関東在住、アラフォーワーママizumiの
7歳(小1)・3歳・1歳の3人兄弟の育児ブログです!

毎日の家庭学習、おうち英語(DWE)
お出かけや趣味のキャンプについて記録しています。


続きです指差し



お正月の丸の内ランチのときにレストランから皇居が見えたんですが、天守閣がないはずの皇居(江戸城)に「天守のようなもの」が見えたんですね。



もちろん見逃さない歴史好き小1長男!



私もそんなのがあるとは知らずびっくりして

「あれ何!?行きたい!!」「行こう行こう!」となりまして!


さっそく旦那さんは「天守っぽいのは事前予約制らしいよ!」と調べてくれまして!




でも大阪城みたいなわかりやすい観光の目玉(天守閣)がないお城跡を、素人だけで楽しめるか自信がなかったので…




じゃらんで見つけたガイド付き見学ツアーを予約ーーー!

↑サムネはガイドのおじいちゃん!(チビたちにも優しくてめちゃくちゃ良い方だったニコニコ




ランチの翌週に行ってきましたーーー!!

江戸城ーー!!!





お堀を渡る前からすでに楽しい



大手門前で待ち合わせ。

年配の男性、年配のご夫婦、子連れでワチャワチャの我が家、の計9人でのガイドツアー!




まずお堀の手前にある「大手門」の看板の解説から!



江戸城には「大名登城」と言って全国から大名が挨拶に来たんだけど、その様子を描いた絵がこの看板に載ってます。



お堀を渡る前で「下馬」、つまり馬を降りないといけなかったので、よく絵を見てみると…




たしかに馬を降りて橋渡ってる!

そして挨拶が終わるのを待っているお付きの人たちが橋の手前にたくさん!
この待ち時間に世間話や噂話をしていたことが、「下馬評」の語源なんだとか。


へええーーー!!!



ではお堀を渡って、たくさんの大名が登城に使ったであろう大手門へ!





立派な門。

さっきの看板に門の建設は藤堂高虎って書いてあった!(築城の名手。長男が好きな武将の一人)



ここでのポイントは…




橋を渡って一の門から二の門に直角に曲がるこの形!

侵入してきた敵の勢いを削ぐ(そして側面から銃撃できる)枡形・枡形虎口と呼ばれる城の防御構造だそうです。


ちゃんと狭間(鉄砲で狙う用の壁の穴)もあった!





門をよく見ると、窓の上下に走る白い板が。



ただの白い板にしか見えないけど、これ実は…




丸に二本の横線が入った足利家の家紋から来ているのでは?という説があるんだとか!!



えええーーー!!本当??(笑)



徳川家の江戸城がなんで足利家?って感じですが、室町時代から戦国時代までずっと将軍といえば足利家だったわけで、正統な将軍家に対するリスペクトの意識もあったんじゃないかと。


なるほどすぎる…





この門を側面から見てみると



天皇家といえばの「菊の御紋」!!



もともとは徳川家の「葵の御紋」だったのですが、明治維新で菊の御紋に変えていったそうです。


目立つところにある家紋はほとんど菊!

でもちょっと表通りから離れたところや皇居の外れのほうになると…




あった「葵の御紋」!!笑い泣きキラキラ

こんなふうに菊に変えられず残ったままのところも!



↑ちなみに手前に並んでる「3つの勾玉をぐるっと円で囲んだ瓦」は火除けのおまなじない。

これは「トーハクキッズデー」の建築ツアーで履修済み!




火除けといえば



門のてっぺんにはしゃちほこ、たくさん並んだバームクーヘンみたいなのは「青海波(せいがいは)」という日本の伝統的な幾何学模様。


どちらも水にちなんだ装飾なので、ここにも火除けの願いを込めたのでは、ということでした。




そう、昔の江戸は本当に火事が多くて!!

天守閣が燃えてしまったのは「明暦の大火」。



これ長男が「明暦の大火!」と答えておじいちゃんに「よく知ってるね!」と褒められご満悦だったのですが…



何を隠そう今週の「歴史探偵」がまさに江戸の火消しについてだったからーーー!!(笑)

あ!13日午後11:50再放送!



(めちゃくちゃ面白かった)






さて、大手門から入って現在地こちらです。


全然進んでない、ブログが!!!(笑)





交換した石垣どーれだ?



少し先に進みまして続いて見えてきたのが…





立派な石垣!!

なんと一番大きい石で35tもあるそう…!


よく見ると黒い石と白い石がありますが、黒い石は伊豆半島から、白い石は瀬戸内の小豆島とかあっちのほうの産地だということです。





歩道にいきなり現れたこの巨石は何かというと、もともと石垣だったもの!!



ん??もともと石垣だった???


なんと石垣、修繕で一度解体し、もろくなってる石は新しいのに取り替えてまた組み直してる(!!)んだそうです。



え、えええーーーー!!!



現代でこの組み方ができるの!?って一瞬思ったけど、そうか…江戸時代にできるなら現代でも再現できるか…

いやそれにしても相当大変な作業では…??





3歳次男と比べるとこの大きさ!!




一番下の石を交換した場合は



こんなふうに埋まってた下半分は色が違ったりします。ってか半分埋めてるのね!?




交換したってことはまったく同じ形の石をまたはめ込んでるってことで、どれが交換した石かみんなで見つけたのですが




わかりやすかったのはこれーーー!

なんか周りから明らかに色浮いてる(笑)




石垣からは学ぶことがほかにもあり




黒い不穏な模様が入ってしまったこちらは火事で燃えた跡。

江戸城は5〜6回火事に見舞われたって言ってたかな?





縦筋が入っているのは江戸城の石垣に見える特徴の一つで、あえてデザインとして工具で縦線を入れているんだそう!


でもよく見るとたまに横線になってるのもある(笑)




横から見るとすこーしだけ膨らんだこの石の積み方は「江戸切り」。


調べてみたらこれが江戸の「粋」な美しさなんだそう。すごく難しい技術だったようで、江戸の最高峰の職人技術の現れだったんだとか。





天守っぽいものの正体!



歩道に何気なくあいた丸い穴はここに柱が建っていた跡!ここを抜けると…




きれいに整備された広い歩道に出ました。

ベビーカーでも楽々!



この「道の広さ」こそが江戸時代の平和を表しているんだそう。


確かに!

こーんなに道が広かったら、戦国時代だったら敵に攻め込まれ放題!


こういったところからも、江戸城は防御力はあまり考慮されておらず、ただただ「権威の象徴としての城」だったことがわかります。





この坂を登っていくと…



本丸跡に到着!




わー!

だだっ広い野っ原!!←


千代田区1丁目1番地がこんな空が開けた都会のオアシスだったとは…






なんと果樹園もあって立派な柑橘類がたーくさん!もちろんとっちゃダメだけどすごくいい香り!



ここで行ったのが…



あったーーー!

レストランから見えたのはこれ!

「富士見櫓(やぐら)」。



ここも明暦の大火で焼失したけど再建され、天守の代わりとして使われていたんだそう。


今回は外からだけだったけど、事前予約で富士見櫓は見学できるようです。(中には入れないっぽいから、予約すると正面から見えるということなのかな?)




白い壁は漆喰でできていて、当時漆喰の原料として大量の石灰岩が必要になったんだとか。



石灰岩といえば鍾乳洞で、東京でも多摩地区や西の方に鍾乳洞ってけっこうある!

なので西の方から江戸城に向けて大量の石灰岩を運ぶために整備されたのが……「青梅街道」。


えーーーー!!!

青梅街道にそんな歴史があったなんて!!






続いてこちらは「松の大廊下跡」!


忠臣蔵の吉良上野介(きらこうずけのすけ)が切られたのがここ!



って周りは「おお〜」みたくなってたんだけど、私と長男はまだそこまで辿り着いてないやつ(笑)


戦国時代と幕末ちょろっとだからまだ忠臣蔵はピンと来ない…





広場の真ん中にあったのは「午砲台跡」。

ここで正午を知らせる空砲を打っていたんだそう。






…ダメだ終わらない!!(笑)

(うん知ってた)




まだまだ書きたいことあるので、続きますーーーーー!!!






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