みなさんは、12歳までの子供の頃、一番楽しかった時期っていつですか?

私は4歳まで愛媛県の八幡浜ってとこに住んでいたんだけど、そこでの記憶と、小学1、2年生の時。

 

小学1、2年の時は、親友がいてね。HちゃんとMちゃんとしておくけれど、特にHちゃんと仲が良くて、家も近くていっつも遊んでいたんよ。

ところがそのHちゃん、小2の学年末に、遠いところに引っ越してしまって。

 

ショック冷めやらぬままで小学3年のクラス替えを迎えたんだけど、もう1人中の良かったMちゃんとも別のクラスになっちゃうし、そこから何だか友達関係がうまくいかなくなっちゃってね。

だからこそ、Hちゃんのことが本当に懐かしくて、帰ってきてほしくて、ずっとずっと思いを馳せていたんよ。

 

そうしたらある日、そのHちゃんが戻ってくるってことを聞いてね。中学2年の終わり頃だったと思う。

転校前のHちゃんと面談をしたという先生が、その時に私の名前が出たからって直接聞いてくれてさ。

残念ながら同じクラスじゃないけどよろしくなって言われて、本当に楽しみにしてたんよ。

 

 

引っ越してきた家も、前ほどじゃなかったけどまあまあ近かったし、確か、電話番号を聞いたのか、住所を聞いたのか忘れたけど、登校する前に連絡をしたと思う。一緒に登校しようって約束してさ。

本当に本当に嬉しくて、また前みたいに楽しい時間が過ごせるんだって思って。

 

その頃には、確か私は友達もできていた頃で、学校も楽しくなってたと思う。だからこそ余計に嬉しかったんだと思う。

 

ところが、転校してから戻ってくるまでの間に、Hちゃんは、不登校になっていたみたい。

 

 

彼女は何も言わなかったし、学校の先生からも何も聞かなかった。

でも多分、「よろしくな」みたいなことを言われたのは、そういう事情があったからだったんじゃないかと、今では思う。

 

 

次第に待ち合わせに来る時間が遅くなり始め、しまいには痺れを切らして電話をかけても、「先に行ってて」と言う。

言われた通り、先に行けばいいのに、妙な正義感に取り憑かれた私は、「なんで?待ってるよ。いつ頃なら来れる?」とか、「迎えに行ったら行ける?」とか、とにかくしつこく、どうやったら学校に行けるのかを質問責めにした。

 

 

次第に、もう1人、一緒に登校していた友達からも苦情がきたり、私も多分、めんどくさくなっていったんだと思う。

連絡も間遠になってしまい、迎えに行くことも、待ち合わせを待つこともなくなり・・・・。

 

そのまま彼女は、私の世界からいなくなってしまった。

 

 

今なら本当にいろんなことを思う。

でも何より、一方的な正義感を振りかざされ、彼女も、彼女のお母さんも、とても苦しかったのではないかな、と。

 

 

私も小学生の頃、毎朝お腹が痛くなり、それを我慢して毎日必死に登校していた。

もしかしたら同じ頃、Hちゃんも苦しんでいたのかもしれない。

 

 

結局その中学は卒業したのか、その後どんな人生を歩んだのか、分からない。

でも彼女との後味の悪い思い出は、しばらく私の中に、小さなトゲのように刺さっていた。

 

すっかり忘れていたけれど、もしかしたら、私が今不登校に関わり続けているのは、この思い出があるからかもしれない。

 

 

 

 

 

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