※この物語は、生まれながらに不安障害を持った男が、2018年頃から現在に至るまでに辿った『実話』である。

 

 

 なおプライバシーの関係上、全ての人物は偽名とする。

 


〈前回のお話〉

 




《第111話  仕事に底辺とかあるんですか?》

 

「底辺な仕事ってどういうことですか?」

 

 これまで溜まりに溜まったものが吐き出たんだと思う。

 

 俺はアツくなっていた。

 

 周りが見えないくらいに。

 

「何だテメエは?」

 

 あ? と、大島が口を大きく開けて威嚇する。

 

「単純な仕事しか出来ないのが悪いんですか?」

 

 大島は鼻で笑って、

 

「フツーに生きてりゃそんなバカのする仕事しなくて済むだろ」

 

 フツーに生きてりゃ、か。

 

 ミナミみたいなこと言うな……。

 

「そんなのおかしいですよ……」

 

 フツーに生きていけない人だって居るの知らないのか?

 

「フツ―に働けてるだけで凄いことなのに……」

 

 働きたくても、フツーに働けない人だって居ることを、知らないのか?

 

「なんでそうやってバカにするのか分からないです……」

 

 どいつもコイツも。

 

「どんな仕事でも働けてるだけで凄いのに……」

 

 フツーフツーフツーって。

 

「仕事に底辺とか無いと思います……」

 

「あるね」

 

 大島はキッパリ言い切った。

 

「だから格差があるんだろうが。バカじゃねえの?」

 

 言われてカーッと来ていた。

 

 久しぶりに『怒り』という感情が臨界点を突破していた。

 

 今にも大島に突っかかりたかった。

 

 大島に、一泡吹かせるくらいの言葉を浴びせたかった。

 

 でも、今現在もそうだけど、俺には無かった。

 

 それに対抗できる言葉が、思いつかなかった。

 

 俺は涙が出そうなくらいな悔しさと、怒りに縛られて、何も言えず、大島を睨み付けることしか出来なかった。

 

「僕は大丈夫ですよ」

 

 その、新垣さんの柔らかな一言が、俺をソッと冷却してくれた。

 

「大丈夫です。仕事に戻りましょう」

 

 新垣さんは、俺の手首を取って、強引にその場から引き離した。

 

 その最中で、大島が勝ち誇った顔をしているのが見えた。

 

 それは殴りたくなるほど憎たらしい顔だった。

 

 

               【第112話に続く】