傲慢さ

他者に対する不平不満がある時、人は傲慢になっている

と言うことをある方のブログ記事で拝見しました。


確かにそう。
以前の私がそうだった。


ゆっくりな相手のペースを尊重することをせず、自分のペースが乱されることに苛立っていた。

正に、相手に対する不満があり、自分のペースにしたい!という傲慢さがあったのです。



こっちは時間がないんだから!時間を取らせないで!
他にも皆待っているのに、なんでこの人はこんなに時間が掛かるの?
こっちは皆のために早く回そうとしてるのに、この人ときたら!まったくもう!
と、憤慨していた。



相手に○○をしてあげている。という気持ちが大きくなり(今回は「待ってる皆のために早く回そうとしてあげている」)、自分を正当化し、傲慢になってしまう。

すると、そんな態度を取られた相手は嫌な気分になり、そんな振る舞いをした自分自身も後味が悪い。
そもそも、イライラすること自体苦しい。


誰も得しない。
損ばかり。


傲慢とは自分では気付きにくいもの。
特に、自己利益や保身目的でなく「相手のために」と言う思いがあると厄介。

自分の行為を正当化し、正義だと勘違いしてしまう。
そこに傲慢さがあるなんて微塵も思わない。




さて、なぜ私がその傲慢さに自分で気づいたのか?

それは、人の振りを見たから。
上司の落ち着いた素振りを見ていて、はたと気付いたのです。


別に、そんなに急ぐ必要なんてなかったんだ。
皆待つのは嫌だろうけど、待ち時間が長いことは承知で来ているし、スタッフの慌ただしい対応を誰も求めていない。
待ちくたびれているからこそ、接してもらうときには優しさや誠意を見せてほしい。と、思ってるんじゃないだろうか。
…………おや?そうすると、今までの私の苛立ちや、セカセカした言動は滑稽ではないの?
○○してあげてるのに!と思っていたけれど、ただの押し売りに過ぎなかったんじゃない?


と、他のスタッフの表情や声のトーン、言葉掛けを見ていて気付いたのです。


命に関わる救命時にはそんな事は言ってられませんが、日常の業務では相手を尊重した態度や声かけをしたいものです。😌✨