退院して自宅安静になりましたが、どうしてもずっと寝ておくということに抵抗感が…

パソコンが使えるようになったので、オンラインで学校とやりとりをして、クラスの子どもたちに課題を出したり、その課題にコメントを入れたりしながらできることを増やしていきました。

しかし出血はおさまらず…


結局2週間休んだので、巻き返さねばという気持ちと

本当に動いて大丈夫なのか…という不安と。

これが7月や8月ならば潔く身をひいたと思います。

でも後1ヶ月。今更新しく代替の教員が来るはずもなく、担任不在のまま一年が終わると思うと逆に気持ちが苦しくて。


そう思っていたらやはり出血悲しい


気持ちは復帰したいけど、

体調面ではもう無理だと思って、管理職に病休の相談もしました。学年末の成績の事務処理はするので、授業などの実務は休もうかと。最後までやりたいけれど、体調に自信がないと。

管理職からはどちらの決断でも動けるようにしておくから気持ちが決まったらすぐ教えてほしいと言われました。


主治医は女性で、ご自分も担当の患者を抱えてきたから「休むことに対する悩みはわかるよ」と理解してくれて、

「何かあったらいつでもみてあげる。でも休むために診断書がいるならいつでも書くことはできる。」

と、わたしの意思を尊重してくれました。


母は意外にも「先生がそう言ってくれてるんだったら、後1ヶ月やからできるとこまでやってみたら?」と仕事を応援してくれました。もちろん体が第一とは思ってくれていましたが、できる範囲で.ということだと思います。

家にいても悶々としてしまうわたしの性格を知っているからこそです。


普段物言わぬ夫は、珍しく

「仕事はもう休んだら?」

と、意見を聞かせてくれました。

いろいろな人の意見や自分の気持ちと状況を踏まえて、わたしは決めました。


「仕事に復帰する!」と!

(夫の意見とは…⁈チーン)


仕事に戻ってから、たくさんのサポートを受けながら、無事3月まで仕事ができました。

もちろん仕事をする以上、どうしても動いてしまいます。まず、教室が4階なので毎日上がらなくてはいけませんでした。

出血は相変わらず続いていましたが、仕事ができないほどではなく、それよりも最後までできたという気持ちの満足感の方が大きかったです。

産休は5月の初めから。後任の職員は決まっており、それまで1ヶ月は担任をはずれ、高学年の理科を受け待つことになっていました。

が、わたしの中では「もういいだろう。」という気持ちが強く、

始業式が終わったら、有給を使って休み、そのまま産休に入らせてもらうように許可をもらっていました。

授業は迷惑をかけますが、

ありがたいことに、職場の方はこの提案を受け入れてくださって、協力していただくことになりました。

こうして、ようやく我が子のことだけを考えて過ごすマタニティライフを送れるはずだったのです。