小学生の頃の室内遊びで「宝探し」した時のこと。
友達の家で宝探ししようぜってなって
みんな自分が隠した宝を
探し当てられないように
必死になって
「目に見えないところ」に隠す。
探す側は血眼になって
「目に見えない」場所ばかり探す。
そのことに気づいた私は
あえて「目につきやすいところ」に。
案の定、最後まで見つからずゲーム終了
「どこに隠したの?」と聞かれて
「今、見えてるところだよ」と答えても
誰ひとり気づかなかった。
私が宝を配置したのは
低い棚の目につきやすい場所。
「これは隠してない!!!!」と反論されたけど
「まぎれて見えてない、なら隠れてるのと同じ」
そう答えて納得した友達は数人だったなぁ。
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小学生ながら、すげー屁理屈だなって
今になって思うんだけど
(既に心理戦を実践してるマセガキw)
これって世の中のすべてに言えることでは?
とか今でも思う。
欲しいもの・手に入れたいものは
自分で探し出す。
心理的にも「隠れている」と思い込んでる
でも、ソレは隠れてるわけじゃなくて
「見えてない」だけの場合も結構あるんじゃない?
すでに持ってる可能性は十分にあるな、と。
だから「視野を広く」「視座を上げる」とかは
生きていくうえで大事なことなんだなって。
まわりを見渡した時に、
「ソレ」に「気づける」ようになるためには
普段から「見えてるもの」を意識すると
「気付き」や「ひらめき」があるんじゃないか?
部屋の掃除してて、ふっと思った次第。笑
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探して新しく手に入れるものもいいけど
既にある・持ってるものを
「活かす」「のばす」も、ひとつの手段。
持ってるものを磨くと
新しいものに進化することだって
十分にある。
今はいろんなモノ・コトが溢れてる
とても裕福な時代だからこそ
「いま持ってるもの」と「新しいもの」を
組み合わせたら「進化」するんじゃね?
(バリバリのポケモン世代なんで表現がw)
という気付きを得たので、
自分の棚卸しをしていきます。笑