今日 気づいたのでお届けします。
 
 
 
 
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祈る時、願う時、懇願する時、助けを乞う時、
命乞いをする時・・・
人は同じポーズをとる。
「手を合わせる」
 
 
 
東洋では感謝を示す時や
他者に敬意を表す時も同じ仕草をする。
 
 
 
この動作はなんなのか?
 
 
 

 

 

 
 
=以下、私が気ついたこと=
 
 
 
片方の手は三次元存在の「私」:自身
 
もう片方の手はボディの細胞内に存在している
創造主の「我」:自神
 
 
 
 
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「私」は目の前の三次元に振り回されつつ、
物理的に何かを創り出すこともできる。
 
 
 
しかし時間と重力に影響され、
能力には限界があり、寿命もある。
 
 
 
「我」は無限の力と機能を持ち不滅の存在。
しかし人生における選択は「私」に任せている。
 
 
 
表には出て来ず、アクションは裏方であり、
役割半分の立場にある。
 
 
 
これらを同時に合わせ持つのが人間。
 

 

 

 

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でも、
「私」と「我」が手を合わせることで、
卓越した何かを生じさせることができる。
ことの大小に優劣はない。
 
 
 
「私」と「我」が手を取り合うことで、
無限の創造性を三次元に具現化し、
それを体験できる。
 
 
 

 

 

 
 
 
つまり、
”手を合わせる”行為の真の意味は
 
 
 
三次元に生きる自分「私」と、
その細胞の中に存在する「我」が
”手を繋ぎ、手を取り合う”という意味。
 
 
 
この動作は、
神職者や、偶像や、教義に、
教えと助けを乞うためではなく、
 
 
 
自身が自神と結ばれるための
祈りと同時の達成・成就のポーズだったんだね。
(╹◡╹)
 
 
それではまた。
 
 
 
 

 

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