

おはようございますー!
今日はチカチカしたい気分
すっごく好きな話があって
かりゆし58の前川真悟さんの話
あの名曲「アンマー」
周りに「いいね」って
たくさん 評価もらってたとき
前川さんは恥ずかしくて
謙遜してたらしい
自分の親に対する曲だしね
照れくさい感じ、わかる
でもね、そんな時
沖縄の芸歴50年の
三線弾きの先生に
言われたんだって。
「音楽っていうのは、
まだ形を成していないだけで、 もともとそこにあるもの。
それをあるべき姿で蘇生させるのが音楽家の役割であって、
お前は作ったんじゃない、
助産したんだよ」って。
この話知って、
これって音楽家だけに
限ったことじゃないなって思った。
絵描きもだし、
あらゆる仕事、 表現、行動、生き方、言葉…
すべてに言えることじゃないかって。
わたしら人間は
つい自分を自分で評価したり、
人間同士で評価したがる。
あれはダメだとか、
これはイイとか。
それは、
「自分」がやっているから。
と思い込んでるけど、
ほんとは、
ただ助産してるだけ。
かりゆし58のこのエピソードでも、
生まれた子どもを 「かわいいですね」と言ったら、
助産師に
「たいしたことないですよ」って言われたらどう思う?
みたいなこと言ってて、
ほんまそうだなって、思う。
自分自身の存在自体もそうだと思う。
わたしたちは、
わたしたちを助産してるだけ。
あらゆる生き物や植物の命をいただいて、
酸素を吸い込み、
それを体内の細胞や内臓、
脳たちが栄養になるように
指令、 処理してくれてる。
「わたし」は「わたし」を 作っていない。
食べたり、好きなことをしたりして、
生命維持のために、
心身の栄養を摂取する 手助けをしているだけ。
そう感じたら、
じゃあ「わたし」ってなに?てなるんだけど、
まーこれが世界中の 化学や心理学や宗教など、
あらゆる分野で探究されているわけで
でも、それこそ頭で考えたって わかるはずもなく、
実体験として感じるしかないんだと思う
だから、
自分のここが嫌だ とか
あの人のあっこがダメだ なんて
ほんとはお門違いなコメント
わたしたちは
助産してるだけ
その感覚を 忘れないように
わたしは毎日
絵を助産していたい

