アメブロでもあり・・・

安堵の声、喜びの声、不安な声、力強い声、哀しみの声、笑い声、励ましの声・・・

家族・親族、友達ばかりではなく、誰かが誰かを心配し気遣う・・・
この震災に便乗してくだらないことをする馬鹿者もいるけど、そんなやつは極一握り。
みんな声をかけあって不安を消せるように、励ましあってる。


何らかの声をかけてくれた人・・・本当にありがとう。
正直こんな自分でも気にしてもらえるんだなぁって嬉しかったし力強かった。

地震当日に何度も繋がるまでメールや電話をくれた遠方の人達・・・
アメーバやmixiでの記事やつぶやきに対してコメント、メッセージくれた人達・・・
疎遠になっていたのに電話をくれて無事を知ると泣いてくれた人・・・
知人の訃報で心が折れそうになったときに電話で和ませてくれた人・・・

自身が無事なだけに、そのもらった声を何倍にもして周りにかけてあげたいと思う。


そして今、色々なところで不満が出ている。
被災地だけじゃなく、この震災で何らかの被害を受けたところ、受けるところ。
物資不足、ライフラインの問題、ガソリン枯渇、原発不安、計画停電・・・
TV番組がつまらないって人もいるんだろう。

でも何らかの問題があるにせよ、それに関わる人達はきっと最善を尽くしてる。
不満を言ったり、粗を探せばキリがない。その力を希望や祈りに変えて欲しい。
きれい事かもしれないけど俺はそうしたいと思ってる。

昼夜続くライフライン復旧作業、朝方白んできたところで動き始める救済部隊、
運営未熟な中での政府、想定外の出来事の東電、発言の難しい報道・・・

彼らもふざけてなんかない。一生懸命自分の役割を全うしようと動いている。
だから俺もほんの少しでもいいから自分に出来ることをしたい。
余裕がある人はほんの少しでもいいから何かをして欲しい。

それが節電でも募金でもいい。
知り合いの無事を祈ることでもいい。
何らかの声をかけることでもいい。
経済を止めないように仕事を頑張るのだっていい。
チェーンメールを止めることだっていいじゃないか。


これは被災地からの声というだけでなく、日本人、人間としての声・・・

もしかしたら被災しなければ感じなかった感覚なのかもしれないけど。。。


落ち着くその日まで、復興するその日まで・・・いや、ずっとずっと・・・やれることをやろう。