アバスチンを投与して、父の声が出るようになり、
久しぶりの会話をしたのが一週間前。
会話をしたと言っても、一言。
明日は何時頃くるのか?という言葉でした。
それでも大きな一歩!
アバスチンを投与してたった何日かで改善が見られたので、たとえアバスチンが病気に効くわけではなく、症状の改善だけだとわかっていても、嬉しかったです。


でもそれから容態が急変。
肺炎を起こし、呼吸がしづらくなったとのこと。
先生から、気管内挿管の話をされました。
自分で息が出来なくなったとき、管を口から気管に入れて直接空気を送り込む方法だそうです。
ただ、本人はすごくつらい治療だと聞きました。
ある程度の太さの管がずっと口から喉に入っていると。
想像しただけで、むせそうです..
しかもそれは、肺炎の病状がよくなるまではずすことができないらしく、父がそれをして肺炎がよくなるということも難しいそうです。
これは、延命治療だと言われました。
最初は、わずかでも助かる可能性があるならと、悩みましたが、色々調べて、悩んで、妹とも話し合いをした結果、きっと父はそれを望まないだろう。となり、気管内挿管はお願いしませんでした。
先生も、父の状況で気管内挿管をすることを奨めてはいませんでした。
突然決断を迫られて、心の準備も追い付かず、泣くことだけしかできなくてその日は目と頭がすごく痛かったです。

今日も面会に行きましたが、痰が絡んで息もゼェゼェ苦しそうでした。
自分で痰を出すことができないので、看護師の方が鼻から管を通して、機械を使って痰を吸い上げるのですが、父がそれをすごく嫌がります。
とてもつらそうで、あまり動けない体で涙を流しながら必死で嫌がる姿は、見てる方もつらく、涙が止まりませんでした。
手には、点滴を自分で外してしまわないようにグローブがされ、酸素マスクをされ、管にいっぱい繋がれてる父。
ご飯も食べれません。
病室を離れて、普通の生活に戻る私は少しは気晴らしもできるけど、父はその間もずっと病室で一人苦しい思いをしてると思うと、かわいそうで、どうしようもなくて、胸が張り裂けそうです。
苦しんでほしくない。
治るのが一番いいけど..
治るかどうかも難しいところです。
1日でも長く生きてほしいとは思うけど、その分父が苦しむ時間が増えるだけなら、そんなの望んでない..。

こんなにこんなに苦しいと私が思っても、一番苦しいのは間違いなく父です。

苦しんでほしくないよ..

昨日、父の病院に行ってきました。

放射線科の先生から治療の説明。

こちらもわかりやすく丁寧な説明でした。


説明を聞き終えて父の病室に行くと、

ちょうど点滴をしているところでした。

痩せ細った父は、血管も細いようで、

いつもなかなか針が入りません。

父の手には、よく、注射で失敗したときの内出血の跡がありました。


今回は、上手な先生に入れてもらえたようで、

きちんと点滴できていました。


よかったね(^^)


もしまた入らない時には、外科手術で体に埋め込む?そうです。

よくわからないのでなんか怖い...。


点滴には「アバスチン」と書いてありました。

病気の元をやっつけてくれるわけではないけど、

脳のむくみがとれ、症状が改善される可能性があるそうです。


またおしゃべりできるようになるのかな?

しゃべれない父と会うのはもどかしさや寂しさがやっぱりあるので、

少し期待しています。



やはり父は「膠芽腫」でした。

グレード4です。


この前、先生から電話で言われました。

治療を進めていくが、命が1年を超えるのは難しい...。


息が詰まるような思いです。

初めて父と大学病院を訪れた日のこと。

地元の病院の紹介です。


父は福祉施設に入所していたため、施設の方が連れてきてくださり、

診察が終わるまで付き添っていただきました。

介助もスムーズにしていただいて、とても助かりました。


待ち時間こそ長かったものの、診察は非常にスムーズでした。

事前に地元の病院の先生と、大学病院の先生との間で情報交換が行われていたようで、

同じことを説明せずに済みました。


診察を終えて、やはり地元の病院で聞いたことと同じ、

神経膠腫グレード2である可能性が高い。ということでした。

大学病院なだけあり、説明もとても詳しく、私も理解を深めることができました。

説明を受けた内容は、何枚かの書類にしていただき、家に帰ってからも読み返すことができました。


すぐに病理検査をしてどうこうしなければならない状況ではなく、

正常圧水頭症も発症しているため、先にそちらの治療をしてみたらどうか。と提案を受けました。


正常圧水頭症..?

初めて聞く言葉でした。


正常圧水頭症は、頭の中を流れる髄液が脳室に溜まり、周りの脳を圧迫してしまう病気で、

歩行障害や認知障害がでるそうです。


もともと車いすを使用していた父なので、歩行障害についてはわかりませんが、

確かにここ最近ぼけてきたのかな?と思っていたので、

実はこの病気が影響しているのでは?

その治療をすれば、物忘れもなくなるかもしれない。

そう思って、その提案通り、水頭症の治療を希望しました。


水頭症の治療は、大学病院でなくても地元の病院でできるそうなので、

地元の病院を再度受診することにしました。

食べさせてあげたいな。
元気なときも好きだったし、
今はドロドロのご飯しか食べられないから、茶碗むしだったらちょっと崩してあげたら食べられるんじゃないかな。
今度持っていこう(^^)

父は生まれたときから骨が弱い病気で、歯も丈夫ではなくて、もう何年もずっと入れ歯を使っていました。
病気になって、痩せた父。
もともとガリガリに細く、もう痩せるところなんかないと思っていたのに、歯茎って痩せるんですね(ノω・、)

入れ歯が合わなくなってしまって、今は歯がない状態でのご飯なので、病院食はすべてドロドロ。
味噌汁にもむせないようにトロミがついています。

もう限られた時間しかないのに、それでも普通の人が食べるようなごはんを食べさせてあげられなくて、すごくもどかしいです。


今日も仕事終わりに会いに行きました。
カーテンから顔を覗かせると、私に気づいて反応した父。
声はでないし口も動かなかったけど、目で、おぉ来たのか。って言いたいのがわかりました(^^)

でもそのあと、私のことわかる?と聞いてもジーっと見つめるだけで、うなずいたりはしませんでした。
いつもはわずかながらうなずく動作をするのに、それが初めてありませんでした。

ただ、昨日父と会った妹の話だと、うなずいたり、首を横にふったりしていたし、話しかけたら反応もしてた。と言っていたので、

もしかしたら夜は眠くなって少し鈍くなるのかな?

でも、体調に変化はなさそうなのでそれは安心しました(^^)

治療を始めたら、多少なりとも副作用がでるものなのでしょうか..
苦しむ姿を見るのだけは嫌です(ノ_<。)

昨日担当の先生から電話をいただきました。
先日行った生検手術の結果と、今後の治療についてでした。
結果はやはり、膠芽腫であるだろう。とのことでした。
覚悟はしていたので、あぁやっぱり..という感じでした。

治療は、放射線治療と化学療法。
すぐに始めたほうがよいとのことだったので、後日放射線科の先生とお話することになりました。

父は手術ができないところに腫瘍があるため、少しも取り除くことができず非常に不利な状態からのスタートになります。


お父さん、もう少しだけ頑張ろうね。


白い影が何なのか。
それを聞くために、父と、初めて脳外科を訪れました。
父は元々体が弱いので、骨折の前からすでに車イスを使用しています。

そして父は福祉施設に入所していたので、そこの看護婦さんも一緒でした。

まず、問診。
お名前はなんですか?
今の季節はなんですか?

あまり答えられませんでした。
その時気づきました。
実はその少し前から父がぼけてきたなぁと思っていたのです。
何度も同じことを言ったり、出来事を覚えていなかったり..

あぁ、病気の前兆だったんだ..

そのあと先生の診察があり、告げられたのは神経膠腫(グリオーマ)という病気。
腫瘍が塊でできるわけではなく、
正常な脳に、染み渡るように増えていくのが特徴のようです。
おそらくグレード2だろうということでした。
グレードは1から4まであり、1は良性。2~4は悪性度によって決まるそうです。
父の場合はグレード2なので、低悪性度のグリオーマではないか、とのことでした。

ただ、病名を確定するには画像診断では難しく、手術で一部腫瘍をとり、病理検査をしないとわからないそうです。

悪性度も低いので、このまま経過観察する方もいらっしゃるという話を聞いて、体力もあまりない父なので、悩みました。
手術にはそれなりのリスクもあります。
答えを出せずにいると、地元の大学病院でもっと詳しい話を聞いてみたらどうか。と言われました。

ずっと悩んでるより、違う先生の意見も聞いてみたい。私も理解を深めたい。

そう思って、スケジュールを組んでもらい、後日大学病院を受診することになりました。
父の病気が分かったきっかけは、腕の骨折でした。

手術をすることになり、医師から全身麻酔での手術の説明を聞きました。


ある日の朝、手術が始まり、私は待機室へ。

昼頃には終わるという説明でしたが、2時を過ぎても呼ばれませんでした。


やっと呼ばれたかと思ったら、手術は無事に終わったが、麻酔からの覚めがよくない。

もう少し待っていてくださいね。念のためCTも撮ってみます。と言われました。


その時私は、なんだかよくわからないけど、手術が無事に済んだならよかった。

と思っていました。


そして少し待った後にまた名前を呼ばれ、父と一緒に病室へ。

父はまだぼーっとしていたと思います(記憶があいまい...)


そして、手術をしてくださった先生からの説明。

腕のレントゲン画像。

骨折箇所はしっかりボルトで固定されていました。

腕については、あとは本人のリハビリ次第でよくなります。との説明でした。

骨折箇所は利き手なので、早く動かせるようになればいいなと思っていました。


そして、麻酔からの覚めがよくなかったことについて...

CTの画像。

素人の私でも一瞬で異変がわかりました。


なんか白いところがある...


これが何なのかわからない。

腫瘍かもしれないし、血の塊かもしれないし...

脳外科に紹介状を書いておくので、受診してみてください。と言われました。


でもその時も私はよくわからず、ただなんとなく不安な気持ちで、

指定された受診の日を待ちました。