ネタまみれの底辺人生者が司法試験を受ける -3ページ目

ネタまみれの底辺人生者が司法試験を受ける

受かる可能性1% 続く可能性1% でも1%でも目指す そんないつ終わるかわからないブログです

自分が使える時間を極力勉強に割り当てた場合。

次は、持ち時間をどう使うか、何に使うかの優先順位の問題かなと。

 

例えば、

伊藤塾、アガルート、LEC、TAC、資格スクエア、etc..全部の講座を制覇!

司法試験が始まった時代からの年数すべての問題を制覇!

販売されてる基本書の全制覇!

 

そりゃ、やれれば理想ですよ。

でも、これらが仮にタダで全部できます!という環境にあったとしても、誰かやるやついる?という事。

そんな時間ねーよ!となるのが現実。

 

では、優先順位をつける根拠は何か。

その時に重要になるのが「自分の現状を知る」。

つまり、自分の問題点を知ることで、一番有用なところ(費用対効果が大きい所)に時間を使うようスケジュールしたほうが良いということ。

刑法得意だけど民法苦手な人がそれでも刑法ばかりやったり、初学者で予備校テキストのみ読んで六法引いたことも無いような人が調査官解説を読んで悩んでたり。

果たしてそっちの優先度は高いのか?ということ。

 

問題が解けない時、なぜ問題が解けなかったのか。
読み落としなのか、そもそも単語がわからないのか、条文を間違えたのか、判例の理解が足りないのか。
それぞれによって、やるべき内容は変わってくる。

結局はケースバイケースってところなんですね~。

「当該自分」における、スケジュール項目の優先度の必要性・緊急性・相当性を総合的に判断して考慮するっと。

そして重要になるのが「スケジュールは生き物」。
時間が経つにつれて計画が狂うのは至極当然の摂理。
ただし、狂ったからといって計画を全部捨ててしまうのはダメ。絶対ダメ。
廃棄はダメだけど更新はOK。
勉強気力を削らない程度に反省点をしっかり認識し、改善していくことが必要。

よくよく考えたら、品質管理検定でもある「なぜなぜ分析」や「PDCA(Plan,Do,Check,Action)を回せ」なんですよね~。

という自分への戒め。

ゆえに、勉強し続けるのである。

 

ここで重要なのが、「馬鹿であるがゆえに勉強しても無駄だからしない。」ではないという事。

周りを見ていると圧倒的にこのパターンが多い。

 

自分が馬鹿だと言うのは色んな意味でも用いられるが、勉強をするモチベーションのために言うことは有用だと思う。

 

「受かるために、どんな勉強したらいいですかね」とたまに聞くが、じゃあ貴方は通勤時間や休憩時間に何をしてますか?という話し。

その際に出てくるのが「通勤時間だと集中できなくてor家じゃ勉強する気がおきなくて」という抗弁。

 

その挙句、努力して成果を出してる人に対して「頭がいいから」とか「才能がある」ということを平気で言う。

なぜか、その人が「努力」してる事を無視して「才能」という言葉で結論を出している。

そして、その人が「努力」してるんだよって事を言っても「それだけの努力をできる才能があるんですね」と、なかなか努力を認めない。

こうしてみたらどうですか?という提案も「いや、俺にはそんな努力の才能ないし」と言ってくる。

才能があると見える人らが全く苦しくないとでも思っているのだろうか。

これを聞いた時、自分はその人の「努力」を全部無視しているようにしか感じない事が多々ある。

 

その人がものすごい人に見えても、実際は貴方の気付いてないところで凄い努力したり、もっと前から努力してるだけなんだよ。

そう思うのである。

 

だから私は「才能」という言葉の使われ方が嫌いである。

1年目(2016年) 短答落ち

今年も落ちそう。がんばるぞい

 

現在は考える肢で刑法各論を勉強中です。

来週は民法「総則・物件」

再来週は民法「債権・親族」というように、1週間で1冊をやるペースでこなす予定です。

 

社会人なので、出張とか入ると一気に予定が崩れて萎えます。笑い泣き

 

1節やるごとに、近代警察社の「刑法概説」で定義や短答用知識を確認中。

 

ちな、not大学卒・notロースクールです。完全に0から始めました。

気づけば7科目の1周め終わってからもう1年経過。

予備校は資格□さんで講座を受けたのみで、一人孤独に勉強中。

 

改めて、条文の「文言」の重要性に気づいて、文言の定義、書いてある事、書いてないこと、趣旨からほとんどの答えが導き出せる事を実感しております。

 

1年目はさっぱり勉強方法が分からなかったので裁判所の判旨下線部部分を写経や、辰巳肢別の問題・解答を全部タイピングとかやってました。

印象としてはほぼ無駄な行為だったなぁと。

意味もわからず写経してると、内容を考えようとしないから、せめて4・5割くらいの理解をしてからやるべきでした。