ワタクシ膵臓がんになりました -18ページ目

ワタクシ膵臓がんになりました

2014年2月にすい臓がんステージ4bを宣告されてからの闘病と、がん細胞がなくなっていった様子を。
そして、その後の状況をお伝えしています。
ステージ4bから復活できる事を伝えることで、どなたかの役に立つかもしれないと色々綴ってます。
生きてれば色々起こるしね。

2021年12月1日

 

28日の月曜日

整形外科の外来でした。

 

ボルトとプレートを抜いた後のレントゲン

初めて見ました。


穴ぼこがたくさん空いてる🦴びっくり


Dr.クローバー曰く、ボルトの穴で

3ヶ月くらいで自然に塞がるそうです。

それまでは、激しい運動や

激しく転ぶようなことはやめてくださいとのこと。

強度が弱くなってるからだそう。

なるほど。


ゴルフしてもいいか聞いてみたところ、

ゴルフくらいだったらOKですってウインク

痛みと浮腫みが治まってきたら

チャレンジ⛳️


外来の待合でマダムOに会えました。

マダムOは他にも骨粗しょう症らしくて

まだ外来は続くらしいです。

ワタクシはなんと今日で外来も終わり!


えー、大丈夫かしらん?

まだ右足痺れてて感覚ないんだけどなー。

ま、歩けてるからいいのか。

神経的な問題ならビタミンB12が効果的とのことでビタミン剤を出してもらい様子見。

何かあったら来てくださいってことですが、

何もないことを祈るのみ。

既にブツブツが出来て痒いけど、これはアレルギーかな?


そんなことを話しながら

何だかもうここには来ないんだなと思うと

微妙に寂しくなる。

もう来ないようにね!

どこに入院していても

退院時に言われるこの言葉。


そうですよ、病院ですから、

来ないのが一番です。


ですが、なんだか寂しいのですショボーン

なんか思い出した。

退院が近くなってくると退院したがらないおばあちゃんたち。

みんなが優しいから、寂しいんだよね。


個室であまりの孤独に耐えられなかったけど

 もう来ないと思うと寂しいわ。


折り立てホヤホヤの頃、痛みでベッドから動けなくてポータブルトイレのお世話から始まり。。。もはや介護を受けずにはいられない状態。

車椅子移動が出来るようになるまでの10日は

トイレをはじめ、洗顔、歯磨き、洗髪や清拭、シャワーにいたる全てのことを助けていただきました。

その後、車椅子移動になってからもベッドから車椅子に1人で移動ができないから常に助けてもらう。トイレまで行っても1人で立ち上がれるようになるまで介助をしていただいた。

松葉杖になるまで1ヶ月ほど。

松葉杖になっても上手に1人で歩けないから

お見守りののびちゃんが側にいてくれました。

ちゃんと歩けるようになるまで。

のびちゃんがいない時は看護師さんが

見ててくれたわ。

忙しい中話し相手にもなってくれた。


もう会うことはないと思うけど。

退院の時にありがとうメモ残してきたけど。

この一言に尽きるんだよね。


ありがとうございました。


人を助けられる人って素晴らしい。


そんな人達に支えられて生き延びています。


この先もきっと誰かに助けられながら生きていくのよ。

誰しもそうなんだと思う。

健常者でも病人でも怪我人でもどんな人でもね。

そうなった時、ありがたく差し伸べられた手を握るために自分も人を助けられるようになる。

どんな形でもいいから。




 

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