◎がん細胞はミトコンドリアの働きを抑制している


ミトコンドリアは全ての真核細胞の細胞質中にある細胞小器官で、一つの細胞に数百から数千個存在します。ミトコンドリアにはTCA回路(クレブス回路)に関わる酵素や、電子伝達系やATP合成にかかわる酵素群などが存在し、細胞内のエネルギー産生工場のような役割をもっています。また、細胞死(アポトーシス)の実行過程においても重要な役割を果たしています。

がん細胞は無限に増殖する能力を獲得した細胞です。早く増殖するためには、より効率的なエネルギー産生を行った方が良いように思います。グルコースを大量に消費するのに、なぜ効率的なエネルギー産生系であるミトコンドリアの酸化的リン酸化を使わずに、非効率的な嫌気性解糖系を使うのか、長い間の謎でした。ミトコンドリアで効率的にエネルギー産生を行う方が、細胞の増殖にもメリットがあると考えられるからです。その答えの一つが、「がん細胞は死ににくくなるために、ミトコンドリアの活性を抑制する」という考えです。増殖速度を早めるよりも、死ににくくする方ががん細胞が生き残っていくためにはメリットがあるというわけです。

がんの検査法でPET(Positron Emission Tomography:陽電子放射断層撮影)というのがあります。これはフッ素の同位体で標識したグルコース(18F-fluorodeoxy glucose:フルオロデオキシグルコース)を注射して、この薬剤ががん組織に集まるところを画像化ることで、がんの有無や位置を調べる検査法です。正常細胞に比べてグルコース(ブドウ糖)の取り込みが非常に高いがん細胞の特性を利用した検査法です。

がん細胞がグルコースを多く取り込むことは古くから知られています。がん細胞は盛んに分裂するので、正常な細胞に比べてエネルギーが多く必要であるため、グルコースをより多く消費する必要があることは容易に推測されます

しかし、最も重要な理由は、がん細胞は酸素を使わない非効率的な方法(嫌気性解糖系)でグルコースからエネルギーを産生していることです。

正常な細胞はミトコンドリアで酸素を使った酸化的リン酸化という方法でエネルギーを産生しています。1分子のグルコースから、酸化的リン酸化では36分子のATPを産生できるのに、嫌気性解糖系では2分子のATPしか産生できません。したがって、嫌気性解糖系でのエネルギー産生に依存しているがん細胞ではより多くのグルコースが必要となっているのです。

細胞分裂しない神経や筋肉細胞を除いて、正常の細胞は古くなったり傷ついたりするとアポトーシスというメカニズムで死にます。このアポトーシスを実行するときに、ミトコンドリアの電子伝達系や酸化的リン酸化に関与する物質が重要な役割を果たしています。

つまり、がん細胞ではアポトーシスを起こりにくくするために、あえてミトコンドリアにおける酸化的リン酸化を抑え、必要なエネルギーを細胞質における解糖系に依存しているという様に解釈できるのです。

がん細胞におけるミトコンドリアの機能抑制は不可逆的なものではなく、機能を可逆的に正常に戻すことができるという研究結果が報告されています。そして、がん細胞におけるミトコンドリア内での酸化的リン酸化を活性化すると、がん細胞のアポトーシス(細胞死)が起こりやすくなることが報告されています。


◎ミトコンドリアを活性化するとがん細胞は死滅する

ミトコンドリアの電子伝達系でエネルギー(ATP)が産生される過程で多量の活性酸素が発生します。

すなわち、呼吸で体内に取り込まれた酸素の約2~ 3% は電子伝達系でのエネルギー代謝時に還元されスーパーオキシドアニオン(O2-)、過酸化水素(H2O2)、ヒドロキシルラジカル(・OH)および一重項酸素(1O2)などの活性酸素に変わると言われています。ミトコンドリアは細胞内における活性酸素の主要な発生源になっています。

ミトコンドリアから発生する活性酸素は、CoQ10やビタミンEやビタミンCなどの抗酸化物質や、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)やカタラーゼといった抗酸化酵素によって消去され、活性酸素による障害が起きないようにする防御機構が細胞には備わっています

しかし、これらの抗酸化力が十分でないと、活性酸素によって細胞内のDNAや蛋白質や脂質が酸化されて、細胞の障害や遺伝子変異が起こります。

がん細胞はミトコンドリアでの酸化的リン酸化反応が低下していますので、活性酸素の産生が少なく、したがって、細胞に備わった抗酸化力(抗酸化物質や抗酸化酵素の量)は低下しています。

したがって、TCA回路を活性化して、ミトコンドリアでの酸素消費を増やすと、活性酸素の産生量が増え、酸化ストレスが増大して、がん細胞にダメージを与え、死滅させることができます。


◎嫌気性解糖系を阻害するとがん細胞が死滅する

前述のごとく、がん細胞のエネルギー産生の特徴として、
1)がん細胞ではグルコースから大量の乳酸を作っている(嫌気性解糖系が亢進している)

2)がん細胞は酸素が無い状態でもエネルギーを産生できる(がんは低酸素の所に発生する!)

3)がん細胞は酸素が十分に存在する状態でも、酸素を使わない方法でエネルギーを産生している(ミトコンドリアでの酸化的リン酸化反応の低下)ことを80年ほど前にオットー・ワールブルグ博士が発見し、ワールブルク効果と呼ばれるようになりました。ワールブルグ博士の言葉では、「がんとは嫌気的な生き物」ということです。

乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase: LDH)は嫌気性解糖系の最終段階であるピルビン酸 ⇔ 乳酸の反応を触媒する酵素です。

乳酸脱水素酵素を阻害すると、嫌気性解糖系でのエネルギー産生が低下し、がん細胞の酸化的ストレスが増大し、腫瘍の増大が抑えられることが最近の米国科学アカデミー紀要(Proc. Natl. Acad. Sci. USA)に報告されています。この雑誌は、生物化学・医学の分野ではサイエンスやネイチャーとならぶトップクラスの学術誌です。

http://www.1ginzaclinic.com/DCA/DCA+LA+ART.html