倫理の先生 | 雪の積もるふじ山

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適当に、ね?

 1年ぐらい前に「公民の先生」という題名で何か書いたと思うんだよ。
その人が今年度は倫理を担当してくれたから、同じ人なんだけど、また書きたいことがあるから記そうと思う。

 この人は僕が最も尊敬する教師であって、この人に出会えてほんとよかったなぁって思うんだよ。自分の価値観がごそっと変わったね。視野が一気に広くなった。
1年前に公民の授業受けてる時は特に何か思うようなことはなかったんだけど、倫理の授業受けてから色々と思うことが増えてね。

 この人はね、東大卒でね、英語ペラペラで、文系科目ならばどの教師と張り合っても負けることはないだろうってぐらいの人なんだよ。
専門は政経と倫理なんだけど。たまに会話してると英語で話が返ってくることがあってその時は少し困るんだがw
で、自分では自分のことが賢いだなんて一言も口にしないが、この人の教養の深さは恐ろしいんだよ。
多分社会系の教師目指してる人が居たら自分が情けなくなってしまうぐらいだと思う。
俺も倫理の教師になろうかなぁとか一瞬思ったことがあるんだけど、この人に敵うことはできないなって思ってしまったからやめたね。
まぁそのぐらい本気では思ってなかったんだと思うな。
倫理は好きだから色んな人が書いたのを原文で読んでみたいとか思ってるんだけど、どうだかなぁ。



 この人のことを綴ってくと際限がないから、紹介はこのくらいにして今日の授業で言ってたことを覚えてる範囲で書こうと思う。


 「私は哲学史を教えることはできても、結局のところ『倫理』自体を教えることはできない。
倫理ってのは、例えばこのような状況の時あなたはどんな行動を取りますか?っていうもので、そこに正解ってものがあるのか。
またね、私はこの1年間、倫理っていうものを君たちが辛い時の精神の支えになってくれることがあればなって思いながら授業をしてたよ。
色々な人が色々なことを言う。それが認められて、こう教科書に載ってる。
だから倫理を学ぶことって損ではないと思うんだよね。どこかで役立つ時があると思う。

でもね、私は君たちにこれよりもっと知って欲しいことがある。
私は過去にとても嫌なことがあって、数年間鬱で鬱で死のうと思いながらどうにか生きてたことがあったよ。
風呂でこのまま手首切れば楽になれるかな、とか、車運転してる時は後ろから追突されないかな、とか。
食事も全然喉を通らなくて、本当に毎日が辛かった。
こんな状況で、私の学歴や知識なんてものが役立つと思うか?
全く役に立たなかったよ。
東大卒が何なんだよって。
だからどうしたって。

その時ね、自分は0に等しい存在だと思ったね。
何もすることが出来ない。
誰の役にも立たない。

それで、私はキリスト教の聖書やら仏教の経典やらを読み漁ったさ。
だけどね、どれも私を救ってくれるものなんて無かった。
いくら神に祈っても、それは無意味だった。
神なんて居ないと思ったね。


だけどね、だけどね、その時に唯一私を救ってくれたものがあったんだよ。

周りの友人と、家族さ。
その中のね、ある友達がね、こう言ったの。
「お願いだ。私のために3年間生きてくれ。」って。
じゃあまぁしょうがねぇ生きてやるかって思えたね。
その人とは今でも友達でね、良い人だよ。
後は激怒してくれた友人が嬉しかったなぁ。
母親も、あんたが死ぬなら私も死ぬ、って言ってくれて、無理矢理口にご飯ねじ込ませてくれて、嬉しかった。

私は何本ものつっかえ棒にどうにか支えられながら生きてたんだよ。
その時ね、気づいたことがあるんだよ。

私はもう無力で何もできない0に等しい存在だった訳だ。
でも、そんな私を心配してくれて、支えてくれる人が周りには居た。
こんな私を、0に等しい私を支えてくれたんだよ。
この時ね、初めて、あぁ、世界って美しいなって思えた。
これに気づいてから、もう絶対に自分を捨てるようなことはするまいと思ったよ。

私はいつも君たちに、大学なんてどこでもいい、好きなところに行けばいいじゃんか、って言ってるけど、これは本気で言ってるんだよね。
君たちはこれから、絶対に、私と同じように、レヴィナスの言う他者のような決して自分と相入れない存在に出会うと思うんだよね。
それが1年後か10年後か20年後か分からないけど。
この時に、お前の背負ってる、世間から優秀の眼差しを浴びるだろう学歴なんてものが何の意味を持つか。

私は君たちに東大に行って欲しいなんて微塵も思ってない。
行きたきゃ勝手に行けばいい。
あそこは勉強するのはいい環境だ。
だがな、私は君たちに、お前が苦しんでる時にお前を支えてくれる友達を持って欲しいと思うんだ。
良い友人は君の人生を豊にする。

でね、その友人ていうのは今君の隣に座ってる人なんだよ。
君にとって、君の隣に座ってる人は、君を支えてくれる人であって、同時に、
君も、君の隣に座ってる人を支えてるんだよ。
何言ってるか分からないかもしれないけど、そういうものなんだよ。

私も、君たちに支えられて生きていて、それに気づくともう自分を捨てようとは思えない。

もし自分を捨てたくなったら、私の所に来なさい、ぶん殴ってやるから!」



 ここまで書いただけで随分と個人が特定されてしまう気がするが、ちょっとそこら辺に触れる話は省略し、実際に言ってないこともわざと書いた所もあります。
思い出しながら書いてたからそこら辺は見逃してください。

 こんな話を聞いてね、それ分かるよ!なんて言うことは失礼かもしれないけど、ちょっとは分かるよ。分かる。この人のに比べたらちっぽけなことかもしれなんが、俺も同じようなことあったから。最近はほんと幸せ。自分は友人関係に悉く恵まれてるからね。


 この人は教育熱心でねぇ、「教育」をしてくれるんだよ。
それが生徒のためになると思って。
多くの教師はとりあえず、生徒同士で問題を起こさせないように、事前になるべく手段を施すタイプなんだよね。個人的な考察だけど。例えばクラス変えで危ない奴同士は離すとか、他には何だろう、ちょっと思いつかないけど。
でもこれはほんとに生徒のためになるのかってね、その人は言ったんだよ。
生徒のためを思うのならば、問題が起こるのはしょうがないことであり、そこからどう解決させるのか。なぜ問題は起こったのか。次起こらないようにするにはどうするか、を考えさせるのが「教育」だって言ったんだよね。
前者は確かに教師側からしたら楽だけど、それは生徒のためにはならないんじゃなかって。


 もう目がやばいんでこのぐらいにしとくけど、他にも色々とこの教師から考えさせられることがあってね、尊敬するわ。人間としても教師としても。


 でね、この人に不覚感銘を受けてしまい、これはもう俺も教師になるしかないなって思った。
数学か物理だけど。

 俺も、こんな人になりたいなぁと思ったんだよ。




僕はもう目が疲れました。
明日はお泊まり会です。やったね?

一回も読み返してないから後日修正するかも。