※この物語は、生まれながらに不安障害を持った男が、2018年頃から現在に至るまでに辿った『実話』である。

 

 

 

 なおプライバシーの関係上、全ての人物は偽名とする。



〈前回のお話〉




 

 

 

《第84話  謎の少年》

 

 

 

「あ、いえ、A社です」

 俺は咄嗟に答えてしまった。

 

 まあ、見た感じ彼はフロントの人じゃないだろうから、大丈夫かな。

 

「そうでしたか。あまり見かけませんね。入ったばかりですか?」

 

「……はい。ついこの間……」

 

「そうですか」

 

 彼はニッコリと微笑んだ。

 

 彼の微笑みからは、癒しの波動というか、周りにアロマを焚いたような雰囲気が出ていた。

 

「お仕事には慣れました?」

 

「いえ、まだまだです。ええと」

 

 彼のことをなんて呼べば良いんだろうと、俺が言葉に詰まっていたら、

 

「僕は新垣(にいがき)といいます」

 

 彼は心を読んだかのように名乗ってくれた。

 

「お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

「あ、はい。ボクは和泉です、よろしくお願いします」

 

 俺が頭を下げると、新垣と名乗った少年は笑顔と共に小さく頭を下げた。

 

 見た感じ、俺よりかなり若いのに、凄くしっかりしてるなあ。

 

 気遣いだったり、言葉遣いとかも。

 

 俺とは違って普通の人生を辿って、社会に出たからかな……。

 

 その若さで一般常識を身に着けている新垣さんが、羨ましく思えた。

 

「新垣さんは、F社の人ですか?」

 

「すみません、それは言えない約束がありまして」

 

「へえ……そうなんですね……」

 

 ……なんかどっかで聞いたぞそのセリフ……。

 

 どこだっけーと俺が考えていると、

 

「引き留めてすみません。では、僕はこれで失礼します」

 

 新垣さんが少し焦った様子で言った。

 

 そして丁寧に頭を下げると、新垣さんはカードキーでエレベーターを動かし、上の階に消えていった。

 

(んー、まあいっか)

 

 にしても本当にしっかりしてるなあ、と思いながら、俺は2階の事務所に戻った。

 

 

              【第85話に続く】