ずいぶん間があいてしまいました

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あれから色々と激動の日々が続き、今に至ります。
昨年9月以来の投稿ということに自分でも驚いており…あのときは思ってもみなかったのですが、家を買いました。

もともとは娘が小学生になる前くらいまでに家を持ちたいな~という考えで、ちょこちょこ探しはしていたのですが、昨年の夏過ぎから本腰を入れて土地を探し始めた頃でした。
土地、ハウスメーカー、図面などの勉強をしていく中で急に縁があり、今の家を購入することになりました。あまりに急な展開で、我々夫婦も両親も驚いているところではありましたが、短期間にもとても凝縮した濃い濃い話し合いを重ね(毎晩午前3時くらいまで夫婦で話し合ったり…)、本当に一生ものの高額な買い物ですしだいぶ無理をしましたが、今はとても満足しています。
家が広くなったことで、娘も前とは比べ物にならないほど伸び伸び元気に走り回って過ごしており、想定よりも早く持ち家になりましたが今の買えて良かったと思っています。
土地や家との出逢いは本当にタイミングで、良い縁があっても高額なだけにそう簡単に決断できるはずもなく、迷っているうちに一瞬で他の人から取られてしまう。急遽の選択に心身ともに疲弊しました…。

融資を受けるにあたって銀行の選定にもずいぶん労力を費やしましたし、家を持つってこんなに疲れるんだ…と廃人のようになっていました。
それに、結果的に大丈夫でしたが、私が甲状腺疾患を持病としていることによって銀行の生命保険の審査が通常より厳しく、診断書の提出をを追加で求められ、落ちてしまうのではとハラハラしました。
所得は問題なくても、生命保険の審査に通らなければローンを組むこともできず、夫婦それぞれでローンを組もうとしていたので、私が落ちれば自動的に主人も道連れで落ちることに…等々、とにかくとても疲れました。
そんなこんなで色々ありましたが、なんとか平穏に過ごしています。


休止中の二人目治療もどうしようか迷い中で…。
助成金も使いきってしまい、全額自費の今、うまくいくかも分からない治療に高額なお金を使うより、ローン返済や、将来の家に使うであろう補修金に回した方が良いなとか、現実的なことを考えてしまいます。(二人目の治療がことごとく陰性だったため、特にそう思うのかも知れません。)
でも、治療は今しかできない。だけど、今はお金もものすごく惜しい。
それに、家の金額をだいぶ予算オーバーしてしまったため、もし二人目治療がうまくいったとしても、カツカツの生活になってしまいそうです。娘には習い事もさせてあげられそうにないし、今と同じ生活水準ではいられない。
更に、娘があまりにもまだまだ手がかかるというか、ワガママすぎるというか…今の状態にもう一人子供が増えると考えただけで『絶対身がもたない。無理!』と思ってしまいます。
引き続きゆっくり今後のことは考えていきたいです。

近況

バタバタしていてご無沙汰しておりました。
バセドウの手術の記録もまだ途中だし、娘の成長の記録も書けていないですがひとまず近況です。

私自身の体調は、甲状腺をほぼ取ってしまったことにより見事に今までの真逆である「甲状腺機能低下症」になり、毎日欠かさずホルモン剤の服用が必要になりました。
低下症である限り一生薬を飲まないといけませんが、副作用もないようなので安心ですし、バセドウの動機息切れで苦しかった頃に比べると、個人的にはずいぶん楽です。


仕事にも復帰し、保育園の送り迎え、久しぶりの仕事、帰宅すると食事の準備、娘の入浴、寝かしつけという生活で連日ぐったり。
休みの日はせめてゆっくりしたいけれど、娘が一日中一緒なので休む暇がないという…。
(主人はお構いなしで寝ていてアテにならない)

更に、集団生活をしている以上仕方ないことですが、娘はよく風邪をもらうしすぐ中耳炎になる上、手足口病、ヘルパンギーナ、RSウイルス感染症と、次から次に病気になって気が休まる間もありません。
高熱や体調不良で夜中に夜泣きし、覚醒して機嫌の悪い娘を介抱して、おんぶや抱っこで寝かしつけ。自分の睡眠時間は2時間もないような状態で出勤という過酷な日々。
娘が風邪をひけば必ず私にうつり、体調不良の中、出勤。
もはや拷問です。
育児をしながら働いておられる方々、本当に心から尊敬します。
何事もやはり自分がその立場になってみないといかに大変か分からないものですショボーン

不妊治療もまだ休止したままでいつ再開になるか分かりませんが、治療中は陰性続きでしたし、日々の慌ただしい生活でいっぱいいっぱいですし、何より娘が一人いてくれるだけでもう十分幸せだなと思えるようになりました。

また時間を見つけてブログを書き綴りたいと思います。

甲状腺亜全摘の記録①【手術当日】

長文です。

先日、甲状腺ガンの手術で医療ミスがあり20代の男性が亡くなっていたというニュースを見ました。
病は違えど、私と同じく甲状腺を摘出。しかし、術後に皮下出血して傷が腫れ上がっていたことを確認していたのに適切な処置をせず、男性は呼吸困難を訴え心停止。血が首にたまって気道が塞がれたことによる窒息死だったそう。
過去にも同様の死亡事故が起きていて、再発防止のためマニュアルも作られていたのに読んでいなかったとか。
怖すぎる…。
私は極度の緊張から手術の直前と術後に不整脈が出てしまいましたが、もしこのニュースを手術前に見てたら不整脈どころでなく、心停止してたかも知れません…。

手術当日のことを思い出すと今でも動悸がして気分が悪くなるのですが、記録として残します。

【その前に備忘録】
※咳がまだ出ていて時には嘔吐を伴うものであり、手術中に不安であることを主治医に相談。
→麻酔中に咳が出ることはないとのこと。ただし、ゴム製のもので気管内挿管するため、気道に刺激となり、術後により咳や痰が出やすくなるリスクあり。
ただでさえ甲状腺の手術をした後は痰などが多くなるため、医師としては懸念される。


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手術当日。
私はこの日最後の手術にも関わらず、皆と同じ時間に同じ部屋で待機。
以前別の病院で流産の手術を受けた際は、自分の番になるまで自室におり、自分と看護師さんと二人で手術室に向かったため、その時との違いに戸惑う。

他の患者さんが手術室に入る準備をする音や、ストレッチャーで運ばれていく音がカーテン越しに聞こえてきて、全く落ち着かない。
手術を控えているため食事も水分もとれず、テレビもなく、気を紛らわすものが何もない中ただひたすらドキドキしながら3時間ほど待つ。主人が付き添っていてくれて本当に良かった。
喘息のような咳の症状はまだ続いており、それも不安の一因。
途中、麻酔医が術衣姿で問診に表れ、その姿を見て動悸がする。

ついに私の番になった。
頭を三角巾のようなもので包まれ、ストレッチャーで運ばれる。見送ってくれる主人に横になったまま手を降ると、涙が出てきた。
途中でマジックテープ式の服を脱がされパンツ1枚で運ばれる。
目を周囲に向けると、別の方の手術真っ最中!
『こんな中、入っていいの!?』と驚き、心臓がバクバクに。
見なきゃ良かったと後悔していると術衣を着た看護師さん達にストレッチャーごと取り囲まれる。怖くてたまらない。
あれよあれよという間に心電図などがつけられたようだが、あまりの緊張で不整脈が出ているらしい。手術室がザワザワと慌ただしくなり「脈拍130以上」などと声が聞こえるが、訳が分からない。
ピッピッピッピッとやたらと早い機械音が自分の心電図の波形音なのかと理解したとき、「もう寝かせよう」という声。
麻酔を入れられたようで、記憶が途切れる。




「つばきさーん、聞こえる?」と声をかけられ、ぼんやりと目覚めると体中が焼けるように熱い。
頭がハッキリすると、まだ手術室の中にいて、気管内挿管されたままだと気付く。
麻酔から醒めると管は入っていないと聞いていたのに話が違うし、痰を吸引されているからか呼吸が苦しい。早く管を抜いて欲しいと思っているとスボッと抜かれたが、ショックが大きい。
声が出ないし体中汗だくで、痛くて苦しくて、とにかく不快で一刻も早くここから出して欲しいという思いだけだったが、術後のこの一連の流れからかまた不整脈が発現し、しばらく出られず…。(術中は麻酔で眠っていたため脈は安定していたらしい)

術前、術後のこの出来事は思い出すだけで今でも体調が悪くなる。
トラウマになってしまったようだ。

術後はICUに運ばれ、主人が私の負担にならないよう一瞬だけ面会してくれた。「不整脈が出て予定よりも手術時間が長くなったそうだけど、良く頑張ったね」と声をかけてくれ、退室。
心の中で『ありがとう』と呟き、手を上げたかったが、あまりの倦怠感で動かせず。
その日は一晩中ちょこちょこ目が覚めて辛かった。

手術しました

ここに至るまで、喘息など色々な弊害がありましたが、予定通り手術を受けることができました。
手術は甲状腺亜全摘出術。
亜全摘と言ってもほぼ取ったようで、右の甲状腺は全摘。左の甲状腺を少しだけ残しているそう。
極度の緊張から手術の直前と術後に不整脈が出てしまい(心拍が1分間に130回以上)、予定よりも長くかかったようです。

手術直後は死んでしまうんじゃないかと思うほど辛かったですが、今は日に日に体力が戻っていくのを実感。傷の痛みも徐々に改善し、日にちが薬だなと思っています。
少し無理しただけでまた不整脈が出るので、入院中は無理せず自分の体をいたわって療養に専念したいと思います。
まずはご報告まで。
せっかくのゴールデンウィークだというのに家族全員体調不良でダウンしていました…。
私は風邪から喘息になってしまったようで、最悪です。

始まりは、娘がまた保育園で風邪をもらってきたこと。
今回の風邪はいつもより悪化し、鼻水・鼻づまりで夜も眠れず苦しそうにしている娘が可哀想だと思っていたところ、家庭用の鼻水吸引器のせいか私も主人もうつってしまいました。
それと同時に私は目やにが出て目が充血し、眼科でアレルギー性結膜炎との診断。→その日の夜には倦怠感、節々の痛み、食欲不振、悪寒、39℃以上の高熱が出て、インフルかと覚悟しましたが陰性。
後日、主人も突然目が腫れて目やにが出だし、アレルギー性結膜炎との診断…。その日の深夜に節々の痛みや悪寒など、私と同様の症状が出現。
花粉のせいかPM2.5のせいなのか、アレルギー性結膜炎に夫婦揃ってかかるし、娘も私も風邪が治らないし最悪だなと思っているうちにゴールデンウィーク突入。
私はGWの半ばから喉が痛み始め、咳が出てきました。病院で抗生物質をもらったけど全く改善せず、声はかすれて出ないし、あまりにも咳がひどすぎて吐くし、咳をする度に尿漏れするなど、たった数日で夜も眠れないほどの咳症状に。

連休明けにすぐ呼吸器科に診てもらったところ、偶然なのか肺気胸になった右肺に痰がたくさん溜まっているとのこと。肺炎の一歩手前だそうで、まだ確定ではないもののどうやら喘息のようです。

バセドウ病の手術を控えているのに、呼吸器疾患になってしまい、「このままでは甲状腺の病院に、手術できないと言われるかもね」とのこと。もう最低です。職場にも度重なる体調不良でずいぶん疎まれているのに、またか…。

取り急ぎ吸入薬や錠剤などの喘息の薬をもらいましたが、帰宅後自分で調べてみたところどれも薬の作用として交感神経を刺激するため『甲状腺機能亢進症患者には慎重投与。症状が増悪するおそれ』との記載が…。
バセドウ病であることは病院にはきちんと伝えたのでさすがに先生も分かった上での投与だと思われるけど、休診日と重なり質問もできず不安ながら使用していました。
やはり動悸がしてきてバセドウの症状が悪化していると自分でも分かります。でも薬を使わないと喘息も悪化するだろうし、なんでこんなにボロボロなのかともう嫌になってきました。
今年は厄年の中でも本厄の八方塞がりらしいしあまりにも不運続きなので、お祓いに行ってきたいと思います…。