朝は
お天氣雨で
虹を探しに行ったけど
見つからなかった
東京では
北の空
地平近くに
くっきりと見えたそうです
青空になって
また
曇ったりしながら
お昼頃は
太陽光が
じりじりと
真夏のように熱く輝いて
雲の形状は
刻々と
様々に変わっていき
ときおり
彩雲になったりもしました
雲のなくなった午後3時頃
青空の真上
遥か彼方に
三日月がありました
夜
テレビで
3月11日の星空のことを
放映していました
こんな残酷な状況なのに
なんで
こんなに美しい星空
流されてた人達が
星になっているんだから
きれいと思ってはいけない
たくさんの人が亡くなって
星になったから
こんなにたくさん
こどもが
空を見て
って言うから
こんなときに何を言ってるんだ
と
思ったら
見たこともないような
もう
星がたくさん
星がきれいで
やっぱり
励まされました
星が瞬くと
あー
娘だな
孫だな
って思うんです
8年前の星空を
ひとりひとりが
どう感じたのか
そして
その後
夜空を見上げて
どんな思いがあるのか
到底計り知れないけれど
人は光
と
みんな
知っているんじゃないか
人は
本当は光
と
理屈なしに
そう感じているんじゃないか
と
思いました
人の
本性は光
永遠の輝き
空高く昇って
星になって
大切な人を
見守って
励まして
寄り添う
美しい光
そうならば
体があって
生きているワタシタチも
体があるうちに
生きているうちから
光になってみてもいい
星空から
自分を見てみよう
そんなふうに想像してみよう
かけがえのないワタシ
いつもがんばってるね
愛おしいワタシ
どんなときも宇宙一カワイイよ
自分を大切にしよう
本当にようやっとる
って
わかっとるよー
星空から
大切な人を
見守っているのを想像してみよう
遠く高い空から大切な人を見つけたら
優しくしよう
優しくしたい
目の前の人に微笑もう
笑顔で声をかけたい
光ごっこ
やってみたら
アナタも
ワタシも
そこにいてくれて
元氣にいてくれて
ありがとう
という
氣分になった^_^
あの頃
ワタシの父は
地震のアラームを
まったく怖がらなかった
認知症のおかげで
ボケボケだったから
アラーム鳴っても
余震が来ても
慌てずにいてくれて
その佇まいのおかげで
アラーム鳴るたびに
あたふた震え上がる
ワタシの恐怖心が
ちょっぴり落ち着くのだった
たぶん
そのときから
父との和解が急速に進んだのだろう
介護って
もう本当にイヤって思いながらも
大変なのは大変なままでも
父がそこにそうしているだけで
ワタシは救われているんだ
と氣づいたから





















