芸術浪漫

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美術鑑賞、博物館巡り、読書、映画鑑賞、さらには仕事の話などを中心に書いています。美術鑑賞録は土日祝日の更新になります。
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今回は寅さんシリーズ第12作『男はつらいよ 私の寅さん』(1973年、松竹 山田洋次監督)です。観客動員がシリーズ中最高を記録した作品となります。

 

 

本作は非常にユニークな筋立てで、前半はとらやの人たちが九州旅行を楽しむ一方で、旅先から帰ってきたばかりなのに留守番を押し付けられる寅(渥美清)、といういつもとは逆の珍しい流れで進んでいきます。

 

温かく迎えてもらえると思ったら、いきなり一人というよもやの展開。さくら(倍賞千恵子)たちを心配し、九州からの電話を心待ちにする寅の心情が何とも言えません。おいちゃん(松村達雄)と電話越し(画面に両者が映る)に喧嘩する演出も面白いですね。

 

寂しさや心細さを押し隠し、帰ってくるとらやの人たちを喜ばせようと食事の用意をし、風呂を沸かして迎えようとする寅のいじらしさも微笑ましい限りです。

 

本作のメインストーリーは、寅が幼なじみのデベソ(前田武彦)と再会するところから始まります。二人の旧友らしい仲の良さが伝わってくるやりとり、見ていて楽しい感じです。

 

そして、幼なじみの妹で画家のマドンナ・りつ子(岸恵子)との出会い。画家の命ともいえる、制作中の絵を寅が誤って汚してしまうという最悪のもので、大げんかをしてしまいます。しかもりつ子は寅ではなく「熊さん」となかなか名前を覚えず…。

 

それでも、魅力的なりつ子にやはり惚れてしまう寅。財布を忘れたりつ子にフランスパンをおごってあげると「私のパトロン」なんて言われ、ますます舞い上がり…。本作では久しぶりに恋に燃える情熱的な寅さんを見ることができます。

 

しかし、りつ子は「気に入った作品は売りたくない、でも気に入らない作品はますます売りたくない」と、芸術家としてのプライドを大切にしている女性でもありました。寅が自分に好意を寄せていることに気づいてしまうりつ子。しかし、絵描きとしての自分を捨てることはできない、と率直に寅に伝えます。

 

まるで初期のシリーズのように、思いっきりフラれる寅。無様ですが、それでも旅に出るとき、経済的に思わしくないりつ子を気にかけるような言葉をさくらに残していくシーンは、実に美しかったですね。

 

最後の方で、りつ子が海外からとらやに送ってきたエアメールでは「私の寅さん」という一文があります。恋は成就しなかったものの、遠くの地にいても寅は“精神的”な意味でのパトロンであることが伺え、グッときます。エンディングで啖呵売をしているとき、りつ子が描いた寅の似顔絵が映りますが、画面上に、さわやかな風が吹き抜けるような感じでした。

 

子供の頃、家族で『男はつらいよ』を見に行き、買ってもらったパンフのおまけでついてきた過去の作品のポスター集。そこに映っていた岸恵子さんの写真映りがちょっと不気味だったことを覚えています(失礼)。

 

しかし、本作のマドンナ・岸恵子さんは実に美しく、気品にあふれています。それだけでなく、スタイリッシュでとにかく「カッコいい」んですね。また、絵描きとして自立しようとする凛とした女性の生き様を演じ切られています。本作全体を通じて感じる美しさ、爽やかさはこのマドンナの存在あってこそ、だと思いました。

 


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