七福神ブログ

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☆ミラクルのSEEDS(種)☆幸せ&開運&癒しの秘訣を七福神メンバーが毎日あなたにお届けします♪♪

こんにちは、日曜担当のあまちやひろです。

 

先日急に予定が延期になったため、空いた時間を利用して整形外科を受診しました。

 

初診受付で、自分で書いた紹介状と保険証をだしましたら、

対応してくれた女性が、書類を確認しながら、

“本日はお母様がかかられるのですね”と母の姿を探し始めました。

 

しまった、違う患者様の紹介状をプリントアウトして持ってきてしまった、と思い、

“あっ間違ったかしら”と紹介状を覗き込んでみましたら、間違いなく自分の名前が書かれていました。

 

あれ?もしや私を娘とおもってる?と、私があり得ないような事情を理解したのと、

衝撃の事実(笑)に彼女が気づいたのはほぼ同時だったようで、

ばつのわるそうな顔で“あっ、ご本人様ですね”と、そそくさと保険証をコピーしに姿を消しました。

 

この顛末に、にやけそうになったものの、良く考えてみたら、いったい実年齢どんだけなん!、と、てばなしでは喜べる話ではないことに複雑な心境になったのでした。

 

まぁ20代にとって、私の実年齢から想像する人は、目の前の人とは相当ちがったようですが(笑)

 

歳をはじめとして、私たちってほんとこんな風に、いろいろな観念で生きています。

 

観念にとらわれずに、自分で何歳で生きたいかきめたらえ~やん、そんなメッセージだったかもしれまえんね(笑)

 

今度は、“お祖母様がかかられるんですか?”って聞かれるようにしよ~か(爆)、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは、西表です。

 

ぼくは、インド映画が好きです。

 

と言っても、そんなにたくさん観ているわけでは無いのですが、

 

あのお目々二重の登場人物たちに妙に親近感を抱くわけです。

 

 

どっぷりインドに行ったことは無いのですが、そして、おそらくインドで生活する自信は全く無いのですが、

 

今生での昔、あのあたりにいくと、妙にいいところに思えて、親近感を抱くわけです。

 

大気汚染で嘘みたいに真っ黒けになった大気の中で

 

幹線道路すらボコボコの無舗装の砂埃で

 

ガレージみたいな軒先で中古とも新品ともつかない砂埃だらけの冷蔵庫が大量に並べられている電気屋と思しき店舗らしきものが立ち並ぶ街道で

 

タクシーにいちいち乗るにも値段交渉をしなければならないめんどっちい、そして相場も分からずふっかけられているのか安いのかもわからない中で

 

明らかに不衛生だろと思われる様な

 

お肉の塊がゴロゴロとただ置かれていて、店のおばちゃんがうちわらしきもので蠅をはらっているお肉屋さんの横を歩きながら

(いま思うと冷蔵庫に入って無かったと思う)

 

あ〜、なんていいところだ〜

 

とか、思っちゃうわけです。

 

ちなみに、電信柱なんて電線がこれでもかと言わんばかりにぐるぐるに巻き付けられて、

 

これって、前のを取り除かないでどんどん足していったでしょ?

 

という状態で、よく倒れないな〜という感じなんです。

 

 

 

かと思えば、

 

山を見るために、朝5時に車で道を走っていたら、

 

学生が通学ラッシュさながらにたくさん歩いていて、

 

なんで、こんな時間から学校なん?

 

と思ったら、

 

このあたりは貧しいから、みんな早朝から学校に行って午前中は勉強して、午後は働きに行くのだという。

 

その学生たちにまじって

 

あ、それって、たった今、絞めて来ましたよね・・・という感じの鶏らしき塊を山積みに積んだ

 

これまた明らかに不衛生な、手作りチックな木製の車・・・

 

それって、これから街に売りに行くのでしょうか・・・、それ、売っちゃうの???

 

まぁ、もちろん売るのでしょう。そしてきっと高値で取引されるのでしょう。

 

きっと日本も昭和初期はああだったに違いない。という感じの山積みの鳥が運ばれていき

 

あの〜、この山道は、空襲か戦争でもあったのでしょうか?という様な、時速5キロでやっと走る様なボコボコ道が続き

 

そして、中腹超えて車で来ることのできる頂上付近まで来たら、

 

今度は地元の黒髪のお若いお姉さんが、朝から湧水で髪の毛を洗っていて

 

あ〜、そうそう、昔、うちも給湯器が突然壊れた時に、数日、水で髪を洗ったら、髪が痛まないからさらさらになったんだよね〜とか思いながら

 

なんていいところだ〜

 

とか、思っちゃうわけです。

 

ちなみに、この山道の道路をきれいにするには、あと何十年もかかるそうです。

 

そういえば、凸凹の山道を永遠走っている最中に、出会った道路工事のお兄ちゃんは一人だけでした。

 

たったの一人

 

たったの一人でこの山道を全部、修繕していくつもりなのだろうか・・・・そりゃ〜何十年もかかるだろうね。

 

しかも、座り込んで、道の脇でなんかを塗ったくってました。

 

そこが修繕できても、他のところが終わる頃には、またそこも経年劣化で凸凹になってるんとちゃうの?

 

と思いながらす通り。

 

 

 

 

いやいや、ちょっと待て、今、冷静に考えたら、いいところか?

 

少なくともおれはあそこには住めないな・・・・

 

とここ最近、いろんな事を思い出しながら、そんな風に思っていました。

 

 

 

 

で、さらに最近、

 

近所に美味しいインドカレー屋さんがあって、そこでカレーを食べてたら

 

店内のテレビで流しっぱなしのインド映画

 

出演している女性が、誰かに似てる・・・・

 

ん、おかんに似てる・・・・・

 

あれ、もしやおかんはインド顔だったのかな〜

 

そういえば、どことなく似てる様な気がする・・・

 

だからそんなに親近感がわくのかな〜

 

好意を持つと、全てが良く見えてしまうから不思議なもんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、日曜担当のあまちやひろです。

 

先日友人と長距離ドライブ中にBGMが欲しくなり、サービスエリアに置かれているCDのなかから、たった一つだけ買っても良いかな、、と選んだのが宮崎駿のアニメ主題歌が収録されたCDでした。

さっそく、流しながら車を走らせていますと、魔女の宅急便のなかで使われている曲のワンフレーズが妙に2人とも、耳に残りました。

 

「目にうつるすべてのことはメッセージ」と口ずさみ、なんどかリフレインしてしまいました。

 

そして、その後は、ほら、これもメッセージや、あっこれもメッセージやということがたくさんあり、、

 

帰途についた時、現実的にはちょっと“あっちゃ”というような出来事に出くわしてしまいましたが、

それも、大切なメッセージたった、と感謝で受け入れた友人をみながら、私へのメッセージであると私もまたありがたくなったのでした。

 

身の回りには、ほんとに、メッセージがたっくさん!

愛につつまれていたら、うけとりやすくなりますね~

 

それにしても、この歌、久しぶりに耳にしましたがよい歌詞です~

 

 

“やさしさに包まれたなら”

 

小さい頃は神さまがいて
不思議に夢をかなえてくれた
やさしい気持で目覚めた朝は
おとなになっても 奇蹟はおこるよ

カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ

小さい頃は神さまがいて
毎日愛を届けてくれた
心の奥にしまい忘れた
大切な箱 ひらくときは今

雨上がりの庭で くちなしの香りの
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ

カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、日曜担当のあまちやひろです。

 

1週間前、ある弓が手元に届きました。

 

名匠による傑作でしたが、御弓師は引退されているため、出会う機会もすくなく、また出会えてたとしても良い状態のものに出会える確率は低そうだったのですが、

お譲り頂いた弓は、丁寧に保管されており、あまり使用もされていなかったため、とても良い状態で、形もなんとも美しく、引き心地も矢飛びも素晴らしい弓でした✨✨。

 

新しい竹弓が来るたび、心境の変化を経験してきましたが(竹の持つ氣質によるものかもしれません)、今回もまたありました。

 

私には、好きで好きで大好きな弓が1張ありまして、手元に来た瞬間から、その弓のことを、かけがえのない一番の宝物と思えるくらい一目惚れでした💘。

その気持ちは全く変わらないのですが、、、新しく手にした弓を引いているうちに、

不思議なことに、その弓を含め以前から持っている全ての弓にたいする執着が自然に消えてゆくのを感じました。

それほど執着があったかと言われればそれほどでもないとは思いますが、それにしても自分では幾ばくかの執着があったのが消えてゆくのをはっきりと感じたのでした。

 

「執着」は,「これを失ったらもう2度と手に入らない」、という間違った思い込みによって生み出されます。

 

今回、希有ともいえる弓との出会いがあまりにもあっさりしていたために、希少なものでさえ「unlimited」だったことを再認識する機会になりました。

望めば、更に良き物が必ず与えられる、ということを信じてない自分がまだちょぴっと存在していたことに気付いたのでした。

 

ナンバーワンという思い込み、それも手放して、天が与え続ける更に良き物を、受け取り続ける、ただそれだけ。

 

いま身の回りに存在する大切な物に変わりはなく、愛し続けるのにも変わりは無いのですが、

いつでも、さらに良き物が授けられる、それを心底信じられるようになりますと、失うことも怖れず、更に良き物を素直にうけとり続けてゆけるようになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは、西表大自然です。

 

さて、最近は二週間に1回の火曜日に書いています・・・・・( ゚д゚)あ、それ、三時間前に過ぎ去った日では無いですか・・・。

 

ということで、3時間遅れで書いています。

 

え〜っと、そんなこんなで、最近は期待を生きるのをやめました。

 

・・・と、ちょっと違うか。まぁいいか。

 

おそらく、昔ほどでは無いにしもて、世の男性は、朝出勤して夜帰宅する勤務をする事が世の中的には期待されているかもしれません。

 

当たり前だろ!と怒られそうですが・・・

 

人と接する時は、笑顔で・・・と期待されているでしょうが。

 

特に気にしません。

 

おいおい、そりゃ〜社会人失格だぜ!と言われそうですが・・・

 

え〜っと、

 

はなまるうどんでうどんを食べたら、お代金を払う・・・というのも期待されているでしょうが・・・。

 

それは払います。

 

それは、払わないと捕まっちゃうんで。

 

なんでもかんでも期待を破りましょうというお話しでは無いのです。

 

 

期待って、ある意味、みんなにとって当たり前だという認識のこと、つまり、今の世での常識ってやつかもしれません。

 

それはつまり、その共同体の集合意識の同意している事、とも言えるかもしれません。

 

もうちょっとばっくりざっくり曖昧なところにいくと、

 

自分自身が、自分の中で勝手に、これはこういうもんだと思い込んで、その思いに従って行っている反応

 

かもしれません。

 

だから、

 

男はいい歳したら、朝から夜まで通勤して働くもんだ!と思い込んで、その思いに従ってほぼ自動的に行なっている反応

 

が、人生をつくり

 

人と話す時は、笑顔で、と思い込んで、自分の中にわきあがる感情を押さえ込んで、ムカついても納得が行かなくても、その思いに従ってほぼ自動的に行なっている反応

 

が、自分の表情をつくり

 

え〜っと・・・・・

 

それが心底幸せだったらいいと思うんですが、単なる反応で積み上げてしまっている場合は、結構疲弊しているハズです。

 

このままこの例をたくさんあげていくと、かなりエグいことになり、怒られそうなので、やめておきます。

 

もちろん、だからと言って、朝から夜まで通勤して働くのがダメだとか、笑顔で話すのが間違ってるとか言ってるわけではありません。

 

再度確認すると、

 

単なる反応として、やっているのであれば、もしや、幸せじゃあ無いんじゃ無いですか???

 

という振り返りです。

 

さぁ、どうする?

 

 

じゃあ仕事辞めちまえ。とか、人と話す時はぶす〜っとしましょう。とか、そういう話しでもありません。

 

ちなみに、ぶす〜っとしていると本当にブスになっていってしまいます。気をつけましょう。

 

 

さて、

 

その自分自身の中にある、こうあるべきという思い込みや、周りからこうあるべきと期待されていると自らが思い込んでいることから離れて、

 

そこから離れた上で、働くときに働いて、お話しするときに笑顔が出ると、なんだか楽だろうな〜という感じがします。

 

なので、そうしてみよう。

 

ということで、

 

期待を生きるのを辞めてみよう。という事です。

 

さぁ、自分の人生の中の、どこの期待から、外してみますか?

こんにちは、日曜担当のあまちやひろです。

 

GW前、私の不在時、実家の洗濯機から水漏れがあり、しばらく床が水に浸かっていたらしく、床材の木が膨張した状態で、広範囲にわたって浮き上がってしまい、私が戻ったときには、元の通りにはめ込めなくなってしまっていました😰

 

すぐに大工さんにお願いし、床を部分的に張り替えて頂くことになりましたが、それほど急ぐ作業でもなく、大工さんもいそがしかったためしばらくそのままになっておりました。

 

工事をまっているうちに、最近になって、突然洗濯機が壊れてしまい取り替えることになってしまいました。

取り替える前までには1週間しかなく、どうしても床を治しておかなければならなくなり、もうその時点で大工さんに言っても間に合わないのでした(焦)

しゃーない、自分でなんとかするか!

改めて床の状態をよく診察してみました(笑)

細い木の板の組み合わせですので、膨張して組み込めなくなった木のエッジを削れば、再び組み込むことができそうでしたので、木を削れそうな道具を購入してきました。

カンナはこれまでに使った経験がありませんでしたので、とりあえず、使えるかどうか試しにちっちゃいおもちゃのようなカンナと、これなら削れますよとお店の人に勧めて頂いた大きなやすりを仕入れてきました。

 

どちらも木を削るのにすごく時間がかかり、カンナは詰まってしまって使えない始末、とてもじゃないけど、この道具だけでは無理、、、日曜の夜のことでしたので、時間切れ!

でも、カンナは使えるように思いましたので、ちゃんとしたカンナならきっともっと速く作業がすすむだろう、、、そう思い、プロ用のカンナをネットで注文。

 

木曜夜、戻りますと、届いていたパッケージを開き、中からでてきた素晴らしいカンナを見て心躍る私!、早速作業に取りかかりました。

なんと!なんと!よ~削れる!!

カンナに感謝がわき上がるわ、愛着がめっちゃわくわ、急に仕事がさくさくすすみだし、無事、夜中過ぎでしたが、翌朝の洗濯機の搬入前に作業を終える事ができました。

 

範囲が広く、削る必要のある木片がたくさんありましたのでちょっと時間はかかりましたが、やると決めたら、とても楽しい作業でした。

 

作業しながら、私には自分の内面の一部におもえていたのでした。

 

まず、大変な状態になっている床の状態を見た瞬間、なんとなくこうすれば自分でもできそうだなぁという事はわかっていたのに、どれだけ時間がかかるか、と思うと面倒くさくなり、よく見ようともせず、即、人任せにしてしまおうと決めこんで、投げてしまったのでした。

その後も壊れた床を踏む度、大工さんがやってくれるから、、と結構長い間、無視を決め込んでいましたが、覚悟を決めて向き合ってみたら、めっちゃ楽しく取り組めて、やり遂げたときにすがすがしかった~。

なんでもっと早く自分でしようって決断しなかったんだろう、、もし決断していたら洗濯機壊れなくてすんでたのかも、、、

なにより、大手術でなくて、侵襲すくない手術ですんで床も喜んでいるように感じました。

 

これって、、、、人生の問題と同じ!

 

無視したことは、必ず自分の人生に現われきます。

どんな問題でも目を背けず、気付いたら間髪入れずに自分の範疇にいれて、ささっと取り組めば、意外とすぐに解決できるし、それってめっちゃ良い経験になって楽しいことやん!

 

大工さんがいそがしくてほんとよかった。

 

そして、又一つ、宝物できた! my カンナ😆

 

 

 

 

 

おもちゃのようなカンナ

 

 

 

 

 

 

 

 

完成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、日曜担当のあまちやひろです。

 

つい先日 美しい弓が手元に届きました。

 

全体に螺鈿があしらわれた漆塗りの弓で、決して新しくはありませんので、もしかしたら実用性は期待できず装飾品になるかも、、という可能性も考えておりました。

 

最近、いろんな弓とのご縁を頂くようになりましたが、

名弓を作る弓師さんが亡くなられている場合には、なかなか手に入れるのが困難な弓もあります。

良い状態が保たれている名弓に出会うことができた時はとても嬉しくなります。

 

新しい弓を手にするたび、弓によって成長させていただいてることに感謝の気持ちがわき上がり、どの弓も愛おしすぎると感じている自分に、時に苦笑すらしてしまいます。

 

今回届いた弓には、「新宮 素直」という名(弓師さんの名前)が入っていました。

 

弓の力はそこそこ強いのですが、初めて引いた時からとても引きやすく、その名の通りの素直な弓でした。

 

そして、その名はそのまま私へのメッセージでもあると感じています。

 

新しい宮で 天に素直に生きればいいんじゃない~✨✨✨

 

ドンピシャな感じです\(^_^)/

 

 

 

 

 

 

こんにちは。

世界のゆわです。

今日は、望みを叶えるための「超」強力な方法、エレガントワードマジックについて書いてみます。

エレガントワードマジックとは、望みを言葉にし唱えることにより現実化していく方法です。
的確に行えば、短期間にしかもいくつもの望みが現実化します。

望みを言葉にして唱える現実化の方法はアファメーションと呼ばれ、スポーツの世界や自己啓発のセミナーなどでも使われていて、知っている方も多いと思います。

エレガントワードマジックは従来のアファメーションとは違います。

その違いのひとつがピーク体験。
このピーク体験が、現実化の確率をぐんと引き上げます。

ピーク体験って?

簡単にいえば、過去の自分の成功体験のときに感じたポジティブな感情と体感覚を再体験することです。

過去のやったあ!、嬉しい、素晴らしい、楽しい!という感覚を思いだしていきます。

そしてその状態で、自分の望みを言葉にして唱えるのです。

これは、現実化を強力にする、とても大切な要素です。

これだけで、ただ唱えるだけとは、格段に現実化力が変わります。

えっ、それだけで?と思うかもしれませんが、
そうなんです。

さらに詳しく知りたいかたは、こちら
↓↓↓

みなさんのよき望みがどんどんかないますように。



こんにちは、西表です。

 

6月30日は大祓です。

 

ところで

 

昔、会社勤めをしていた時に、オランダから来たヒプノセラピストのお話しを聞いてた時、

 

attachment アタッチメント

 

って、言ったんです。

 

はぁ、どういうこと?と思ってたのですが、

 

傍にいた通訳さんが「憑依」と訳してました。

 

はは〜、くっついちゃう感じなんだね〜と思っていました。

 

もちろん、勝手にはくっつかないのです。

 

くっつける種があって、そこにくくく〜っと引き寄せられてくるんですよね。

 

想念が。

 

例えば

 

ふっと何かに腹が立って、くそ〜っと歯を食いしばる様な思いをすると、

 

自分の中にそれにまつわる感情が形を帯びてきます。

 

形を帯びると言うのは、感じようとしてみると、脇腹のあたりにグググ〜っと赤黒い塊ができてたり、

 

ギュ〜っと締め付ける感じが頭に生じてきたり、まさに形を帯びる。

 

そこには、自分のエネルギーが注がれています。

 

まぁ、もう少し違うところにエネルギーを注いだ方が建設的ではあるのですが、

 

例えば、腹が立つ時、〜〜〜〜は〜〜〜〜であるべきと言う自分の中の思考があって、

 

そこに抵触する時に腹が立つと言うことが起きてきます。

 

なので、腹を立てるのをやめたくなったら、自分の中のその製造工場である思考を見直すことが役に立つのですが、

 

思考は自分の嗜好でもあるので、なかなかやめられなかったりするのです。

 

もちろん、良いも悪いもなく、これは単なるメカニズムの話しです。

 

だから、それぞれの怒りのヒットポイントも違ったりします。

 

自分は腹が立ったのに、隣の人はケロッとしてたりする。

 

そのことが、また腹立たしかったりします笑。

 

話しがどんどん脱線しましたが、

 

その感情のさざ波に、似た様なものがどんどんくっついてくる。

 

アタッチメントと言われたことは、この場合は、こんな感じのことが起きています。

 

そうすると、はじめは一つのことに腹を立てていたのに、どんどん次から次へと気に食わないことが増えてきて

 

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという状態に向かって行きます。

 

え〜っと、なんども書きますが、良い悪いはないです。

 

なので、この文を読んでも怒らないでください笑

 

昔、地球は円盤状だと言われていました。

 

今は、丸い球体だと言われています。

 

厳密には、今でも円盤状だと主張している人たちが何割かはいるそうで、

 

つまり、いろんなものの見方はあります。

 

さて、話しを戻すと

 

ポイントは、

 

もともと、袈裟を憎んではいなかったんです。

 

そこにどんどんアタッチするものがあります。

 

そうすると、ある一定ラインを超えると、自分ではどうにもできないくらいに、その部分が拡大して行き、そこに加勢するものが集まってきます。

 

類友と言うやつです。

 

それのどこが悪いんだ?

 

それのどこが問題なんだ?

 

と言う反応が、どこからともなく上がってきたりします。

 

自分の内側から、破壊に向かいたい部分が、破壊に向かおうとします。

 

それを抑えようとして、罪悪感がわいてきたり、

 

何にも感じない様にしてシャットダウンすると、いったんは何事も無かった様にスルーできます。

 

が、

 

それが外側に事象となって現れます。

 

そうすると、人生がかなり難航します。

 

難航も難航で、困難を極める様になると、

 

その難航していく人生の荒波を乗り越えるために、ありとあらゆることを身につけよう、としたりします。

 

能力を磨く。と言うやつです。

 

そう言う意味で、能力を磨くと言うことについては、

 

天から与えられた才能を磨く場合の能力を磨く。

と、

元々は天から与えられた才能ではあるのだけれども、自分が自ら作り出し続ける困難に立ち向かい乗り越えるために能力を磨く。

と言う場合の2つがあって

 

後者の場合は、本来の使い方とはどんどん離れていくので、どこまで行っても最終的には困難が付き纏います。

 

そして、オーバーヒートすると、ブレイクダウンして、燃え尽きます。

 

そうすると、次には、何にもしたくない。の沼に浸かります。

 

何もしたくない。は、なんの望みもわかなくなり、自分が何をしたいのかよくわからなくなります。

 

見た目、明らかに、どっぷりと、やる気の出ない沼にハマっているとある意味わかりやすいのですが、

 

この時にいちばん厄介だと思われるのは、

 

一見ポジティブに生きている場合です。

 

社会的に、ポジティブに見える。頑張っている様に見える。

 

でも、実際には望みがよくわからない。

 

と言う場合に、この沼にハマっていることがあって、

 

その場合には、自分で解決策を見つけることが難しかったりするかもしれません。

 

なんせ、自分は頑張っているわけですから。

 

そして、努力が足りないんだと思って、さらに頑張ろうとしたりします。

 

そうすると、たびたび、オーバーヒートして燃え尽きることが常態化します。

 

さて、またまたなんども言う様に、これらのことに良いも悪いもありません。

 

ただ、本当に穏やかに幸せに生きたいと望みはじめたら、今、やっている努力は、見当違いな場合があるかもしれませんよ。と言うことです。

 

9年前の大きな震災で、そして、今回のコロナの騒ぎで、日常の生活がぷつっと止まった時に、

 

本当に熟慮する時間を持てた方もいらっしゃるかもしれません。

 

本当に大切なものは何なんだろうか?

 

この人生をどう生きていくのだろうか?

 

自分は何をしたいのだろうか?

 

ふと立ち止まる機会に、今までの努力の方向性を見直す時がきているかもしれません。

 

そして、今まで努力してきたつもりだったのに、実際には、本当に必要なことはやってきてなかったと気づくかもしれません。

 

本当に自分の心の深奥を観てきただろうか?

(本当に瞑想に取り組んできただろうか?)

 

本当に自分を穏やかさや幸せに置くことをしてきただろうか?

 

 

その様な時に、大きく、軌道修正するチャンスが来ています。

 

上の話しの流れを逆から整理してみると

 

やる気の出ない沼にハマる←能力を磨く努力に勤しんだ←自分の人生に起きる出来事に対処しようとする←自分だけではなく、周りも巻き込んで、自分の人生にイベントを起こす←エネルギーを注いだ押し込めたものが醸成される(アタッチメントもここ)←自分の中にふとわきあがるものをスルーした←感情を生成した←感情の元になる思考があった←その思考を持つに至った何かがあった・・・・

 

もっともっと詳細にはできますが、ひとまずこれぐらいにしておいて

 

多くの場合は、人生に起きる出来事に対処しようとしていろいろな施策を練り行動します。

 

それは、残念ながら根本的な解決に至らず、ずっと対処療法的な対処が必要となります。

 

それは新たな次の思考回路を形成し、次の感情を生成する元にしてしまうかもしれません。

 

対処するために能力を磨くならまだしも、もっともっといろんな方法で、人生に起きる出来事に抗おうとしたりします。

 

それがある種の病気につながったり、再起できない様なある種の不幸に突入したり、破滅破壊に突っ走ったりします。

 

この一連の流れの中で、働きかけることができる部分は、感情を生成する部分とそれを生産し続けている思考回路です。

 

その思考回路に働きかけるのは、大きな川の流れを変えるようなものです。

 

なんども何度も刺激が流れた神経回路は強力な流れになり、容易に次の刺激が流れます。

 

少量の水が流れていた川も、水の流れが増すにつれて強大になり、挙げ句の果てにはそこに街が出来、それをベースにした営みが成り立ち文明が栄えます。

 

この様に例えると、その流れを変えることがいかに大変な激変をもたらすかは推察できることでしょう。

 

既存の川に水が流れなくなるということは、それまでの営みが消滅するということです。

 

これは個人の人生のレベルでみると、

 

今までの仕事はなんだったのか?

 

今までの人間関係はなんだったのか?

 

今までの人生はなんだったのか?

 

と根本的に揺るがす事態となります。

 

思考回路を変えるということについては、さらに突っ込むと、その大元の、その思考を自分の中で事実だとしてしまったことを見直すことになったり、真実に踏み込むことになります。

 

そこで、真実に帰っていくことが必要になってきて、それを助けるものはたくさんあるのですが

 

そこに至る前に、もうたくさんたーくさんアタッチしちゃってる想念思念があるわけです。

 

自分に積みに積んだ罪とそれによって気枯れた穢れ。

 

その罪穢れを祓いましょうね〜というのが祓いとも観れますでしょう。

 

それを祓わないことには、自分の深奥を観ると言っても、邪魔なものがたくさんありすぎて、皆目見れないわけです。

 

ちなみにではありますが、心が本当に整っていると、お部屋もきれいに整います。お部屋がきれいに整うと、心も整います。

 

さて、そんなこんなで祓いが、人生を根本から変えて行きたいというときにかなり強力に役立つのです。

 

ひとまず最低限、年に二回はみ〜んな祓い清めましょうね。ということで6月30日と年末に大祓があるわけです。

 

まぁ、この長い文をここまで全部読まれる方がどれくらいいるかわかりませんが、

 

ここまで読むと、

 

あれ?それって、年に二回でいいの?

 

と思い至る方もいらっしゃるかもしれません。

 

日本全国の神職さんは毎日毎日祓いをしてくださっています。

 

私たちも、年に二度と言わずに、毎日、祓うと良いですよね。

 

祓い、感謝し、みんなの幸せを願う。ということにどっぷりと浸かれば浸かるほどに

 

新しい流れが生まれて行きます。

 

新しい流れが大きくなっていくと、そこに新たに街が生まれ、文明が栄えます。

 

その時に、新しい人生が構築されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、日曜担当のあまちやひろです。


先日、咲き終わった薔薇の剪定をしておりましたら、2軒先のホテルのご主人がちょうどどちらかへおでかけになろうとして出てこられました。

 

私が作業しているのをご覧になって。私の方へ歩いてこられ、ゴミ捨て手伝ってあげようか?と申し出て下さり、たくさん刈り取られた枝葉を捨てるのを手伝ってくださいました。

ご自分のところで使用されている業務用のゴミ袋をわざわざ取りに戻り、これに入れたらええよ、と、私がそれにわんさかある小枝や葉っぱたちを詰めやすいように広げてもっててくださり、ゴミもうちで捨てといてあげるとおっしゃって、もっていってくださり、大変助かりました。

 

じつは、これが初めてではなく、振り返ってみれば、私が花壇の大がかりな手入れをして、たくさんゴミがでるたびごとに、必ず居合わせて、ゴミ捨てを手伝ってくださっています。

 

いつも、「また、タイミング良く~、え~とこへきてくれるなぁ」と笑いながら、遠慮無く手伝って頂いています(笑)

 

以前ブログにも書きましたが、このご主人、我が家の前の大木を、私たちになんのことわりもなく、区にたのんで、切らせたことがあります。

その後、私は、木が無くなり寂しくなったところに、いろんなお花を植えて花壇にしたのですが、彼はまたしても、区に依頼し、元気にたくさん育っていた木や花たちを根こそぎ処分させてしまいました。

ある日、東京から戻ってきたら突然なくなってしまっていた大木や、花壇をを目にした私は大変なショックで号泣、その瞬間は、生き生き生きているたくさんの生命を奪われたことがに怒り大爆発でしたが、それでも、2回とも許し、水に流しました。

 

その後暫くしてその大木からは新芽がでてきて、生きていることがわかり飛び上がるように喜びました。

また、花壇も新たにバラ園に作り替え以前の花壇より美しくよみがえらせました。

 

しかし、暫くしますと、生き返った大木の切り株のあちこちから出てくる枝は横に大きく広がるようになりそれを定期的に剪定する必要がでてきて、いままでかからなかった手間がかかるようになってしまったのでした。

定期的にお手入れが必要になったわけですが、そのたびごとに、ご主人が現われるのです。

 

これだけ、毎回タイミングがあうことって。あるのかしら?

 

不思議に思った私は、はじめ、このご主人の罪悪感を私がまだ責めて刺激しているのだろうか、とも思い、更に見つめなおしたりしていましたが、

どうやら、私のなかでは許して和解できていて、その結果、喜んで?手伝ってくれようとしているご主人を、感謝で受け入れている、ようでした。

 

きっと、これからもタイミングよく手伝いに出てきて下さることでしょう(笑)