海上自衛隊 徳島航空基地開隊記念行事(スカイフェスタ松茂2006) 前編
9月30日05:30起床。
土曜はいつもこの時刻に1回起きて、ABCラジオの「橋詰優子のおはよう
チャイナ」を聞き始めるのだが、大抵は途中でまた、眠ってしまう。
でも、今日はノソノソと起きて朝食の準備を始めた。
07:00梅田発の徳島行きのバスに乗ろうと思っていたからだ。
しかし、ちゃんと用意をしてなかったので、出る間際にドタバタ…いつもの
ことだが、眠気が勝って、思うように体も脳も動かない。
結局、07:00に梅田に到着できる時間は過ぎてしまったために、ゆっくりと
用意して、08:00発に余裕を持って乗ることに決めた。
「バルトの楽園ロケセット 」以来、今年2回目の
明石大橋。
バスを松茂で降りると地元の特産物などを販売している徳島とくとくターミ
ナルという「道の駅」の様な建物があるのだが…。
全く「スカイフェスタ松茂2006」なるイベントが行われているのかどうか、
気配が無い。
なぜならここは「スカイフェスタ松茂2006」の「C会場」でもあるのだ。
よく見るとここの自動ドアに唯一ポスターが貼ってあった。
しかしちょっと不安になった…結局この不安は的中した。
徳島とくとくターミナルのポスター。
とりあえず「メイン会場」である松茂中央公園に向かう。
ここまで行けば「A会場」である徳島基地へのシャトルバスもあるハズだ。
約1km強を歩いて「メイン会場」へ着くと、まだ、今夜行われるトワイライト
コンサートの準備をしている。
聞くと、シャトルバスはまだ動いていないので「A会場」へ行くには、タクシー
か歩いて行くしかないという。
距離は2km強…歩いた。
延々続く外周道路。 セキレイが気持ちを和ませてくれる。
門に着いた時には、疲れ果てていた。
米子・美保基地のC-1。 この日旅客機としてラストフライトとなった
が自衛隊は当分現役のYS-11。
簡単な手荷物検査を済ませ、基地の中に入ってみると、人が少なく、
のんびりムードが漂っている。
まもなく「シミュレーター体験飛行」の申し込みを締め切ったとのアナ
ウンスが流れた。
先着200名まで申し込みできたので、07:00梅田発のバスに乗れば
申し込めたのに残念だ。
確か、数年前に一度、ブルーが来たことがあったはずだが、今日は
これといったものが無いというのもあるが、他の基地では目障りで
邪魔な脚立もレジャーシートを広げてる輩もここでは見ることは無い。
十数年ぐらい前の海自岩国基地もこんな
程度の空き具合だったのを思い出す。
雨天でもないのに屋内で行われている式典。
式典を終え、エプロンへ移動してきたVIPたち。 地元のプリプロだろうか…。
天気が良いのに何故か屋内で行われていた式典が終わり、観閲飛行が
始まった。
「よみがえる空」で人気のUH-60。 哨戒機SH-60の編隊飛行。
海自練習機T-5。 徳島基地の象徴的機体TC-90。
対潜哨戒機P-3C。
続いて、エプロンではカラーガード隊が入場、フラッグ演技が始まった。
いつも思うが、大阪府警 や消防局のカラーガード隊 同様、この手のメンバーは
本当に年齢が判らない…。
カラーガーズの入場。 フラッグ演技。
すげー豪華なたすき。
海上自衛隊 徳島航空基地開隊記念行事(スカイフェスタ松茂2006) 後編 に続く
わくわく宝島…と、いうより帆船「あこがれ」船内見学
7月末の天保山では、よみうりテレビが「わくわく宝島」なるイベントを行うように
なった。
放送局の公開イベントは、特にラジオ局は以前から各局とも秋に1日だけの
イベントを以前から行っていたが、大阪のテレビ局としては数年前に毎日放送が
「オーサカキング」というイベントを一週間強、大阪城公園で始めて大きな反響が
あって、よみうりテレビも刺激されたのか、今は、はり合うかのように行われている。
「オーサカキング」と全く同じ期間に行われるというのは、協議あってのことなの
だろうか…?
地下鉄で行ける宝島なのだ。
ラジオ局と違ってテレビ局のイベントブースはみんな入場料をとりやがる。
金を払ってまで、奴等の宣伝に付き合う気はないので、大抵は外から見学するに
留める。
それでも生中継などがあれば、中継車や機材、スタッフの動きを見られるし、
日頃はそう見ることのない大型クレーンなどを稼動させている場合もあり、ミニ
放送機器展を見ているかのような場合もあるので、時間があれば覗くだけは
覗いてみたりするワケだ。
春までは東京でもネットしてた「なるとも」。 萩原アナの「どっちの料理ショー」っぽいイベント。

ポケバイもこれだけあれば壮観。
この日の、私の行った時間は生中継も何もなく、個別のブースなどでのイベント
のみだった。
なぜかテレビ大阪のクルーが取材に来ていたが…。
先日、地球深部探査船「ちきゅう」 を見学した岸壁に行くと、大阪市の練習帆船
「あこがれ」が停泊している。
昨年は、居なかったと思うが、「わくわく宝島」のマークにもあるように、「宝島」に
「帆船」があって不思議ではない。
私の過去のブログの「大阪市消防出初式 3 」にもあるように、「あこがれ」は通常、
住之江区の南港を母港としてATC前に停泊しているので珍しくはないが、今日は
「わくわく宝島」に参加協力する上で、13:00から船内見学ができるという。
それまでの1時間強を、マーケットプレイスなどを廻って潰し、13:00を待った。
特別、列に並んだり、受付で名前を書いたりすることもなく、フリーに乗船できた。
今回はブログを前提に行ったワケではないので、いつものハイビジョンカメラ
ではなく、標準装備しているザクティのHD-1で静止画のみの撮影をした。
メインマストだけ横帆が張れる。 キャビン側から舳先を見る。
唯一、大阪船籍の帆船。 カバーされた操舵室。
操舵室から舳先を見る。 丁寧過ぎるほどの説明。
頑丈にロックされてる操舵輪。 なんとなく使いたくないトイレ。
キャビンを降りていくとクーラーの効いた狭い廊下の両側に、以外なほど
多くの部屋があり、広さを感じた。
テーブルには「淵」があり、船が多少揺れてもコップなどが滑り落ちないような
工夫がある。
廊下も壁に両手をつきながら歩く幅と考えれば、狭いのも頷ける。
手摺付の狭い廊下。 寄港した場所などの盾。
ギャレーと呼ばれる厨房。
廊下の奥を出ると船尾のミーティングルームに出る。
続いて、甲板を見学。
甲板にも操舵輪があったが、キャビンを見た後だけにこっちは飾りかと思い、
聞いてみると、切り替えでこちらも実際に操舵できるそうだ…。
こちらの操舵輪は公海上で、トレー二ーと呼ばれる一般参加者も、実際に
操舵できる…らしい…。
赤字の大阪市が何故作ったのだろう? キャビンと切り替えで使う甲板にある操舵輪。
甲板の操舵輪用の計器。
使うことが無い事を祈りたい救命ボート。 日頃の活動などを紹介してるパネル。
たぶん百年以上、どんな船でも同じ、角丸ドア。 帆の無いマストはチト寂しい。
フィギュアヘッドの向こうを行くサンタマリア。
通常、この練習帆船「あこがれ」は大阪市以外の居住者も希望すれば
乗船、セールトレーニングができる。
但し、大阪市の居住者はちょっと安くなる。
つまり、スケジュールが合い、金さえ出せば誰でも乗れるわけだ。
私もいつかはこれに乗って南の海に行きたいとは思ってはいるのだが…。
いつかは後悔…いや、航海してみたい。
この翌日の夜から私は広島へ行く予定もあったので、少しでも体力を
温存しようと、観覧車横のバス停から市バスに乗った。
が、結局、住之江のトイザらスや、なんばから恵美寿町まで歩いたり
したので、体力温存どころではないほど、疲れた…。
5日の夕方には全部の帆を張るセイルドリルが行われたようだが、
私はそれどころではなかった…。
航空自衛隊防府北基地航空祭 当日編 3
(「航空自衛隊防府北基地航空祭 当日編 2 」の続き)
さて、ファンシードリルをキャンセルして、列に並んでまで手にした整理券とは?
ヘリの間で展示されてるバス型兵器?
実は、バスによるランウエイ走行体験の整理券である。
何年か前から始まったイベントで、これは私は始めてではなく、過去に2回ほど
体験している。
ただ、今までは、あえて最後部の座席で後ろ向きにカメラを向けて撮った。
あとで逆転させると、運転士やバックミラーなどに邪魔されることなく、あたかも
シミュレーター画面のような映像に加工できるからだが、今回はブログ前提も
あって、最前席で撮影した。
バスの前を横切るT-7。 老若男女、誰もが参加できる。
日常では考えにくいショットだ。
最前席でもシミュレーター画面のような撮影が
可能だった。
展示機をいつもとは違うアングルで、ドリーショットで見られるのも魅力だが、それにしても、防府北は
他の航空祭に比べ、空いていて、ノンビリした雰囲気がある。
13:00を過ぎ、午後の一つ目の展示飛行、F-16の機動飛行が始まった。
予行は昨日にも防府駅前でも見ることができたが、やはり、エプロンで
見るに限る。
驚くほどの低空での飛行などは遠くからでは見られない。
比較しなければF-16とF-2はシルエットでは 腹側もF-2と見分けるのは難しい。
見分けしにくい。
F-16の派手な飛行展示は、空自隊員たちも 上昇時以外はなにしろ早い。
注目する。
胴体横以外に主翼全面にもベイパーが出て 超低空で、まさに「ローパス」。
るようだ。
この日は、午前から天候の変化が著しく、晴れたり雨降ったり…。
実は、エアロックの展示飛行時もエンジンをかけ、テイクオフするまでは、中止に
なるのでは?…と、思うほど雨が降ったりしていた。
雨が降っても晴れてもハンガー内は混む。 ある意味、雨が降ると撮影のチャンスかも…。
今度はF-4が飛んできた。
が、今回はF-4よりも地上に視線が集中した。
対空機関砲 VADS1改が、F-4の迎撃を行うのだ。
対空機関砲の迎撃デモは昨年の小松でも行われていたが、人ごみの向こうで
地上に存在してるため、撮影しにくかったが、ここでは近くからその迫力を見る
ことができた。
敵役(?)のF-4。
迎撃するVADS1改。 地上と上空と同時に撮影対象があると忙しい。
排莢がすごい。 あっと言う間に薬莢だらけになる。
最高で3,000発/分なのだから…。
「グイーン」という音と薬莢が排莢される「カチャカチャカチャ…」という音が
目立って聞こえるだけといった印象だ。
ただ、撃ったあとの薬莢回収の姿は、なんとも侘しいものがある。
薬莢をみんなで一旦赤い箱に入れて数を確認。 確認できたら、木箱にバラバラと入れる。
なんと28.9kgにもなる!?
天候は多少不安定ながら、雲はそれほど低くない。
あとはブルーを待つだけ…。
ここで悲しいお知らせが…。
「築城基地上空が悪天候のため、ブルーインパルスの展示飛行は中止となり
ました。」
ガックシ…。
いくら防府上空の天気が良くても、発進基地の天気が悪けりゃ中止になる…。
リモート展示のため仕方ない。
みんな肩を落として、さっさと帰路につき始めた。
この画面も粗く見えるがクリックするとマシになる。
いつもはスルーしてしまうラジコンの展示。 グライダーは2機展示されてた。
今日も夜行バスで帰る予定の私は、急いで帰る必要はないので、いつもは
見ないような展示も見ようと中庭へ。
多種のラジコン機の展示や、グライダーの展示が行われていた。
ただ、天候が変化してきて気圧が変わってきたせいか、風が強くなってきた。
また、ブルーの中止で観客が減ってきたこともあって、早めに帰投することに
なったのか、グライダーの収納風景を見ることができた。
グライダー1機分の収納トレーラー。
主翼、尾翼を丁寧にはずす。 あとは、蓋するだけ。
たぶん米子に帰投するT-400。 ちょっとした機動飛行後、帰投するUH-60。
海自のT-5練習機、一見、旧軍の戦闘機のよう。 明野に帰投するAH-1とOH-6。
陸自車両は当然、一般道で帰投。
15:00すぎ、西門から出て、徒歩で近くのパチンコ屋に入る。
とはいえ、私はパチンコなんぞ20年ほどやっていないし、やる気も無い。
トイレを借りることと、すぐ近くにあるバス停に来るバスを待つための休憩
である。
最近のパチンコ屋は、クーラーが効いていて涼しいし、テレビも見られる
ちょっとしたカフェのようなコーナーもあるので、出した分の水分もここで
補給するが、パチンコ玉は1発たりとも打たずに出る。
昨年は、ハイビジョンカメラテストがてら、灼熱地獄の中、駅から防府
天満宮まで徒歩で行って、防府の夕景を撮影しながら時間を潰した。
一昨年は、当時話題となっていた韓国映画「ブラザー・フッド」を見た。
今年はどうするか…実は、予め映画の前売り券を買っておいた。
「日本沈没」である。
この映画には、先日、天保山で見学した
地球深部探査船「ちきゅう」 や、自衛隊も
撮影協力しているから、チェックしておき
たかった。
期待した映画だった。
防府北基地内の掲示板にもポスターが!
所詮SF映画ではあるが、ちょっと不自然
な点が多く、また、この映画は「ローレライ」と同じ若い監督だが、「ローレライ」
同様、ガラスにスタッフの映りこみがあった。
本来、初歩的なミスである。
時間に追われ、リテイクできないテレビの連続ものならともかく、金をかけた
劇場映画なら、なんとかなるハズだが…。
たぶんカメラマンや編集マン、その他のスタッフもプロなら気付いていたハズ
だが、若い監督なのでそれなりの対応をしたのだろう。
映画の世界は、いまだに古い考えが蔓延ってる世界だから。
私は日本映画はこの体質が入れ替わるまで、昔のような繁栄は無いと思って
いる。
そんな、消化不良状態のまま、私は22:10発の大阪行き夜行バスに乗った。
が、今回、ブルーは本番で中止になったものの予行は見られたし、行きたかっ
た回天記念館の見学、また、T-7フライトシミュレーターの見学…と、いつもより
充実した防府の旅となったと思う。
映画を除いては…。
航空自衛隊防府北基地航空祭 当日編 2
(「航空自衛隊防府北基地航空祭 当日編 1 」の続き)
こちらは実機のT-7。
雲は多いが、太陽の光は容赦なく照りつける。
昨日、散々日焼けした後だが、一応、日焼け止めを塗って、地上展示機や
出店を廻る。
空自のCH-47は、陸自とはちょっと違う迷彩。 OH-6だけがなぜか2機展示されていた。
たぶん八尾から来たと思われるUH-1と
明野から来たと思われるAH-1。
来年はAH-64が来るだろうか…。
個人携帯地対空誘導弾 スティンガー。 わざわざクソ重たい防弾チョッキを着せられて
一家に一丁は欲しい時代…? スティンガーを担ぐ体験。T-7はだいぶスリムに感じる。
外は暑いので、ハンガーの展示を見る。
防府北にはテレビ映画「コンバット!」でもおなじみのアレが見れる!
コックピットに乗って記念撮影するためのT-7。
空対空レーダーミサイルAIM-7スパローと F-1に装備されてたLAU-3Aロケットランチャー。
Mk82 500ポンド模擬爆弾。 向こうにチラッとロケット弾も見える
64式やSIGと一緒にさりげなく並んでいる この勝手に触るオッサンのために、後に展示
ブローニングオートマチックライフルBAR! 位置が変わってた。
手入れされているので50年以上前のものとは
思えない。
私の今まで行ったことのある駐屯地や基地で、BARを展示しているのは
ここしか知らない。
空自では今も訓練に使ってるらしいが、新たに輸入したり、ライセンス生産
したという話を聞かないので、たぶん朝鮮戦争時のものだろう。
中には平気で展示物に触る輩が居た為だろう、時間をあけて再度、この
コーナーを見に行くと、規制線から距離をおいて展示されてた。
携帯食料や特殊なナイフもセットされてる。 なぜか迷彩の作業服は無い。
子供対象で行われてた パラシュート体験。
陸自車両も展示されていた。 イラクの分が帰ってきたので余剰状態?
いよいよF-2の飛行展示が始まった。
いつもの岐阜の赤いF-2ではなく、三沢と思われるブルーF-2だ。
このアメーバブログは、最近、動画を貼ることもできるようになったらしい
のだが、実験的にザクティで撮った16:9のMPEG4HDの動画も貼ってみた。
ただし、ムービーの撮影途中で写真を撮ったので、写真がメモリーに
書きこまれる一瞬だけ画が止まり、音だけとなる(ザクティの機能の問題)。
映画や食玩で良く見るカラーリングのF-2。 それほど派手な機動飛行ではなかった。
きれいなベイパーを引きながら飛ぶF-2。
湿度が高くなった証拠かも知れない。
ザクティで撮ったF-2の動画(16:9撮影なので縦長)。
懐かしい「これが青春だ」が流れてきた。
続いてエアロックの展示飛行が始まるのだ。
考えてみれば最近の航空祭では、ピッツは地上展示ばかりだった。
ピッツが飛ぶのを見るのは昨年の「但馬空港フェスティバル05 」ぶりである。
エンジン始動するピッツ。
いよいよテイクオフ! 残念ながら雲が厚くスモークが映えない。
キャノピーが光った一瞬! 演技のバリエーションはまだ多いとは言えないが、
十分楽しませてくれた。
これで、午前のだいたいのイベントは終了。
エプロン中央ではファンシードリルが始まろうとしていたが、私は格納庫端に
できた列の後に着き、一枚の整理券を手にして腰を下ろした。
駅で買ったおにぎり二つをほおばりながらふと見ると、隊員たちは高そうな
弁当を食っていた。
やがる。
「航空自衛隊防府北基地航空祭 当日編 3 」に続く
航空自衛隊防府北基地航空祭 当日編 1
(「航空自衛隊防府北基地航空祭予行と回天記念館 3 」の続き)
またまた、天気予報はハズレタ!…か?
7月16日06:50起床。
これまた天気予報に反して防府は、爽やかな青空の見える朝を迎えていた。
荷造りをして、ホテルをチェックアウト。
10分ほど歩いて駅に着き、パソコンなどの不要な荷物はロッカーへ。
今回はロッカーキーを丁寧に、財布につけているチェーンに取り付ける…。
米子 の二の舞にはなりたくないので…。
たぶん今日の第2便と思われる、防府北基地直行の臨時バスに乗る。
400円は距離のワリには安くはないが、路線バスタイプではなく、観光バス
タイプで乗り心地は良く、なんと言ってもクーラーが気持ちいい。
片道400円を払って乗る。 軍オタのオッサンばかり…自分も含めて…。
バスに乗ったまま入る。 T-3や、T-33、F-102などが展示されてる。
08:00ごろ防府北基地に到着。
手荷物検査も無く、どこかのどかな雰囲気がする基地である。
エプロンに向かって行こうとするとフライトシュミレーター見学会場と書かれた
建物の前に十数名の列がある…これは並ぶしかない!
10分ほどすると、整理券が配られた。
8:50にもう一度この場所に来るように言われ、当分は基地内を見学する。
最新のT-7フライトシュミレーターがある。 まだ、それほど並んでなかった。
防府北基地はパイロット養成の教育隊がメインで、今は最新のレシプロ
練習機T-7が配属されている。
防府北基地の所属部隊。
09:00から始まる式典やオープニングフライトの準備が始まっていた。
空自は89式ではなく、今だ64式小銃を使っている。
式典に参加するために移動中。
オープニングフライトへのタキシング。 ふぐの特別塗装T-7とピッツのツーショット。
前輪が低い気がしないでもないT-400。 美保から飛んできたC-1。
式典で並ぶ隊員の後で離陸するT-7。
08:50が近づいてきたがフライトシミュレーターのある建物にひと気が
ない…。
しかし、建物に入ると、すでに数人が待合室で座って待っていた。
クーラーが効いて涼しい…これならもう少し早くから入っておけば良かった。
フライトシミュレーターは初めてではない。
以前、海上自衛隊岩国基地でMH-53E 掃海・輸送ヘリコプターのフライト
シミュレーターのコックピットに座らせて貰ったことが一回と、後から見学
させて貰ったことがある。
今回はT-7のフライトシミュレーター、しかも数年前の岩国より技術も進んで
るはず…。
ワクワクして来る。
シミュレーターは2基ある。
待合室でもモニターできるらしい。 手に持ってる筒の中に串が入ってる。
説明によると、コックピットに乗れるのは3名だけ。
それ以外は後から見学するだけになるという。
その3名を決まるのは缶に入った何本かの串の内、先が赤い3本を引いた
者が当たりという、非常に単純明快な抽選システムだった。
なんと、最初に引いた私の串の先に赤い印が…なかった。
赤を引いた3名には意味があるが私はあまり
関係ない…。
いよいよフライトシミュレーターに入る、何段かの階段を上がると、半円球
に近いスクリーンに、この防府北基地のランウエイが写っている。
プロジェクター投影式なので、中は映画館のように暗い。
その真ん中にT-7と思われるコックピット部分が、計器を光らせて鎮座して
いる。
いきなり、当選者の一人をタンデムの前席、つまり、訓練生席に座らせ、
後席から教官が説明しながら操作していく。
ランウエイを進み、テイクオフ!
防府の街がリアルに見える。 宙返りの途中、地平線が縦になってる。
完全に宙返りの状態。
車酔いし易い人は気分が悪くなっても仕方ない。
ある程度、説明フライトが終わると、操縦権を完全に前席に渡され、フリー
フライトに入る。
不安がる参加者の「墜落しませんか?」の問いに教官は「死にませんから
大丈夫です!」
訓練生席の計器は実物のT-7と同じ状態。
後の教官席は3つのディスプレーを見ながら、操作する。
真ん中のディスプレーは前席の計器と全く同じ表示、左右両側のディスプレイはタッチパネル仕様
頭上には10台前後のプロジェクターが、並んで
いる。
スクリーンは180度をやや超える程度だが、コックピットはだいぶスクリーン
に近いので、たぶん、訓練生の位置からは視野の大抵が収まる設計なのだ
ろう。
後から見ると、主翼の位置もやや前傾して見えるが、これも計算されての
ことだろう。
3つの画面で180度マルチに繋いでみた。
表示は荒いが、クリックして見るとマシになる。
防府市上空の数分のフライトを終え、また、
防府北基地に戻る。
さすがに離着陸は教官が操縦桿を握り、滞りなく終了し、交代となる。
3人目ともなると、後で見学しているのも、やや退屈しないでもないが、
防府の街のCGは割合細かく、街を詳しく知ってる者なら、いつまでも楽し
めるだろう。
3人目のフライトも終わり、退室となる。
その前に一枚だけ、ストロボを焚いて写真を撮ると、現場では暗くて判らな
かったが、ボディはつや消しの黒で塗られていた。
これは当然、プロジェクターの光が乱反射しないためだろうけど、T-7の
イメージよりも、どこかの国のステルス戦闘機のようだ。
ボディはつや消しの黒だった。
クーラーが効いた涼しい場所を後にするのは、ちょっと躊躇するが仕方ない。
荷物を担いで、炎天下の外に出た。
「航空自衛隊防府北基地航空祭 当日編 2 」に続く
航空自衛隊防府北基地航空祭予行と回天記念館 3
(「航空自衛隊防府北基地航空祭予行と回天記念館 2 」の続き)
私が回天記念館に来たかったもうひとつの
理由について…。
1995年の阪神大震災以来「ボランティア」
にスポットが当てられることが多くなった。
内部からは開けられなかったハッチ。 私は決して周囲の流行や、話題に乗るタイ
プの人間ではない。
どちらかといえば、反発するアマノジャクな
人間だ。
しかし「ボランティア」については、私なら
何ができるのかと、考えていた頃があった。
錆びた潜望鏡。 そんな時、毎年開催される度に、2~3度
は必ず入場して見学していた「大阪の平和
のための戦争展」でボランティア募集してい
るのを知った。
迷わず応募、その翌日から早速、受付業務
をしていた。
が、私はそこで行われる、様々な戦争体験
回天を運んだイ号潜水艦。 者による証言や講演を記録すべきと思い、
その時は無かったビデオ記録係を勝手に
申し出て、それからはビデオ撮影ばかりを
していた。
その「戦争展」で他の展示とは違ったなん
とも手作り感の強い展示が一角にあった。
作業服など
それが回天の展示であり、その展示に興味
を持つ者があると、丁寧に説明していた
一人の老ボランティアのO氏の姿があった。
O氏は小柄な体格で俳優の大滝秀治氏に
も似た風貌の老紳士、元・回天搭乗員として
訓練を受けていた経験を持つ。
何故かここにも戦艦大和。
たぶん、毎年「戦争展」が行われていた
会期の2週間は休むことなく、来られてい
た。
ある日、O氏が閉館よりだいぶ早くから
展示を片付けておられた。
回天のカットモデル。 私は体調を悪くされたかと思い「どうされ
たんですか、大丈夫ですか」と聞いた。
するとO氏は人なつっこい笑顔を浮かべ、
「今日、孫と一緒に花火、見に行きますん
や」
そう言って一礼して帰られた。
私はO氏の姿が見えなくなるまで見送った。
回天をのせて運んだ一等輸送艦。
終戦の日、O氏は既に遺書を書いて、
出撃を待っていたのだという。
もし、玉音放送が数日遅れていたら、O氏
はもちろん、O氏のご子息やこの日一緒に
花火を見に行くお孫さんもこの世に存在し
なかっただろう。
「パパママ」の記述がある遺書。
以前、沖縄のテレビ局が制作したドキュ
メンタリー「遅すぎた聖断」という番組を
見たことがある。
日本の敗戦は1945年の早い内から、いつ
決断するかが問題になっていた。
結局、本土決戦を阻止するため、8月15日
当時の写真で構成された説明パネル。 になったが、もし、もっと早ければ、悲惨な

沖縄戦は回避できたかも知れない…として
天皇の戦争責任を問う内容だったと記憶し
ている。
もし、そうだったなら沖縄戦だけでなく、
この大津島に居た多くの若い命も、大都市
で空襲に遇った人々、広島や長崎…いや
出撃前に各自に渡された短剣。 アメリカを含め東南アジアの多くの命をも
まさに棺桶に入る思いだったろう。 無駄にすることはなかったのだ。
とはいえ、済んだことを悔やんでも仕方
ない…。
あの日、O氏がお孫さんと一緒に花火を
見に行けたのも1945年から60年余りの間、
日本がはっきりと参戦することなく平和を
維持してきたことがあってこそである。
回天の母と呼ばれた人も居た。
これは素晴らしいことなのだ。
私はあの日のO氏の後ろ姿を見ながら、
平和の尊さ、命の尊さを実感した。
同時に、回天の搭乗者たちが最後の時間を
過ごし、目にした風景を見ておきたかった。
地球上から戦争を無くす事ができない限り
人間は同じ悲しみを繰り返す…。
最近、北朝鮮のミサイル問題をきっかけに、きな臭い言葉がマスコミに登場
し易くなった。
確かにミサイルを撃ち込もうとしている国があるのに、指を咥えて見ている場合
ではないかも知れない。
でも、解決の方法は「目には目を」的な考え方以外にも必ずあるハズだ。
お互いに「人間」なのだから…。
出撃前の搭乗員達は、この自然豊かな島に生息する虫達さえ、愛おしく感じたであろう。
いや、羨ましく思ったかも知れない…。
回天記念館には少しだけ、屋外展示がある。
回天の推進装置の一部(たぶん実物)と、「回天」である。
私は一艇ぐらいは本物を残して展示しているのだとばかり思っていたが、
これは模型だそうだ。
靖国神社の遊就館 には実物があったと思うが…。
回天の推進装置の一部。 模型とはいえ迫力はある。
二重反転スクリュー。 潜望鏡とハッチの部分。
酸素で回転させ、気泡航跡が出にくかった。 母艦から直接入れる下側にもハッチがあった。
回天断面図。
昨年設置されたものらしい。
「回天碑」の横の方に小さな石碑があったので撮影してると、団体客の
一人がツカツカと鐘楼に近寄って鐘を突き、辺りは鐘の音が反響した。
以前にも書いたように、私は無宗教で死後の世界も信じてはいない。
だから、広島の平和祈念公園 で手を合わすことも、靖国神社 で拍手を打つ
こともない。
常に心のポケットに何を入れているかの方が問題であり、そのようなある種の
パフォーマンスは不要だと思っている。
しかし、ニコニコしながら冗談っぽく、仲間を驚かせるためとしか思えない
目的で、この鐘を突いていた男性の行動には閉口する。
このような場所で、しかも回天記念館の見学を終えた後なのだから、鎮魂の
意味を持って突くなら判らないでもないが…。
この団体がゆっくりと屋外見学してるうちに、私はやや早足で次の目的地、
展望広場へと向かった。
ここからのパノラミックな風景と、モニュメントをカメラに収めるつもりだった。
ケモノ道のような登りが続いたが…。
写真のような登りが続き、朝からの疲労が私の足を途中で止めてしまった。
更に、帰りの船の出航時刻が17:10、出航まであと30分ほど。
これを過ぎると最終18:00までない。
回天発射訓練基地にも行っておきたいし、天候も怪しい…。
たぶん、もう一息かとは思ったのだが、来た道を下った。
トンネル口に立てられてる説明看板。 トンネル入り口から奥を覗く。
一旦、ふれあいセンターまで戻って、海岸沿いの道を行くとすぐ、トンネル
が見えてくる。
ふれあいセンターや小学校の場所に当時あった回天調整工場から、レールが
敷かれ、このトンネルをトロッコで運んだので、トンネルにはレールの幅の跡が
ついている。
トンネル途中にある出口。 出口近くには当時の画素の荒い写真が
緊急用だったようだ。 並んでいた。
カラスの巣のようになってしまっている
回天発射訓練基地。
200mほどで出口となる。
私にはなんとなくドイツ軍の施設のようなイメージを感じた。
ここからクレーンで回天を海面に降ろしたという。
新東宝の映画では訓練中の事故で亡くなった命も少なくなかったようだ…。
回天発射訓練基地から見える船着場側の風景。 説明プレートと発射口。
たぶん当時と変わってはないだろう。
この島では小さなカニを多く見かけた。
時計を見ると、出航まであと20分を切っている。
トンネルを戻っていくと、あの団体が居るらしくざわめく声が聞こえる。
音から判断して、近くまで来ていると思ったが、まだだいぶ向こうだった。
コンクリート製のトンネルは音を反響させるので、船のボイスチューブのように、
音が拡散せずに伝わるのだ。
トロッコで運搬される人員は、このトンネルでどんな音を聞いたのだろうか?
17:10発は比較的大きなフェリー大津島。 馬島を後にする。
今回も滞在時間90分ほどでの強行軍となってしまった。
まあ、また今後も防府に来ることは何度もあるだろうから、あらためて、今度は
時間にゆとりをもって来たいと思う。
大津島から離れて、また、タンカーが座礁した海域に来た。
今度はサルベージ船が、次の作業を待っている。
タンカーの船首部分をよく見ると、だいぶ破損しているようだ。
こんな海事での事故を目の当たりにする事は珍しい。
私は甲板に出て写真を撮った。
サルベージ船が来ていた。 座礁タンカーの船首部分に小型船が…。
海面は流れ出た重油に汚染されていた。 船首の破損状況がよく判る。
徳山駅からJRで25分、やっと防府駅に戻り、サティで3割引となった、焼き
そばとさば寿司、500mlのビール2本を買って、ホテルへ帰ろうとすると、
雨が降ってきた。
しかも、ちょっと強い雨だったので、途中、ビルの影などに入りながらホテルへ
急いだ。
翌日の防府北基地航空祭の天気を心配しつつ、ホテルの一室で一人
ビールに酔っていた。
「航空自衛隊防府北基地航空祭 当日編 1
」に続く
航空自衛隊防府北基地航空祭予行と回天記念館 2
(「航空自衛隊防府北基地航空祭予行と回天記念館 1 」の続き)
13:53、列車は徳山駅に到着、この駅に来たのは本当に久しぶりだ。
十年ぐらい前に、防府の帰りにここで降りて回天記念館に行こうとしたが、
16:00を過ぎていたため、もう今から回天記念館がある大津島へ渡った
ところで、回天記念館は終わってると言われ、行かなかったことがある。
その数年後、行こうと思っていたら改装中で閉館していた。
だから回天記念館は、長年の「思い」がある。
また、今秋には人間魚雷回天の映画「出口のない海」が封切られる。
大津島でロケされたかどうかは知らないが、封切までには回天記念館や
発射訓練基地跡に行っておきたかった。
それともうひとつ、回天記念館を見ておきたい理由がある。
徳山駅は北側の繁華街に比べ南側は少し寂しい。
大津島や別府行きのターミナルビル。
今回の旅はなにかと事前の調べが甘かったがために、無駄が多い。
大津島行きの便も調べておくべきだった。
なんと12:30の便のあと、14:55まで無いのだ…次の出航まで50分ほどある。
かといって、徳山駅北側の繁華街まで行くにも中途半端な時間だし、朝から
歩き詰めで、明日の防府北基地航空祭のために、これ以上、無駄に体力を
使うわけにもいかない…悲しいことにもう「若くない」のだから…。
とか言いつつもじっとしてられず、港界隈を見て廻る。
時代を語る灯篭とタンカーのコントラストが 海上保安庁や水上警察の船は無かったが
面白い。 消防艇は4隻並んで留まっていた。
14:50頃、大津島行きの船「鼓海」が到着。
大人610円往復1,220円のチケットを買って乗り込む。
「回天」という船もあるらしいが、どんな船かは
判らなかった。
遅れてきた乗船客のために5分ほど遅れて出航、船内の客席はクーラーが
効いていて気持ちがいい。
20分ぐらい乗った頃、なにやら放水している船がいる。
なんかの演習か…と、思いつつ反対側の窓の向こうには喫水線が、不自然に
高いタンカーがある。
…そこで思い出した。
朝から何度かラジオで聞いた「パナマ船籍のケミカルタンカーが、徳山湾で
座礁、燃料が海上に流出している」というニュースを…。
放水の意味も、徳山港に海保の船がなかったことも、これで判明した。
「鼓海」のガラスが汚れていて判りにくいが、 不自然に底近くまで見えてるケミカルタンカー
放水で油の流出を抑えているらしい。 「オリエンタル・ミホ」。
いよいよ大津島が近づいてきた。
住宅が並んでいるのが、私にとっては意外に感じた。
なぜなら、以前に行った広島県竹原市の毒ガス兵器の島「大久野島」や
紀伊水道の「友ヶ島」のように旧・日本軍の施設で占拠されてた島は大抵、
旅館やレジャー施設関係者が多少住んではいても、基本的には村などは
無い。
しかし、ここは大阪城築城時に石垣用の石を切り出した跡が残っていると
いうほど歴史ある島で、600人程度の人口があるらしい。
人口は600人前後というが、もっと多そうな気がする。
15:38、馬島に到着。
船というものは港に着岸する時、綱を岸壁のビットにかける「綱取り」を
する者が居る筈だが、ここにはいないのか…と思ったら、慌てるように
おじさんとおばさんが走ってきた。
なんともほのぼのとする風景だった。
慌てて「綱取り」に来た二人。 「回天の島」、ここが大津島だ。
縦にすると沖縄に似た形をしている。
案内の看板に沿って、回天記念館を目指す。
案内板の位置から500m、大した距離ではない…と、思ってた。
一見、坂東俘虜収容所 のようだが、ここは 当時からある長い塀の上にいたキリギリス。
ふれあいセンターという宿泊研修施設。
当時、訓練に使われた「地獄の階段」。 「地獄の階段」の下は今は小学校だが当時は
回天の調整工場だった。
案内板の位置から500mだがずっと上り坂。 途中の休憩所は15:30で終了してた。
やっと上り坂が終わった。 両側に並ぶ烈士石碑の向こうが回天記念館。
こんな坂の上とは思ってなかった。 回天の実物だと思ってたが実は模型だとか。
入場料300円を払って入館。
中はそれほど広くはないが、撮影は自由に
させてくれた。
客が入ってきたので、他の見学者の邪魔に
今回、このブログを書く上で、私のライブラ
リーから、岡田英二、宇津井健出演の1955
年 新東宝映画「人間魚雷 回天」を見た。
映画では当然、この大津島が舞台となって
学徒出陣で出征した若者達の死を目の前に
までに残された僅かな時間に、描かれて
いた。
たぶん、この映画を見てからなら、展示物
をもう少し時間をかけて見たかも知れない。
そういえば、今回のタイトル「航空自衛隊防府北基地航空祭予行と回天記念
館 」は、一瞬、2本立てと間違えそうなタイトルが多かった新東宝映画っぽい…。
航空自衛隊防府北基地航空祭予行と回天記念館 1
また天気予報はハズレた!
7月15日06:30頃、夜行バスは予定よりやや早く、防府駅前に到着。
天気は…多少は雲が多いものの、まぶしいほどの太陽の光が肌を刺す、
予想に反した上天気!
この連休は天気には恵まれないと予報されてたハズだったが…。
でも、たぶん下り坂なのだろうと、バッグから日焼け止めを出すこともなく、
一年ぶりの防府の街をちょっとぶらつく。
確か去年は無かった時計のオブジェ。
インターネットを見られたなら情報を得ることもできるが、今の私には何も
無いので、勘を頼りに明日行われる防府北基地航空祭の予行で飛ぶであろう
ブルーインパルスを見るために、空自防府北基地へ向かう。
と言っても、当然、一般人である私が今日、基地に入ることはできないので
とりあえず、基地の近くまでバスに乗って、ビューポイントを探さなければ
ならない。
これまた勘で「農協前」というバス停で降りて、基地があると思われる方向に
向かって歩く。
住宅街の真ん中を7・8分歩くと文豪森鴎外の父、森静男の生誕地の碑を
発見。
あまり興味ないので、写真だけ撮ってスルーする~。
鴎外本人ならともかく、父親にしては大そう…。
実は、今夜泊まる予定のホテルで、各部屋にLANがあるというので、
背中のリュックにはノートパソコンを担いでの行軍である。
更に、予測に反して、太陽は蔭ることなく、既に腕や頬はヒリヒリとしてきて
いる。
まもなく基地外周に到着したが、日陰が無く、朝飯も食ってないので、コン
ビニを探して歩いていると、またバス路線に戻ってしまった。
バナナとアイスキャンディーを食いつつ、基地外周を歩いていると、高台に
上がれそうな坂道があったので、勝手に上がってみた。
が、ここは工事現場で一般は立ち入り禁止らしい。
資材が邪魔して視野の良い場所とも思えず、数枚の写真を撮って、とっとと
そこを後にする。
09:30ごろ2軒目のコンビニを発見、涼みがてら入り、1リットルの桃の
ジュースを買って、その駐車場の日陰で、休憩していた。
ブルーの予行はたぶん、10:00か10:30…いや、11:00かも知れない…
あるいは、金曜に予行を済ませているかも知れない…。
あまり期待はしなかったものの、そろそろ腰をあげようかと思った09:55、
私の頭上でジェット音が響いた!
4機のT-4が南西に向かって飛んでいる。
慌ててカメラを向けたが既に小さくなってしまった。
荷物を担ぎ、周囲を気にしながら道路を渡って、基地外周の歩道へ移動。
空を見上げると、次々にT-4が演技を進めていた。
ジェット音に気づいてカメラを向けたが、もう 外周道路からの撮影では、障害物が多い。
4機のブルーは遥か遠くにあった。
雲が多いため、スモークが斑にみえる。 アナウンスが無いのでどこから来るか判らない。
低い雲のため、水平演技が多い。 雲の切れ間を飛ぶ密集隊形のブルー。
予行のせいか距離があるクロス。 コンビニの看板の向こうを飛ぶ姿はある意味
新鮮にさえ感じる。
基地外周から撮ると真横からのアングルのよう。 トラックの運ちゃんも空が気になる…?
ピラミッド基本隊形で悠々と飛ぶブルー。 アングルのせいかヒヤッとする一瞬も。
ローリングコンバットピッチの4機はこのまま帰投。 コークスクリューの2機もこの後、帰投し終了。
約30分の予行はいつものようにコークスクリューで終わったが、日頃、
ブルーを見慣れてないであろう人達は、まだ空を眺めていた。
私はこの日「防府港まつり」で来ているハズの海上自衛隊の潜水艦を見に
行きたかったので、防府北基地南側のバス停に向かった。
つまり、私は防府北基地を徒歩でほぼ半周強(5~6Km)を歩いたことになる。
バスに乗って「潜水艦を見るため三田尻港に行きたい」と、近い停留所を
聞くと、運転手さんが三田尻港ではなく「中関」ではないかと、乗ってくるお客や
詳しい知人にまで聞こうとしてくれたが、結局、判らないまま三田尻港に近い
バス停で降りた。
防長バスの運賃は高いが運転手は皆、親切だ。
三田尻港の方向に1Kmほど歩いてはみたが、それらしい雰囲気がない。
更に、この道を走るバスの便が極端に少ない。
と言うことは、折角行っても、タイミングによってはバスで帰りにくくなる。
潜水艦は予めハガキを出して整理券をもらってないと艦内見学もできない
のは判っている。
結局、途中で戻ったものの、やはりバスの便数が少ないので、駅までの
4Kmを歩くことにした。
後で判ったことだが、「防府港まつり」はやはり中関で行われてたらしい。
ま、時間と体力は無駄にしたが、三田尻まで行かずに戻った判断は間違って
なかったようだ。
三田尻港にそれらしき姿は無かった。 このまま徒歩で防府駅方面に向かった。
駅に着いて、サティのマクドナルドでマックチキンを食べていると、外から
轟音が響いてくる。
駅前で待機しているタクシーの運転手達が指差しながら空を見ている。
私はマックチキンをあわてて口に押し込み、外へ出た。
明日の防府北基地航空祭に参加するF-16の予行が始まっていたのだ。
小さく見えた機影は判断つきにくい。 垂直尾翼が1枚なのはF-16かF-2か…。
暴れ具合でF-16と判断したが…。 サティの向こうへ消えて行った。
12:51発の列車で徳山へ向かうつもりだったが、思いがけないF-16の
機動飛行があったため13:27発で徳山へと向かった。
「航空自衛隊防府北基地航空祭予行と回天記念館 2」に続く
地球深部探査船 ちきゅう 一般公開 後編
「地球深部探査船 ちきゅう 一般公開 前編 」の続き
地球深部探査船 ちきゅうの見学もあと少し。
甲板上で最も体積をとっているパイプ、これを幸せの黄色いクレーンで
組み立ててゆき、地中7000mに到達するわけだが、やはり、2・3本でいい
から、実際に組み立てられる様子を見たかった。
写真パネルだけの説明しかなかったが、せめて このゴツイのが深海、そしてマントルに届く…。
DVDなどの動画で展示して欲しかった。
あとは乗艦時と同様な階段で降りるだけだたが、この階段が非常に降りにくく
難儀した。
まだまだ見学者の列は続いている。
今度は外からこの船を撮る…しかし、あまりに
デカ過ぎてワイコンを使っても入りきらない。
とりあえず、クレーンや救命ボートなどを撮り
ながら、一旦、艦首側まで行って、戻ってきていた
サンタマリア号を入れ込みで撮ったり、また、
艦尾側からも撮ってみる…。
で、やはり、右舷側からも眺めてみたい欲求に
まだ列を作る見学者たち。 かられ、右舷側へ行ってみることにした。
海遊館はあの辺から撮った。 動いてるとこ見たい!
体験搭乗させてほしい救命ボート。 サンタマリアをナメのちきゅう(小さく見える)。
うーん…やはり、右舷側からも見たい…。 ちきゅうの櫓はこの観覧車よりも高い。
櫓の高さは隣の観覧車より高く、明石海峡大橋の下は通れないのだ
そうだ。
また、櫓の形を見ても、この船は左右対称にはなっていないはずだ。
右舷に、もしかしたら、一般公開しない何かがあるかも知れない…。
とはいえ、右舷側は当然、海上なので船に乗らなければならない。
天保山には、無料で乗れる便利な船、渡船がある。
これは本来は橋をかけるべき場所に橋の代わりに設置されたものだが、
頭上を立派な橋がかかっているにもかかわらず、ずっと続いている。
ま、今かかっている橋は自動車専用なので仕方ないが…。
天保山入り口にあるレリーフ。 何故か戦時中の中国人労働者の犠牲を
天保時代の河川工事の土でできた山。 悼む碑がある。
真上を立派な橋がかかっている。 閑散時は1時間に2本しかない。
まだ、15分前だがもう客がちらほらと集まって
きている。
まだ次の便まで時間があるので、渡船場周辺を散策する。
明石大橋がかかる以前はここから淡路島や徳島などへの船が出ていた港で
あったので、通常の港にある大抵の機能が揃っていた。
消防艇を持ってる天保山消防署。
「大阪市消防出初式 」で見た、あの消防艇
「まいしま」だ!
アスロックランチャーかと思うような迫力。 見学会をやってたらしい。
たぶん、放水用だとは思うが…。 一緒に見たかった…。
津波観測施設と表示されている。
この地下に研究所でもあるのか?
出航時刻となったので渡船場に戻ると、とんでもない数の客が待っていた。
特に、USJのスタッフと思われる外人が思いの外多い。
ここの渡しは大阪人でも乗ったことない人が多いというのに…。
さすがに出航前は人でごった返す。 外人たちは自転車で乗船、移動している。
ちょうど「ちきゅう」の真後ろ。 だんだん右舷が見えてきた。
左右対称になっていないのがよく判る。
やっと右舷側が見えてきたが、同時に、渡船内の人混みと、船の方向の
関係で撮影できない…。
ま、あわてて撮る必要もないので、此花区側に上陸してからゆっくり撮ろう
と、撮影を中断。
船は3~4分ほどで此花区側へ到着、短い船旅だ。
対岸の此花区側渡船場。 遠いが右舷側を見ることができた。
奥の橋の下が港区側。 特別左舷と違うところは無かった。
此花区へ来たついでにUSJへ行ってみようと歩いた。
とはいえ、中に入るつもりは無いのだが…。
ちなみにここは境港線 ではありません。 今やUSJスタッフのための駅のような桜島駅。
まさに撮影所のウラのよう…。 ハリウッドな雰囲気のシティウオーク。
USJメインゲート。 5年前ここでシュワちゃんがテープカットした。
5周年なのでケーキのオブジェが…。 何のキャラクター?
ちなみに、開園5年にもなると言うのに、私はUSJに入ったことがない。
写真は入り口の柵の隙間から撮った。
別に、ここが昔、六価クロムに汚染されてた土地だからとか、平気で賞味
期限切れを客に出したからとか、水質に問題があるからとかではない。
先ず、一人で入るところではないこと、入場料が5500円と高いこと。
開園時、某コンビニのアルバイト店員が不正に大量入場していたのに
マジメに5500円なんて払えるか!…なのである。
もうひとつ大きな理由…「近いからいつでも来れる」ということ。
こんなところでロケかと思ったら、車の宣伝 カメラはハリボテっぽかったがレンズは
用ディスプレイ。 リアル。
もう消えたと思ってたがなんとか続いてる
女性クルーだけのシャトル船。
渡船の利用者は多い…そらタダやもん! 相変わらず外国人が、目立つ。
結局、また渡船場に戻り、天保山からバスで帰った。
後編は「ちきゅう」そのものより、天保山と渡船、USJばかりになってしまった
が、7月16日の航空自衛隊防府北基地航空祭まで、これと言って何もない
もんで…。
防府の梅雨は7月16日までに明けるのかどうか微妙だ。
気象台の梅雨明け宣言があると、決まってそのあと2・3日は雨が降る。
だから私は気象台の梅雨明け宣言より、蝉の声を信じる。
さて、7月16日までに防府の蝉は鳴き始めてくれるだろうか…。
「ちきゅう」の横を行くサンタマリア。
地球深部探査船 ちきゅう 一般公開 前編
6月18日、今日は天気が晴れそうな…。
で、地下鉄に乗って阿波座で中央線に乗り換えると、車両は地下鉄なのに
地上へ…いや高架になる。
そして、朝潮橋を越えて天保山の観覧車が見えてくると、その向こうにあの
巨体の鉄塔が現れた。
時期が時期だけにテポドン発射台と言われたら 日頃の天保山を知っていれば不思議な光景。
信じるかも…。
大阪港駅を降りて、天保山へと徒歩で向かうと、ロケットの発射台のような
鉄骨が近づいてくる…。
そう、これこそが、先日、坂東俘虜収容所「バルトの楽園」ロケ村 の帰りに見た
大阪湾の真ん中に立ってる不思議な物体の正体なのだ。
これは、独立行政法人海洋研究開発機構が運航する地球深部探査船
「ちきゅう」。
この17・18日の二日間、大阪港天保山で一般公開していた。
ちらっとニュースで見た時は、この鉄骨をメインとした台船のようなものかと
思っていたが、実際に見ると、超大型客船と同じぐらいの船の上に鉄骨の櫓を
立てたような形で、何故か操舵室のすぐ上にヘリポートを持っている、不思議な
デザインだ。
なんと鉄骨の櫓の高さは、天保山の大観覧車を越えている!
船の上の建造物とは思えぬ高さ。 カードに住所氏名を書いて、いざ乗船!
中の通路は以外と狭い、南極観測船ふじ
を思い出す。
最初にビデオシネマルームなる部屋へ通され、説明ビデオを見るのだが、
部屋の中がゴチャゴチャしていて、とても見る気にならなかったので早々に
次の部屋へと向かう。
なお、この船は今夏公開されるリメイク映画「日本沈没」でも登場するとかで
ビデオシネマルームの壁にはこの映画のポスターが連張りされていた。
通路の幅は1m程度か…お盆持って通れない。 「地球沈没」でなくて良かった…か?
通路の壁に「ちきゅう」の図面が貼られてた。 寄港地を記念する盾。
やはり船とは思えない…。 実物より大きめのサンタマリアさえ小さく
見える。
遭難救助用ブイ。 見学者もこの船の大きさには感嘆し通し。
やはりレーダーは液晶でなくブラウン管。 一般人に海図は判りにくい…。
回してみたい。 IAS エンジンモニター。
信号旗が収められた棚。 なぜか資料だけ椅子に鎮座してた。
ヘリコプター控え室で、絵葉書やキーホルダー、海洋研究開発機構の
マーク付キャップなどが売られていた。
私はキーホルダーを買っただけだったが、キャップが1300円は比較的
安かったので買っておけば良かったかも知れない…。
ついつい、100円ショップと比較する癖は止めなければ…。
ヘリコプター待ち合わせ室が売店に…。 部屋の端にヘリクルーの作業服?
このアングルで海遊館はなかなか見れんで。 クレーンも近くで見るとデカイ!
最も上の甲板からでもまだはるか上。 パネル説明。
なんせ、水深2500mの地底から更に7000m掘削して、地球のマントルを
採取することも可能という。
掘削中、海流などで船が動くとパイプが折れてしまうので、GPSで常に位置を
把握、4個のスラスタと呼ばれるスクリューで調整するそうな。
彦麻呂なら「これは海のジェットモグラや~」と言うかも知れない…。
ここからは研究区画に入る。
これはまさに浮かぶ研究所や~。
排気グローブボックス。 微生物研究室。
サンプルコアの断面。 コア画像解析装置。
地磁気に影響されない部屋。
ビデオテープの保管にいいな…。
乗り込み時も2・3名の白人が、一般では入れない区画へ入って行ってた
が、この船には世界中の研究者が乗り込んでいて、研究者一人に一室、
研究室が用意されている。
今回は、そのうちの一室が公開されてたが、決して広くはないものの、
まるでちょっとしたビジネスホテルのような感じだった。
画面右側には机が置かれている。 私はこのトイレ落ち着いてできんかも。
他の船のクルーも羨望の眼差し…。
これが特許の逆止弁…って、布団パックか! 天保山マーケットプレィスもこのアングルでは
見ることはない。
櫓の真下あたり。
パイプが血管のよう…。
「バルトの楽園」ロケ村
のアップが遅れた上、私のパソコンがトラブル続き…。
なかなか作業が進まない…。
とりあえず、ここまでを前編として一旦アップ!




































































































































































































































































































