もしかしたら転移した癌が消えるかもしれない。

たとえ、確率が低くても
痺れや痛いのが消えて、日常生活がふつうに送れるのならば

少しの期待を抱いて、放射線治療をする事になった


今の病院では、出来ないので違う病院に転院する事になった


歩行器出歩けるまで回復できているから、もっともっと楽になるに違いないと明るい近未来に出会えると信じての転院となった


担当医の紹介状や手紙
手紙には家族の思いや義父が余命を知らないことや家族がどれだけ義父に対してやってきたかとかいろいろ書いていただいた


新しい病院での検査や診察、先生が義父に至らないことを言わないかドキドキしながら話を聞いていた

治療の日にちも決まった
毎日、義母とウチの病院がよいが始まった





面会時間が終わるまでずーと、どちらかが居てた



リハビリなどして、歩行器で歩けるまでになっていった




みんなが歩けるようになると希望を膨らませ毎日過ごしていた




それまでの間に






友人から電話がなり、とるとMが死んだ




ん?



なにいってるん?




は?





って感じで電話を切った




いったい今の電話は何やったんやろ?





死んだ?



死んだってMが?



早くMに会いに行かないと




自分の目で確かめないと




ウチは車で50分、実家に向かった





向かう道中、信じたくなかった



ドッキリであってほしかった




今までの事が昨日のように思い出されてきて涙があふれ出しながら運転していた





お通夜には間に合わなかったが夜中に友人達とMに会いに行った





今にも起き上がりそうだった




ゴメンとしか言えなかった




数週間前にMと電話で話してて近々遊ぶ約束をしていたから





ウチの都合がついて、連絡を入れようと思ってた矢先だったから余計に辛くて後悔だけが残ってしまった




本当にごめんM
謝っても駄目だよね
同じ世界に居ないから





次の日に告別式に会いにくる事を約束して失礼した
いつもの朝と同じようにお弁当を作り子供達を学校と保育園に行かした




寝ずに病院へ戻った




あしの痺れがなかなかとれないみたいで、凄くつらそうだった




その痺れが義母とウチを悩ます事になるとはこの時はまだわからなかったのです