今日はじょうじ15歳の誕生日なんです。
私がこの世で一番大切な日が6月4日。
丈司に感謝と愛と、勇気と笑顔を届けるぞ!

なんの因果だろうかと、自分を、そして自分の過去の過ちの報いを受けているのだろうかとさえ、
当然思い、考えることも多々ありました。

昔の私ならば、そこで悩み苦しみ、
自分を追い込んで行っただろうなあ、とも
想像もつく。

しかし、、

今の私はなんかもう違います。

今、この経験をさせてもらえた事、
それは、わたし自らが望んだ事だな、と
なぜかしっくり感じて分かる、、

愛情に飢えて育った為に
20代あたりは愛ばかり求めて、
愛されたいばかりだったなあ。

しかし、
いつしか愛されたいじゃなく
愛溢れているのは自分、私だと気づく。
愛したい、愛したい、愛したい、
そこへ丈司の誕生。

誰でも愛したいわけじゃない、
じょうじを愛したい!
そう、じょうじを愛したい!って
なんだか、自分が生まれる前から
じょうじを愛したくて私は生まれたような
感覚でもあります。


じょうじは、兄弟など欲しがらなかった。
お兄ちゃんとか、妹とか欲しくない〜?
と聞くと、いらない!だった。

そんな、じょうじの僕だけを愛して
私はただただじょうじを愛した〜。
ずーっと見つめっぱなしなくらい、、

あんまり見つめていては、嫌かな?と
思って見ないふりしてたけど、
ほんとはずーっと見てた(笑)

じょうじの恋だって全力で応援し
本当に嬉しかった。

私はただただ、じょうじを愛してる。

なんて幸せなんだろうか、、
ありがとう。

今日は、じょうじの15歳の誕生日。
今日は、私がじょうじのママになれた日。

じょうじ15歳、
じょうじのママになり15年。
ありがとう。

あれからシルバー、バーチの霊訓という本に
出会いました。

どこを読んでも、最高な指針であり
どこを読んでも違和感がなかった。

チャネリング(霊界との交信)にも
ピンからキリまであるみたいですが、
その中でも最高に優れた通信だとか、、、


どこかの宗教ではなく、
宗教への捉え方も、、こんなふうに
書いてあった。
形ばかりになりおかしい、、と書いてあり
なるほど!!ほんとにそうだ!と私は思い、

そのような仰々しい形よりも、
亡くなった方への心からの思いのが
正解だという箇所に大きくうなづき
さらに読み進めています本です。


今日、目にした箇所を抜粋しておきます。

【私たちが闘わねばならない本当の敵は、
無用の心配です】

、、、、

じょうじの心配ばかりしてきたなあ、、
亡くなってさえも、、
心配で心配で、心配は、心配を呼ぶ!!
といくらわかっていても、
あの世がわからないだけに
やはり心配してしまう、、、



しかし、
もう、、ほんとに心配はやめるね。
愛して愛して、優しく包む愛にしとくわ。



ママより。