冬休みに結婚式に出席するため久しぶりに義父(おじいちゃん)にあった。
あまりのボケぶりにびっくり仰天した。
もの忘れの域を完全に超え、認知症も超え、アルツハイマーだと思う。
5分前に言われたことを完全に忘れ、何度も、何度も同じことを聞いたり、簡単な説明をしても理解ができない。
脳が委縮するとこうなってしまうのかと私は正直とても恐ろしくなり、ボケ防止に一番いいといわれている運動...と言っても歩くだけを始めた。
毎日、毎日、「やだな~、明日にしようかな~」との思いと戦いながら最低1.6キロ(アメリカではちょうど1マイルなので)歩くようにしている。冬は暗くなるのが早いから夕食後は外はもう真っ暗。歩く気が全然起きないのだけれど、「日焼け止めを塗らずに外に出れるのだから喜ぶべき」と考えて外へ出る。幸いここは温暖で寒くないし歩くのには最適な環境だから、歩けない理由はただのレイジーとなってしまう。
それはさておき、私はボケた老人と接したことが今までほとんどなかった。
私の祖父母はボケなかったし、母方の祖母は96歳まで生きて、少しボケたらしいけど、私が会いに行ったときはそれらしき行動はほとんどなかった。私が若くして日本を出たからそのおばあちゃんとは大人になってからたまにしか会わなかったから、ボケ具合がわらなかったのかも知れないけど。
さて、うちのおじいちゃん(義父)、まず飛行機で到着したときに預けた荷物が出てこないと言うので航空会社に紛失届まで出したのに結局出てこないと思っていたスーツケースを持ってきていなかった。3泊4日の旅で持ってきたのは結婚式に着るスーツと下着と洗面用具と薬だけ。そのほかの着替えなし。まあ、冬だし、おじいちゃんだし同じ服でも本人は全く困った様子もなかった。2日後、空港の近くのホテルに移動した。朝ごはんの後に、チェックアウトするからと言ってあったのに、ロビーへ降りてきたら荷物を持っていない。「どうして、チェックアウトするって言ってくれなかったの?」と私が責められた。
その他にもびっくりするようなことが4日間の間に何度も何度もあり、飛行機で一人で家に帰れるのかとても心配だった。
幸い、帰りは乗り換えの空港まで同じ飛行機だったけど、問題はその後起きた。
乗り換えは問題なくできたけど、最終目的地の空港について、そこから予約しておいたシャトルで家まで送迎してもらうことになっていた。ところが、シャトルの会社名も、予約番号も、電話番号も何もかもなくしてしまって、空港で2時間立ち往生したらしい。空港の人がいろいろ手を尽くしてくれたけど、結局またお金を払ってシャトルに迎えに来てもらったらしい。予約番号をなくしたなら、すぐにほかのシャトルかタクシーで帰ればよかったものを。。。と思う。しかも、その日の朝チェックアウトの時も10時にチェックアウトするって言っていたのに、おじいちゃんの部屋に電話しても出ない。心配になって探したけど、見つからずどうしたものかと思っていたらフロントから電話で「お宅のおじいちゃんが…」と言われ慌てて迎えに行った。どうやら、飛行機代とホテル代とクレジットカード支払いと現金払いとすべてが頭の中で混乱してしまったらしい。とりあえず私たちの部屋に連れてきて朝ごはんを食べるように言ったけど、本人はあまりに混乱状態で何度も「誰がホテル代払ったの?」「ホテルが2倍お金を取った」などなど言って食べられる状態じゃない。結局、空港についてやっとシリアルバーを一本食べたけど、きっとその後は夜まで何も食べられなかったと思う。
今は一人暮らしのおじいちゃんだけど、とても危険だって事がわかったのでお姉さんがおじいちゃんの家に行ってくれることになった。
ここからでも、お姉さんの家からでも車で6時間はかかる。おじいちゃんの近くにはお兄さんが住んでいるけど、忙しいからそうそう様子を見に行ってもらえない。できれば我が家かお姉さんの家の近くに引っ越して老人ホームに入ってもらうよう説得する予定。
いづれはこんな時が来るとは思っていた。おじいちゃんは82歳だから、仕方がないけど、今の家に引っ越してTVも見ず、誰とも話をしない、外にも出ない生活が3年も続いた。わからないけど、人が嫌いになってしまったらしく、隣の94歳の寝たきり老人が唯一の話相手だそうだ。隣の老人を医者に連れて行ったり、スーパーに連れて行ったりしていたらしいけど、よくそんなことができたものだと思う。事故に合わず、帰り道がわからなくなることもなく、無事で本当によかった。
これからが大変になるんだろうな~…。
あまりのボケぶりにびっくり仰天した。
もの忘れの域を完全に超え、認知症も超え、アルツハイマーだと思う。
5分前に言われたことを完全に忘れ、何度も、何度も同じことを聞いたり、簡単な説明をしても理解ができない。
脳が委縮するとこうなってしまうのかと私は正直とても恐ろしくなり、ボケ防止に一番いいといわれている運動...と言っても歩くだけを始めた。
毎日、毎日、「やだな~、明日にしようかな~」との思いと戦いながら最低1.6キロ(アメリカではちょうど1マイルなので)歩くようにしている。冬は暗くなるのが早いから夕食後は外はもう真っ暗。歩く気が全然起きないのだけれど、「日焼け止めを塗らずに外に出れるのだから喜ぶべき」と考えて外へ出る。幸いここは温暖で寒くないし歩くのには最適な環境だから、歩けない理由はただのレイジーとなってしまう。
それはさておき、私はボケた老人と接したことが今までほとんどなかった。
私の祖父母はボケなかったし、母方の祖母は96歳まで生きて、少しボケたらしいけど、私が会いに行ったときはそれらしき行動はほとんどなかった。私が若くして日本を出たからそのおばあちゃんとは大人になってからたまにしか会わなかったから、ボケ具合がわらなかったのかも知れないけど。
さて、うちのおじいちゃん(義父)、まず飛行機で到着したときに預けた荷物が出てこないと言うので航空会社に紛失届まで出したのに結局出てこないと思っていたスーツケースを持ってきていなかった。3泊4日の旅で持ってきたのは結婚式に着るスーツと下着と洗面用具と薬だけ。そのほかの着替えなし。まあ、冬だし、おじいちゃんだし同じ服でも本人は全く困った様子もなかった。2日後、空港の近くのホテルに移動した。朝ごはんの後に、チェックアウトするからと言ってあったのに、ロビーへ降りてきたら荷物を持っていない。「どうして、チェックアウトするって言ってくれなかったの?」と私が責められた。
その他にもびっくりするようなことが4日間の間に何度も何度もあり、飛行機で一人で家に帰れるのかとても心配だった。
幸い、帰りは乗り換えの空港まで同じ飛行機だったけど、問題はその後起きた。
乗り換えは問題なくできたけど、最終目的地の空港について、そこから予約しておいたシャトルで家まで送迎してもらうことになっていた。ところが、シャトルの会社名も、予約番号も、電話番号も何もかもなくしてしまって、空港で2時間立ち往生したらしい。空港の人がいろいろ手を尽くしてくれたけど、結局またお金を払ってシャトルに迎えに来てもらったらしい。予約番号をなくしたなら、すぐにほかのシャトルかタクシーで帰ればよかったものを。。。と思う。しかも、その日の朝チェックアウトの時も10時にチェックアウトするって言っていたのに、おじいちゃんの部屋に電話しても出ない。心配になって探したけど、見つからずどうしたものかと思っていたらフロントから電話で「お宅のおじいちゃんが…」と言われ慌てて迎えに行った。どうやら、飛行機代とホテル代とクレジットカード支払いと現金払いとすべてが頭の中で混乱してしまったらしい。とりあえず私たちの部屋に連れてきて朝ごはんを食べるように言ったけど、本人はあまりに混乱状態で何度も「誰がホテル代払ったの?」「ホテルが2倍お金を取った」などなど言って食べられる状態じゃない。結局、空港についてやっとシリアルバーを一本食べたけど、きっとその後は夜まで何も食べられなかったと思う。
今は一人暮らしのおじいちゃんだけど、とても危険だって事がわかったのでお姉さんがおじいちゃんの家に行ってくれることになった。
ここからでも、お姉さんの家からでも車で6時間はかかる。おじいちゃんの近くにはお兄さんが住んでいるけど、忙しいからそうそう様子を見に行ってもらえない。できれば我が家かお姉さんの家の近くに引っ越して老人ホームに入ってもらうよう説得する予定。
いづれはこんな時が来るとは思っていた。おじいちゃんは82歳だから、仕方がないけど、今の家に引っ越してTVも見ず、誰とも話をしない、外にも出ない生活が3年も続いた。わからないけど、人が嫌いになってしまったらしく、隣の94歳の寝たきり老人が唯一の話相手だそうだ。隣の老人を医者に連れて行ったり、スーパーに連れて行ったりしていたらしいけど、よくそんなことができたものだと思う。事故に合わず、帰り道がわからなくなることもなく、無事で本当によかった。
これからが大変になるんだろうな~…。