季節は神無月中旬。
ここは上方、新町遊郭。
とは言っても、
「ひょうたん橋」の外。
ごく普通の置屋の一室。
そこに江戸から凡そ二年ぶ
りに戻った、すずとももが
いた。
最初。
突然、置屋から江戸に発っ
た二人に対し不機嫌だった
置屋の女将だが。
すずが和紙に包んだ、
小判三百両を差し出すと。
満面の笑みで、受け取り。
「おやまあ、お二人ともすっ
かり垢抜けて。誰かと思っ
たよ」
と、歓迎した。
物心が付いたころから、
二人を育てたのが女将。
出生の経緯を知るであろう、
唯一の証人。
本来、舞踊や三味線などの芸
や、行儀作法を修業し、お座
敷に上がるのだが。
残念にも、すずももともに
才能が今一。
それでも芸妓の人手不足か
ら、二人は二流どころのお座
敷へ派遣された。
「女将さん、私たち本当の
姉弟でなのよね」
「知っていることを、全部
教えてくださいな」
「どうして私が紅沈香の
香りを知っていて、ももは
知らないのかを」
遠くを見詰る様に、
語り始めた女将・・・・・
私の京・先斗町での芸妓名
は、福丸。
大阪新町の置屋の旦那に
身請けされ、大阪に来た。
だが旦那が急逝し、
女将として置屋を継いだ。
私には芸妓のころ、相思相愛
の人がいた。
その人は、北嵯峨の滝口寺の
住職。名は恵純和尚。
女将になって数年後。
和尚が訪ねて来た。
和尚は一人の若い女と一緒。
女は、3歳か4歳くらいの
女の子を連れていた。
女は、お妾々様(公家の側室)。
不幸にも、女の子は認知され
ずに婚外子。
死に場所を求め嵯峨野の
山中を彷徨う親子を、和尚が
保護。
事情を聞いた私が、
預り育てることに。
女は、子に「匂い袋」を渡し
去って行った。
それから二年が経ち、
和尚が再び訪ねて来た。
手に生まれて間もない、
男児を抱えていた。
私は、
恐らく5歳違いであろう
二人を。
「姉妹」として、舞妓にし
ようと育てた。
・・・・・
「器量の良い二人は、舞妓か
ら芸妓になったものの。
語りは上手い」が、肝心の
芸は今一つだった」
と、女将は笑った。
そして、
「恵純和尚は存命。滝口寺
を訪ねたら、二人の出生の
謎が分かるかも」
と言った。
(つづく)
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■
主な登場人(適宜掲載)。
▶すず。饅頭屋の看板姉妹の姉。
▶もも。饅頭屋の看板姉妹の妹(弟)。
▶鰊真岩志。元・町同心。隠居探偵。
▶鈴屋双丸。岩志の友人。長屋の大家。
▶福丸。すずももの育ての親。置屋の女将。
▶恵純。滝口寺の住職。
■本作は、フィクション。
登場する地域・人物・組織等の
名称・写真イラスト等、実在の
ものと無関係。
諸制度や時代考証などの齟齬、
ご容赦。
■添削・校正なしで配信。誤字脱字
ご容赦。
鰯の頭
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