静岡県伊豆半島北部の道路を研究していこう、というこのブログ

第40回のテーマは『県道熱海箱根峠線』です。

箱根町の気になる道路』の回で元々伊豆箱根鉄道の有料道路だった
・芦ノ湖畔の湯河原箱根仙石原線
・大涌谷下を通る大涌谷小涌谷線・大涌谷湖尻線
を取り上げました。

伊豆箱根鉄道の道路が県道になった例として忘れてはいけないのがこの路線
『県道熱海箱根峠線』です。
※もう1路線取り上げたいので近いうちに記事にする予定です。→ちら

『伊豆箱根鉄道 会社の沿革』によると
1932年 昭和07年 8月7日箱根峠~熱海峠間十国自動車専用道が7月15日完成、         箱根~熱海間バス営業開始〔駿豆鉄道(株)〕
1936年 昭和11年 11月25日 十国自動車専用道の舗装が完成
1964年 昭和39年 12月15日 〔伊豆箱根鉄道〕が箱根峠~十国峠~熱海峠間
         自動車道(十国線)を静岡県に移管、静岡県道になる
とあります(同社ホームページより引用)

<1・認定>
認定(昭和35年4月1日) ※認定時は『箱根峠熱海線』でした。
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区域決定(昭和35年4月1日)※幅員1.0m。マトモな道ではなかったと思います。
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※該当地番の場所については、データ集のところにまとめます。

さて供用開始ですが、昭和35年4月1日の時点ではされていないようです。
認定・区域決定ともに『三島浮島吉原線』と『足柄停車場富士公園線』の間に
ありましたが、供用開始はその間に何もありません。
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<2・伊豆箱根の有料道路が県道に>
続いて、昭和39年12月15日の告示です。
このタイミングで伊豆箱根鉄道の道路が県道として開放されました。
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道路の区域については『熱海市熱海紀ノ本375-4』までとなりました。
地番からすると熱海市の中央町交差点(国道135号交点)になります。

桑原字国見岳~熱海紀ノ本間はすでに県道三島熱海線(当時)として供用開始されていたため区域決定のみで、供用開始の告示は出ていません。いわゆる『みなし供用』。
※道路法第18条第2項


該当地番の場所については、データ集のところにまとめます。

さて、箱根 十国峠レストハウスの駐車場の向かいに石碑があります。
撮影日:2018.10.22
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全文書き起こしを試みました。
読みにくい箇所があるのと、少々難しい表現があるので書き起こし間違いがありましたら申し訳ありません。
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十国ドライブウェー 県道開設(放?) 記念碑
静岡県知事 斎藤寿夫

十国道路開設記念碑
東海の名勝箱根と伊豆の泉都熱海とを結ぶ自動車道路は土に彫刻する芸術家
伊豆箱根鉄道株式会社会長堤康次郎翁の卓見により昭和五年工事に着手し
同七年に営業を開始したわが国最初の有料自動車道路である
當時は日本全国の自動車保有数は八万台静岡県は三千台に達しないころの
ことなればその無謀の計画を嘲笑するものもあったが翁は自ら陣頭に立って
草を薙ぎ茨を刈って工事を遂行した
爾来三十有余年その間経済恐慌世界大戦等幾多の難関を突破し遂に年間百万台の
自動車が往復するに至った特に富士箱根伊豆国立公園の開発によってその利用度は
ますます増大した
静岡県は道路の公共性に鑑み有料道路の開放は地域社会開発上喫緊のことと考え
敢えてその開放を翁に懇請して快諾を得たその後昭和三十九年十二月十五日
翁の遺志にもとずき同社より正式に県に譲り渡され県道として開放するに至った
のである
これ全く翁が事業は感謝と奉仕によって経営すべきだという信念の具現である
県は翁の魂のこもるこの道路の維持と保全に當り地域の開発並びに国家の発展に
寄與することと信ずる予偶この美挙に干與した故を以てその概要を記して
後世に傳うと云爾
昭和四十年十一月
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<3・路線名変更>
続いて、昭和46年10月1日の告示です。
このタイミングで、『箱根峠熱海線』→『熱海箱根峠線』に路線名が変更、起終点も入れ替わりました。
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<4・データ集>
ここで、『一般国道・県道路線調書(昭和58年4月1日現在)』のデータを引用します。

・整理番号    20
・路線名     熱海箱根峠線
・法第7条該当号 5
・起点      熱海市
・終点      田方郡函南町
・重要な経過地  (空欄)
・認定等年月日  昭35.4.1(第218号)認定
         昭46.10.1(第630号)路線名、起点、終点の告示改正
         昭48.1.20(第43号)整理番号の告示改正
・区域決定    熱海市中央町941番の4地先 から
         田方郡函南町桑原字茨ヶ平1364番の1地先 まで
・告示年月日   昭35.4.1(第220号)
         昭39.12.15(第785号の2)
・供用開始    熱海市中央町941番の4地先 から
         田方郡函南町桑原字茨ヶ平1364番の1地先 まで
・告示年月日   昭35.4.1(三島熱海線)
         昭39.12.15(第785号の3)
・沿革等     昭35.4.1(第218号)県道箱根峠熱海線で認定
         昭46.6.26(建設省第1069号)県道箱根峠熱海線が
         熱海箱根峠線として主要地方道指定
         昭46.10.1(第630号)箱根峠熱海線は熱海箱根峠線に
         路線名の告示改正
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続いて『道路現況調書』のデータから。

<熱海箱根峠線>
路線番号      1020
路線名       熱海箱根峠線
読み        あたみはこねとうげせん
総延長       17956m
重用延長      3601m
実延長       14355m
起点        熱海市中央町[熱海函南線・135号交点]
終点        田方郡函南町桑原[国道1号交点]

出典『平成28年4月1日現在 静岡県道路現況調書』静岡県道路保全課

なお、静岡県地理情報システムにて、地図切り替えで『道の情報』を選ぶと『道路台帳図』が閲覧可能です。
見たい路線を拡大してクリックすると右側にリンクが表示されます(2018年11月24日現在)。
併せてご確認ください


ブロック図より
①起点~福道町 795.4m(熱海函南線と重用)
②福道町~笹尻 4732.4m(単独区間)
③笹尻~熱海市函南町界 2713.3m(熱海函南線重用)
④市町界~熱海函南線分岐 92.5m(熱海函南線重用)
⑤熱海函南線分岐~終点 9622.8m(単独区間)

②+⑤=14355.2m
①+③+④=3601.2m

※本ブログは公的機関の公式発表ではありませんので、正式な情報が必要と
 される方は関係機関へお問い合わせください。

2018.12.11追記
入れ忘れていたので追記です。
静岡県企画調整部統計課S41.3.25発行『静岡県統計年鑑昭和39年』です。
昭和40年4月1日現在の県道の延長などがまとめられています。
これによると、『箱根峠熱海線』は101号線でした。
このため、静岡県道の101号線は欠番となっています。

発行後50年経過しているので著作権保護期間満了と考えます。
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<5・その他の告示>
湯河原峠付近ですが、地理院地図で歴代の航空写真を比較すると線形が変わっています。
これに関する告示と思います。
まずは、昭和63年12月23日の告示です。
『区域A(旧道)』395.0mに加え、『区域B』の309.2mが追加されました。
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次に平成2年3月20日の告示です。
『区域B』はそのまま、『区域A(旧道)』は553.5mのうち、227.0mが残りました。
553.5m-227.0m=326.5mは廃道ということになります。
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最後に平成3年4月16日の告示です。
『区域B』はそのまま、『区域A(旧道)』は227.0mの区域が解除されました。
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場所ですが、湯河原峠西側のドライブイン湯河原峠跡地をYAHOO地図で見ると
桑原1348-2です。
ココを基準に公図を見ると、『1348-2』の西側に『1348-13』があり、南東側に『1378-2』『1378-3』、北側に『1376-3』『1376-4』があるので、湯河原峠付近であることには間違いないようです。
図のような位置関係と思います。
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※紫色のラインが旧道の線形

最後に解除された227.0mの区間ですが、函南町に移管されたようです。

平成3年第1回(3月)定例会 函南町議会会議録
議案第11号 函南町道路線の認定について
桑原(21)116号線、起点、桑原字長峯、終点も桑原字大樹立、延長が190メートルで、幅員が4.1から4.3メートルでございます。
以上の28路線で、(中略)桑原116号線につきましては、このたび県道の熱海箱根峠線の改良工事、これはショートカットで
ございますけれども、工事が完成いたしまして不要になりました旧県道敷につきまして、県より移管されましたので、
これについて認定するというものでございます。

函南町役場にて調査しました。下図の通りでした(調査日:2018.8.14)。
旧県道が桑原116号線となりましたが、『桑原116号線の終点』を起点とする
桑原108号線が元々認定されていたようです。
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前後しますが、昭和55年4月25日の告示です。
函南町桑原字国見嶽1400番の29地内とのことで公図で場所を調べると箱根 十国峠レストハウスの近くです。
この告示の意味するところまではわかりませんでしたが、記録として載せておきます。
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<6・風景写真>
いずれも2017.5.21撮影
熱海峠付近(熱海市・函南町境界。熱海函南線との重用区間)
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熱海峠付近(函南町側。熱海函南線との分岐)
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笹尻交差点近く
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※地理院地図は2018年12月5・6日現在。いずれも300×400ピクセル以内です。
※静岡県公報は著作権法第13条第2号の規定より、地方公共団体が発する告示ですので、著作権を有しないと考えられますので、そのまま転載しました。
※参考資料 『静岡県熱海市土地宝典その一(旧熱海・伊豆山・泉地区)』
      S51.12.24発行 帝国地図

20181211追記
昭和60年5月25日発行『静岡県の土木史』より引用(五月会発行)

『十国峠有料道路』
一般自動車道十国道路は、駿豆鉄道が昭和5年7月8日静岡県知事より許可された県内では初めての有料自動車専用道路であるが、この有料道路にまつわるエピソードとして、箱根一帯の開発を夢見た堤康次郎氏が箱根権限(ママ)宮司大場金太郎氏の協力を得て、自社の定期バスを運行させるために、「道路運送法」に基づく自動車専用道路を建設したのであるが、当時の状況としては極めて突飛な行為として考えられた模様で、世間がこぞって堤康次郎氏を「気狂い」扱いしたのも遠い物語りとなってしまった。
当初の計画は熱海峠より長尾峠までであったが、このうち熱海峠から箱根峠間約9.8km(2車線)が昭和7年完成したのであるが、当初は自社以外の車両乗入れを禁止したためトラブルが絶えず、運輸省の指導もあって、料金を改定し一般自動車の乗入れを認め、昭和39年静岡県が買収するまで伊豆箱根鉄道によって管理運営されていた。
このほか、十国峠有料道路と期を同じく建設された「芦ノ湖々岸有料道路及び早雲山有料道路」がモータリゼーションの波に押され昭和35年、神奈川県に買収され、伊豆箱根鉄道の管理から離れるに及び、静岡県議会において「十国峠有料道路買収」が議論された。
これに伴い、十国峠有料道路の買収を真剣に調査した結果、極めて公共性が高く、
加えて昭和37年10月には静岡県公社により伊豆スカイラインの一部である熱海峠より中伊豆町長者ケ原までの間約20kmが開通されたこともあって、十国峠有料道路の
買収に踏切った。
この結果、路線認定のみで実態のなかった県道十国峠熱海線(ママ。箱根峠熱海線?)の区域決定と供用開始を、当該有料道路に振り替え、昭和39年末、伊豆箱根鉄道より6億5千万円で譲渡を受け、一般道路として開放し、現在主要地方道熱海箱根峠線の一部として、県で管理している。

不適切な表現もありますが、ママ引用したものですので、お許しください。
眺望の素晴らしい道路であり、伊豆の入り口にふさわしい道路です。
上のほうで紹介した石碑に書かれている通り、道を拓いた先人の功績を讃え、
その努力に感謝したいと思います。