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土方巽
舞踊家・演出家・俳優
本名 米山九日生
生まれ 1928年3月9日
没 1986年(57歳)
出生地 秋田県秋田市
引用文献の多くは
実姉・米山伸子
「土方巽の生い立ち」
から拝借
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今日から数回に亘って、
国際的な舞踊家『土方巽』
について紹介。
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土方巽は、
鰯の頭の叔父に当たる。
つまり、鰯の親父の弟。
1928年の生まれ故、
今年が生誕96年となる。
11人兄弟の末っ子。
因みに親父は、6男坊。
残念ながら鰯は。
生前の巽と、面識が無い。
巽が舞踊に興味を持ったのは、
小学5年生での二つの体験から。
一つは、
同郷出身のモダンダンスの
先駆者、「石井漠」の公演を
学校で観たこと。
もう一つは、
ドイツから日本へやって来た
「ヒトラーユーゲント」の行進を
間近で見たこと。
「彼や彼らの身体の動きは、
日本舞踊や盆踊りと違う・・」
「なんと美しいことか・・・」
巽は、この頃から。
「いつか、石井漠のようなダン
サーになりたい」
と、密かに思い始めていた。
附属小学校初等科から、
高等科に進んだが。
師範学校を受験せず、徒歩10分
の秋田工業学校に進学。
小学生時代は、
自他ともに認める「落ちこぼれ」。
だが工業学校へ入ると、
校内でのポジションが一変。
その理由は、「喧嘩」。
下宿人の韓国人から手ほどき
を受けた「テコンドー」が。
巽を、一目置かれる存在に。
秋田工業は、このころから既に
ラグビーの強豪校。
ラグビー部にスカウトされたが、
直ぐ退部した。
それは、
「上意下達、ルール、チーム」
が、性に合わなかったから。
(つづく)