滝口寺の住職・恵純和尚は、
すずとももを前に。
遠くを見るように、静かに話
し始めた。
遡ること、今から三十年に
なろうか。
家康が幕府を江戸に開いて
から、凡そ百年が過ぎた頃の
出来事。
京の御所周辺の「公家町」に
館を構え、歌道を伝承する
公家の「上冷泉家」。
この上冷泉家に、雑仕女とし
て仕える娘がいた。
その娘の名は、「横笛」。
横笛は召使ながらも、
艶美な女性であった。
上冷泉家の若き後継者・時頼
は、横笛に一目惚れ。
やがて二人は、深く愛し合う
ようになった。
しかし時頼の父は、
身分の違いを理由に猛反対。
苦悩の末、時頼が選んだ道が
滝口寺への出家。
横笛は時頼を追って、滝口寺
へ辿り着くも。時頼は横笛に、
会おうとしない。
横笛は自らの想いを、
「山深み 思い入りぬる
柴の戸のまことの道に
我を導け」
と、歌にしたためるも。
時頼は、女人禁制の高野山へ
去って行った。
滝口寺の門前で、
悲しみに暮れる横笛に。
一人の小坊主が、
「時頼様が、貴女様に」
と言って、小袋を手渡した。
その時、横笛のお腹には小さ
な命が宿っていた。
やがて、私生児を産み落とし
た横笛。
その三年後。
生きることに疲れ果て、三歳
になる女の子を連れ北嵯峨
を彷徨っていた親子を。
私が保護した。
横笛は既に生死の淵。
寺に運び込んだ二日後に、
他界した。
横笛は息を引き取る前に、
「これは時頼様の形見」
と言って、紅沈香の「匂い袋」
を差し出した。
寺では、女の子を育てられな
いので。
私は大阪の置屋の女将「福丸」
さんに、その娘を託した。
その子が、
「すずさん、貴女だ」
と住職は一気に話し終えた。
「次に、もも君のことを」
と言いながら、茶を啜った。
(つづく)
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■
主な登場人(適宜掲載)。
▶すず。饅頭屋の看板姉妹の姉。
▶もも。饅頭屋の看板姉妹の妹(弟)。
▶鰊真岩志。元・町同。隠居探偵。
▶鈴屋双丸。岩志の友人長屋の大家。
▶福丸。すずももの育ての親置屋の女将。
▶横笛。すずの実母。公家に仕えた雑仕女。
▶時頼。上冷泉家(公家)の息子。出家。
■本作は、ィクション。
登場する地域・人物・組織等の
名称・写真イラスト等、実在の
ものと無関係。
諸制度や時代考証などの齟齬、
ご容赦。
■添削・校正なしで配信。誤字脱字
ご容赦。
鰯の頭
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