- 前ページ
- 次ページ
梅雨があけるまでは息苦しい。湿度のせいなので、我慢して待つしかない。そんなとき、定期的にやってくる訪問の業者が、どこが悪かったのかと、訊ねてくれた。わたしの頭のなかで、病名の選別がはじまる。
大岡昇平が、9つの病気をもっていると、たしか『成城だより』に書いていた。そのまねがしたくなった。それほどの病もちではないが、
「圧迫骨折」なら、すっきり伝わるだろう。すかさず返事がもどった。
「ぼくもやりましたよ。椅子から落ちて」
聞いてみよう。
「どのくらいで治りました? 薬は、何飲みました?」
「薬は、捨てちゃったです」ふっと息が抜ける。
「薬なしで、どうして治しました?」
「毎晩、エイッと、アルコールで洗って」。そんな治療法ってあるのかなあ。
「どのくらいで、治りましたか」「ひと月と聞いていたのが、ふた月はかかりましたよ」飲んで、流して、と破顔一笑。
時を動かしているのは、だれだろう。『幼年期』や『少年期』を読み『老年期』は、勉強仲間とくりかえしページをめくった。それらの本は、興味のある読み物だった。いまはこれらの本は、みな人の生涯をつなぐ本として、ながめるようになった。むかしより身近に、接近したり、遠のいたりする。つくづく思わされる。人間の生涯は長い。「人にまどわされないように」という警告はバイブルにあった。そうはいっても、人ではない恐怖にまどわされている。暗闇の中で、身体はいつか、崩壊する。そのような想像をしてしまう。
これは精神の崩れの予兆かもしれない。崩れないものは、この世にはないのだから。