最後の蘭商 その4


植木祭り最終日の午後、私は紫色の春蘭を手にしていた。



最終日の朝、私は植木祭り会場に来ていた。


かねてからの知り合いである、業者さんのSさんのところに、あいさつしたかったからだ。


Sさんの出店のテントには、顔見知りがすでに数人集まっていた。


そしてSさんの所で、最終日なのにひとしきり盆栽や骨董の話で盛り上がっていた。


誰かが言う。

ニュースで観たのだが、この会場には100万円の五葉松の盆栽が有るらしい!


誰か見ました?


どんなに凄い木なのかなぁ?


そんな凄い値段で、そんな凄い木、買う人おるのかなぁ?と、みんなでわいわい盛り上がった。


そこへ店主のSさんが、ふらっと会話に加わった。


「100万円の五葉松?

 ああ、あれもう売れたんじゃないかなぁ?。」


みんながおおっ!と驚くと、100万円の盆栽を買った人は、誰だろう?

凄い人が居るもんだと、またわいわい盛り上がった。


そこにSさんが、静かに言った。

「Tさん所の木でしょ。

 たしか40万くらいで、売ったはずだよ!。」


えっ!と驚いたのは、私だけだった。


Sさんの話に、なるほどねーとか、ですよねーとか、みんなは納得している様だった。


訳の分からない私は、Sさんに、

「そんなんじゃ、大損ですよね〜?。」


と聞いたら、

Sさんいわく、「植木祭りの宣伝だからね〜。」とのこと。


そこに、この辺りの数奇者の顔役的なMさんが、ポツリポツリとTさんのことを語り始めた。


Tさんは昔、恵蘭ブームの時に何百万とか何千万とかの商売をしていたとのこと。


観音竹や春蘭など、さまざまな植物も取り扱っていたらしい。


文字どおり提藍ひとつを持って、全国を飛び回って大きな商売をしていたとのことでした。


Mさんは、当時を懐かしむように、あの頃はおもしろかったよーと、最後に静かに、ポツリと言い添えられた。


私はなにげなく

「ところでTさんって誰?。」って聞くと、

それは、あのワンカップのおじさんだった。


みんなでそれぞれの差し入れをつまみ合い、軽く腹ごしらえすると、それぞれお目当てのお店に、散って行った。


私は思いも新たに、Tさんの出店に向かっていました。


Tさんのテントに行くと、さすがに今日はお酒は呑んでいませんでした。


Tさんは、私の顔を見るとニコニコしながら「ああっ、春蘭の子ね〜。」と言いました。


今日は、奥さんらしき人も居て、片付けを始めている様でした。


私はドキドキしながら、「紫色の春蘭、まだ有りますか?」と尋ねてみました。


Tさんは、これまたニコニコしながら、

「まだ、有る。うん、たぶん有るよ〜。」とのこと。


そして続けざまに、こう言われたのです。


「もう最終日やし、三千円でいいよ。」


こうして私は、紫色の春蘭を手に入れたのでした。


以下続編へ続く。